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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章〜

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125 何しろ未来を知っています

 アルノルトは、僅かに目を細めた。


「世界各国における、金と銀の値段相場か?」


 その言葉に、こくんと頷く。


「個人的に興味があって、アリア商会のタリー会長にお願いしていたものです」


 午前中の商談で、タリーから受け取ったばかりの書類だ。


 リーシェはそれをよくよく読み込み、自分に必要な情報はあらかた把握した。その上で、書類をアルノルトに渡したのだった。


「鮮度にばらつきはありますが、最も古い情報でも半年前とのこと。殿下の『計画』を、少しでもお手伝い出来るでしょうか?」

「……は」


 アルノルトは面白がるように、皮肉っぽい視線をリーシェに向ける。


「俺が、『貨幣の改鋳』を想定していると、何故分かった?」

(……やっぱりアルノルト殿下であれば、これだけで私の意図にお気付きだわ)


 この一覧を渡しただけで、どうしてそこまで見抜けるのだろう。

 心の中で驚きつつも、リーシェは答えた。


「アルノルト殿下がこの街にいらした目的は、両替所の視察だけではないように感じていました。……それが何か考えていた際、何度も私の手に触れて、この指輪をなぞっていらっしゃると気が付いたので」


 少し気恥ずかしい心地になりつつも、自分でそっと指輪に触れてみる。


「昨日、私の指輪に触れながら、コヨル国のことを口に出されたでしょう?」

「……ああ。たったあれだけで察したのか」

「少し、時間は掛かりましたが」


 なにせリーシェとアルノルトは、コヨル国の抱えている問題を知っている。


 そのうちのひとつは、かの国が軍事力に乏しく、周辺国から半支配的な状況に置かれていたということだ。

 この問題は、今後コヨル国の鉱山から宝石や金銀が取れなくなりつつあることで、さらに深刻になると考えられていた。


 とはいえこの問題は、カイルとアルノルトが協定を結ぶことで、回避の目途が立っている。

 残る問題は、『そもそもの原因となった事象が、回避されたわけではない』ということだ。


 つまり、どのみちコヨル国からは、宝石や金銀が産出されなくなるのだった。


「当然ながら、各国で使われている金貨や銀貨は、本物の金銀を含む形で作られています」


 金貨や銀貨の価値は、硬貨に含まれた金銀の量によって決められている。

 そして、世界に出回っている金銀のうち、コヨルで採れたものはそれなりの割合を占めていた。


「このままでは、各国に流通する量が大幅に減りますよね?」

「そうだ。そして、金貨や銀貨を作るための金銀が不足する」


 すると、どうなるのか。


 その顛末を、リーシェは未来で目にしてきた。

 だからこそ、それに手を打つため、タリーに金銀の流通情報を集めてもらったのだ。


「経済を回すため、貨幣は定期的に発行し続ける必要がある。だが、そもそも材料がなく作れないとなると、その国の経済は壊滅状態に陥るだろうな」

「……とはいえ確か、ガルクハインには金山も銀山もありましたよね」


 この国に来て以来、リーシェは折を見てガルクハインの内情を勉強している。金脈の多くは、つい最近までは『他国』だった場所にあり、アルノルトの父帝が起こした戦争でガルクハイン領になっていることが窺えた。


「それはつまるところ、金も銀も豊富に採れるということで……」

「そうだ。この国は、コヨルからの輸出量減にあまり影響を受けないだろうな」

「では、どうしてアルノルト殿下が、金銀の流通不足を懸念して動かれているのですか?」

「おかしなことを聞く。その理由を分かっているからこそ、『改鋳』という予想を立て、俺にこの情報を寄越して来たんだろうに」


 意地の悪い笑みを向けられて、図星だった。

 アルノルトの言う通り、リーシェの中である程度の仮説は立てている。しかし、それが正解なのかどうかは、話してもらわなければ分からない。


 だが、「予測を話してみろ」という視線を向けられて、リーシェは口を開いた。


「……コヨルからの輸出が止まっても、ガルクハインには豊富な金銀があります。一方、他国では金銀の需要が上がり、その値段も上がっていくわけで……」


 足りないものは高値になり、満ちているものは安価になる。それは、商いの大原則だ。


「ガルクハインでは5グラム5万ゴールドの純金が、他国では5グラム10万ゴールドで売れるなら、みんなガルクハインの金貨を他国に持ち出しますよね。外貨として使うのではなく、金を含んだ貴金属として売買する……」

「ああ。そして通常の品物と違い、この『輸出』を国の判断で制約することは難しい。貨幣というものは、持ち運んで当然の代物だからな」


 ガルクハインの金貨を他国に持ち出し、黄金として売り払う人間は、絶対に現れる。


 その人物は、他国の貨幣を手にして戻り、それをガルクハインの両替所に持ち込むのだ。

 外貨は当然、ガルクハインの金貨へと交換される。その人物が得た金貨は、最初にガルクハインから持ち出した金貨の量よりも多くなるはずだった。


「そうして他国にどんどん金銀が持ち出されたら、たとえガルクハインだって、あっというまに金銀不足に陥ってしまいます」


 ガルクハインの金銀産出が安定しているからこそ、他国との価格に差が出るのは避けられない。

 かといって、金貨や銀貨の価値に関わるようなものの値段を、安易に上下させることも難しいのだ。


(金や銀の産出が安定していて、いきなり高騰しない国ほど、こういうときに危険が高いわ)


 かつての人生において、金脈を持つ国が実際にそんな状況に陥っているのを、リーシェは確かに目にしている。


 その際のコヨルは、金銀が産出できない理由として、ガルクハインとの戦争に男手を割くために鉱山を閉鎖したとしていた。しかし実際は、その鉱山が枯れていたのだ。

 こうなれば、たとえ戦争が回避できたとしても、各国での金銀高騰は避けられない。


「ガルクハインでも、貨幣の改鋳は定期的に行っていらっしゃるのでしょう?」

「贋金の製造を防ぐために、どうしても必要になるからな。今回手に入れたコヨルの事情を鑑みれば、いまのうちにこれを行っておくべきだろう」

「ガルクハインの通貨を、金銀含有量が少ないものに作り替えるご予定なのですか?」


 アルノルトは、その視線を海の方へと向けた。


「……そうだな」


 彼にしては、何処か曖昧な響きを持った返事だ。


「そうすれば、これまでより少ない量の金銀で、金貨や銀貨を製造できる。……余剰になった金銀を他国に回してやれば、極端な高騰は抑えられるだろう」

「……他国の救済は、ガルクハインにとっても必要なことですね」

「そうだ。この国が豊かであるためには、貿易などを行う相手国も裕福でなければならないからな」


 アルノルトの考える国政は、やはりリーシェの知る商いに似ている。


 商人だって、富を独り占めするのは愚かな策だ。

 ひとりだけ資産を持っていても意味がなく、周りのみんなに余裕がなければ、自分に新しく入ってくる利益は何もない。


「アルノルト殿下が、この街の両替所を回っていた最大の理由は、他国の金銀相場に変動がないかを探るためですか?」

「そうだと言ったら?」


 アルノルトがふっと笑い、リーシェの渡した書類を中指の背で弾く。


「よくもまあ、ここまで俺の欲しかった情報を見抜いたものだ。ヒントを与えたつもりはなかったが」

(だって、私は未来を知っているもの)


 原因が隠されていたとはいえ、コヨル国が金銀を輸出しなくなることも、それによって各国で経済混乱が起きたのもこの目で見ている。


 そんな未来から逆算し、アルノルトの行動を眺めていると、なんとなくの想像には辿り着けるのだ。

 リーシェからしてみれば、いま現在起きていることの情報しかないにもかかわらず、的確に動けるアルノルトの方に驚いてしまう。


(……いいえ。アルノルト殿下にも、ひとつだけご存知の未来があるわね)


 数年後、経済的な混乱があちこちで起きることについては、最大の原因が別にある。


 それは、アルノルトの起こす戦争だ。

 世界の各国を巻き込んだ戦いによって、弱小国は単純に疲弊して、大国は多額の軍事費を投じることになる。


(殿下の行動には、いずれご自身が戦争を起こすという前提があるのかもしれない……)


 リーシェはそっと目を伏せた。

 色々行動をしてきたつもりでも、結局はまだ、何も変えられていないような気がする。


(アルノルト殿下がこの街に来た目的は、本当に改鋳のためなのかしら)


 ちりちりとした焦燥が燻り、思わず深呼吸をした、そのときだ。


「あ」


 被っていた白い帽子、吹き抜けた海風に飛ばされた。

 リーシェは慌てて立ち上がり、遠くに飛んでしまった帽子を追いかける。すると、ちょうど城に通じる階段から、ひとりの人物が降りて来た。


「やあ。すっかり雨が上がりましたね」

「……カーティス殿下」


 リーシェの帽子を拾い、赤い瞳をにこりと細めたラウルが、こちらに向かって歩いて来た。




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― 新着の感想 ―
[一言] この話、日本でも同じことがありましたよね、そういう情報も活用できるの流石です。
[一言] ヒラヒラのワンピースで海にバッシャーン!ってことは リーシェ、結構やばい格好になってるのでは? そんな姿をラウルに見られちゃってアルノルトはいいのかな?
[一言] この世界では、紙幣は使われていなのか。 まだ、その技術がないのかな。 ラウルは、読唇術が使えて、二人の会話を聞いていたりして。 ラウルの同行は、ハリエットの護衛の為か、別の理由なのか。 い…
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