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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章〜

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121 かつての頭首と対峙します

「城内に、音の鳴る仕掛けをしたのってあんただろ?」


 猫のような仕草で首を傾げながら、ラウルが言った。


「ご令嬢のふりした同業者かと思ったけど、そんなことはなさそうだ。偽物にしちゃあ、皇太子さまが俺に向けた牽制が本気だったし」

「……」

「なあ。あれ、俺が一番嫌いなタイプの罠なんだけど」


 狩人にとって、狩りの最中に気配を消すことは最重要項目だ。当然、大きな音を立てるようなことは避けたいと感じる。

 リーシェを『同業者』だと感じたラウルの判断も、もちろん外れているわけではない。


「昨日の昼間、城に侵入してきたのはあなたの仲間ね」


 そう尋ねると、ラウルはひょいと肩を竦めた。


「知らない。そんなやつ居たんだ」

「侍女が人影を目撃したらしいわ。窓から入ってきて、音もなく消えたのだとか」

「なるほどなるほど。それなら俺たちかもしれないし、まったく言いがかりかもしれない。どっちだろうね」


 揶揄うような言い方にむっとくちびるを曲げると、ラウルは笑った。


「かーわいいなぁ」


 するりと滑るように枝を降り、足音も立てずにリーシェの前へ立つ。

 木の影になり、丘の下にいるハリエットたちからは見えない位置で、赤い瞳はこちらを見つめた。


「皇太子サマじゃなくて、俺の奥さんにしたいくらいだ」

「冗談ばかり言っていないで、本題をどうぞ」

「本題も何もないよ。ただ、あんたに会いたかっただけ」


 どう考えても本音ではない台詞を吐きながら、男は言った。


「俺の名前はラウルだ。俺の国の言葉で、『助けに導く狼』って意味」

(……その名前も、表向きの出身国も、全部嘘だと知っているけれど……)


 それでも懐かしさを感じる名乗りに、リーシェはかつてを思い出す。


 五度目の人生で、『狩人』を名乗る集団に出会ったのは、シグウェル国の森の片隅だった。

 リーシェはそこで、ひどい怪我を負ったラウルに遭遇し、薬師の知識で治療をしたのだ。


『あんたのお陰で助かったぜ、命の恩人。行くところがないんだったら、しばらくはここで過ごしてくれ』


 随分と軽い言い方だったが、その小屋には十数人の狩人たちが暮らしていて、みんな気の良い人たちだった。


 リーシェはそこで過ごし、ラウルの治療をする傍らで、弓の使い方を教わったのだ。

 一通りのことを覚えると、ラウルはリーシェを森に連れて行ってくれた。


『……うん、お前は筋が良い。俺が本気で教えてやるから、ちょっとだけ頑張ってみるか?』


 そうしてリーシェは、狩人としての人生を送ることになった。

 森での暮らしは面白く、動物の生態は興味深い。虫や鳥の飛び方で天候を読み、獣の足跡で行動を推測して、自身の作った仕掛けで猟をするのだ。


 森の中、獲物を狙って弓を構え、微動だにしないまま何時間も待つことだってあった。

 極寒の中、雪の上で腹ばいになって獲物を待ち続けたときは、かじかむ指の感覚すら無くなったこともある。それでも、震えて歯など鳴らしては、その物音で気付かれてしまうのだ。


 そうして日々の糧を得ながら、弓矢の腕を磨いていたけれど、ラウルたちが普通の『狩人』ではないという事実には気付いていた。


 そのことをはっきりと聞かされたのは、シグウェル王家から下された命令によって、とある領地への狩りに出掛けたときのことだ。


『――要するに俺たちは、狩人のふりをした諜報役さ』


 木の枝に腰を下ろし、あのときのラウルは教えてくれた。


『諜報活動の偽装には、狩人の皮をかぶるのがちょうどいいんだ。「狩りの下見」って名目があれば、国のあちこちまで自由に出かけて、違和感なく貴族たちの領地を調べられるだろ?』


 ラウルが話したその事実は、リーシェがおおよそ想像していた通りだ。


『悪政の兆候や、税の誤魔化しがないかの証拠を、警戒されずに調べられるのね』

『そ。まあ、たまーに狩りの最中に森に迷って、他国まで入っちまう「事故」もあるわけだが』


 彼はそう言いながら、少し先の狩り場を見下ろした。

『じーさん……先代頭首のいた東の国じゃ、俺たちみたいなのは「鳥見役」って呼ばれていたらしい』

『とりみ役……』


 リーシェはぱちぱちと瞬きをした。


『それは、「忍者」っていうのとは違うのかしら』

『まあ、そっちも似たようなもんじゃねえの? あっちは普段、農家や商人のふりをしてるらしい。俺たちも基本的には「狩人」で、普段はお前も知っての通り、森で平和に暮らしてる』


 歌うようにすらすらと述べたラウルを、リーシェはそっと振り返る。

 狭い木の上だが、こういうときの体運びについては、ラウルのお陰で身に着いていた。そのため、ここでバランスを崩すようなことはない。


『でも、有事のときはこうした任務を行うのね』

『――まあ、獲物を狩るという意味では間違ってない』


 赤い瞳を細め、狙いを定めるように笑ったラウルは、視線の先に居る男を眺めた。


『ちょっと待っててな、リーシェ。あいつは殺すなって言われてるから、慎重に狩る』


 言葉ではそう言うものの、弓を構える仕草に緊張はない。

 ラウルは矢をつがえると、乗っている木の枝を一切揺らすことなく、標的に狙いを定めたのだった。


(気配の消し方も、気配の読み方も、全部ラウルに教わったわ。あの人生のお陰で、狩人としてそれなりに動けるつもりではいるけれど……)


 リーシェは目の前のラウルを見ながら、今朝の『カーティス』を思い出す。


(ラウルは別格。誰かに変装して、振る舞いや自分の声すら別人に変えることが出来るのは、ラウルだけだったもの)


 そんなことを考えながら向けたこちらの視線を、ラウルはどんな風に捉えただろうか。


「カーティス殿下のふりをしているのは何故?」

「んー……」


 ラウルは考えるような素振りをして、リーシェの顔を間近に覗き込む。


 人懐っこい雰囲気を帯びているが、実際は誰のことにも関心がない。

 そういうまなざしが注がれて、リーシェは内心呆れてしまう。


(狩人仲間には、みんなの兄みたいに振る舞っていたのに。……赤の他人には、ここまで軽薄な興味を向けていたのね)


 これはもう、彼に恋をした女性たちが泣かされるわけだ。

 ラウルの顔立ちは整っているし、表向きはやさしくて愛嬌があるので、なおさら問題なのだろう。


「俺がこんなに近づいても、まったく顔色変えないね。皇太子サマに触られると、すーぐ真っ赤になってたのに」

「……とりあえず、私の質問に答える気がないのは分かったわ」

「教えたら何か、ご褒美くれる?」

「だめ。あげない」


 狩人人生のような調子で答えると、ラウルはくくっと喉を鳴らす。


「俺のことが不気味かもしれないけど、まあ許せよ。あんただって、カーティスの中身に気付いても何も言ってないんだから、こっちからしたら同じくらい不気味だぜ?」

「……」

「まあいいや、そろそろ帰るか。午後は大人しくしてるよ、なんだか雨も降りそうだし」


 彼は言い、丘の下へと視線を向けると、侍女たちに合流したハリエットの姿を眺めた。


「よかったら、ハリエットとも仲良くしてやってくれよ」


 遠くのハリエットを見つめていたリーシェは、静かにラウルへと視線を戻す。


 しかし、そこにはもう誰もおらず、岬に立ち並ぶ木々が揺れているだけだ。

 夏の眩い日差しの中、蝉の声が辺りに響き渡るが、外に動物の気配はない。


(……確かに、一雨来そうな状況ね)


 侍女たちに、洗濯物を取り込むように教えなければならない。

 リーシェは小さく息をつくと、枝に結んでいた手綱を解き、馬を連れて城へと戻ったのだった。




***




 そのあとで、一時間ほどして雨が降り始めた。


 恐らくは通り雨の類であり、待っていればすぐに止む類のものだろう。

 けれども雨の勢いは強く、地面から白い飛沫が上がるほどで、侍女たちは大忙しだった。


 夏に特有の短い雨は、激しい生命力を帯びている。

 雨粒が窓を叩く、心地よいその音を聞いていると、アルノルトが街から戻ったという報せを受けた。


「おかえりなさい。……わあ」

「……」


 玄関まで迎えに行ったリーシェは、アルノルトを見て目を丸くする。



 そこには、全身ずぶ濡れになり、どこか拗ねたような表情をしたアルノルトが立っていた。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ずぶ濡れのアルノルト殿下、、、。 水も滴るいい男ですね(*^^*)
[良い点] リーシェの人生で関わった人達は皆魅力的でどこかミステリアスですね。そしてずぶ濡れの殿下…! めったに失敗しない人だけにレアですw
[良い点] 毎回思うけど次の更新が楽しみです。 本当にこの作品を読み始めて良かった... 楽しい時間をありがとうございます!
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