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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章〜

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119 そんなはずなど無いのです

※前日にも更新しています。前話をお読みでない方は、そちらからご覧ください。

「貴殿は賓客だ。儀礼的な挨拶とはいえ、膝をつく必要はない」

「……これはこれは」


 ラウルは目をすがめ、にこりと微笑んだ。


「アルノルト殿は、思いのほか愛妻家でいらっしゃる」

(い、いまの流れで何故そんな話に……?)


 どう考えても皮肉だが、アルノルトは一切表情を変えない。

 まったく相手にはしていないものの、何かしらの意図が込められた、静かな視線を向けていた。


「妻を慮るのは、当然のことだからな」

「へえ。政略によるご結婚だとお聞きしていますが、婚約者殿をとても大切になさっているのですね? これは素晴らしい」

「あの、おふたりとも……」


 リーシェがふたりをそれぞれに見ると、アルノルトはふっと興味を失ったような目をした。


「……長らくの船旅でお疲れだろう、カーティス殿。この街の案内は明日以降に行う予定だ。今日は休息に努められるがいい」

「お気遣い、痛み入ります。この城は波音が心地良いので、のんびりと過ごせることでしょう」

(つまり、アルノルト殿下とラウルは今日、別行動を取るつもりなのね)


 恐らくはアルノルトの狙いだろうが、ラウルだってその隙に動くはずだ。

 ふたりの目的は分からないが、いまのリーシェはガルクハイン側である。カーティスが偽物であることまでは伝えないとしても、ある程度の警戒はしておきたい。


 そう思い、隣に立つアルノルトを見上げると、青い瞳と目が合った。


「……っ」


 整った顔が間近にあるので、反射的に息を呑んでしまう。

 アルノルトは、まったくなんでもないような顔をしながら身を屈めると、リーシェの耳元で小さく囁いた。


「……すまないが、王女の相手を頼む」

「!」


 掠れた声と吐息が耳に触れ、くすぐったさにびっくりする。

 それを表に出さないように、リーシェはゆっくりと頷いた。


「カーティス殿が城内に残られることもあり、警備は厳重に行う。何か不便があれば、気兼ねなく申し付けてもらいたい」

(ラウルのことも、監視するのね)


 恐らくは、リーシェに向けた説明でもあるのだろう。こちらが伝えようとしたことを、言葉に出さなくても汲んでくれている。

 リーシェはひとまず切り替えて、自分に与えられた任務を遂行することにした。 


「ハリエットさま」

「!」


 ラウルの後ろに隠れていた女性に、微笑みながら声を掛ける。


「護衛役は終わりになりましたが、今日は色々なお話が出来たらと思います。ご一緒しても?」

「はえっ、そ、そんな……!?」


 声の裏返ったハリエットが、慌てふためきながら後ずさった。


「そっ、それは恐れ多いというか、私なんかがとんでもないというか……!! お邪魔にならない場所でじっとしていますので、その、お気遣いなく本当に……あの」

「本についての語らいも、是非ハリエットさまとしてみたいのですが……」

「よ、よろしいのですか……!?」


 ハリエットがぱっと顔を上げたあと、たじろぐように俯いた。


「あ。で、でも……」

「良いじゃないか。お言葉に甘えておいで、ハリエット」

「お兄さま……」


ラウルの扮するカーティスに促され、ハリエットはおずおずと頷いた。彼女がラウルに気付いているかどうかは、もう少し探る必要がありそうだ。


「それでは、まずは……」


 リーシェが話を進めていけば、ハリエットはますます身を縮こまらせるのだった。




***




「初めまして、ハリエット王女殿下。私めはアリア商会で会長職を務めている、ケイン・タリーと申します」

「は、はひ……」


 応接室を訪れたタリーは、にこにこと笑みを浮かべながらそう述べた。


 しょっちゅう伸ばしっぱなしにしている無精髭も、いまはきちんと剃っている。

 商談用の黒い正装は、褐色の肌によく似合っており、一流の商人にふさわしい。


(さすがはタリー会長だわ)


 かつての上司を前にして、リーシェは内心で驚いていた。

 室内に並べられた品物は、どれも一級品ばかりだ。それでいて、むやみやたらに豪勢なわけではなく、雰囲気ごとに豊富な種類がある。


 大人っぽい宝飾品や、可憐な印象のレース飾り。神秘的に透けたストールに、元気が出るような鮮やかな色の靴などが揃っていた。


 タリーに行商を依頼したのは、リーシェがアルノルトへの同行を決めたあとのことだ。

 準備日数も短い上、この街へ移動する時間も必要だったはずなのに、これだけの品を揃えるのは並大抵ではない。


「ハリエット王女殿下、是非こちらで存分に品定めを」

「どうぞ我々にお任せください」

「ひ、ひいい……!」


 怯えた様子のハリエットをよそに、商会の幹部たちが商談を始める。その後ろでは彼女の侍女長が、うんうんと満足そうに頷いていた。

 そんな上客と部下たちを横目に、タリーは白々しく一礼する。


「さて、それではリーシェさま。我々はいつもの商談の続きを致しましょう」

「……会長。いつもお願いしていますが、そんなに畏まるのはやめてください」

「くくっ」


 面白がるように笑いながら、タリーはいくつかの書類を取り出した。


「そう堅いことを仰らず。俺は最近機嫌が良いんですよ。面白い商売にも手を出せて、妹の体調も落ち着いてきた」


 その言葉を聞いて、ほっとする。


「よかった。アリアちゃん、元気になってきたんですね?」

「それもこれもお前さんのお陰だ。……そんなこんなでお嬢さま。お礼と言うには足りようもございませんが、ご希望の品をお納めいただきたく」


 芝居めいた恭しさで差し出され、呆れながらも書類を受け取る。

 そこに書かれた内容を見て、リーシェは口元に指の側面を当てた。


「……すごい。まさか、これほどの精度で集めていただけるだなんて」

「お気に召したか?」

「鮮度は右列参照ですね。一番古いのが半年前、直近が先月?」

「そうだ、数字を元に識別すればいい。西の情報が遅れているのは分かるかい」

「はい。情報筋の判断には三枚目を使えばよろしいでしょうか」

「公式なものはそれでいい。他に判断材料として、非公開だが共有しておく情報がいくつか」


 細部を擦り合わせる必要もなく、とんとんと会話が進んで行く。三枚目の書類を確認し終えたとき、タリーがくつくつと喉を鳴らした。


「な、なんですか会長」

「いや? ただお前さん、どうにも話が早すぎると思ってな。まるで俺の部下たちと話しているみたいだ」

(……それはもう、かつてはあなたの部下でしたから……)


 分析をする際のリーシェの思考は、一度目の人生でタリーに鍛えられたものだ。


(会長が味方だと、やっぱり心強いわ)


 タリーのまとめる情報は、情報流出を防ぐために暗号めいた部分もある。しかし、法則を知っている人間が見れば、視覚的にも非常に読みやすい。


「いただいた情報、大切に使わせていただきます。決して悪用は致しませんので」

「その辺りは信頼してる。だが、使い所は間違えるなよ?」


 リーシェが神妙に頷けば、タリーは満足そうに笑った。


「さあて。婚姻の儀の追加注文も承ったし、あんたへの用事は終わりだ」


 そのあとで、応接室の一角を見遣る。


「――で、そろそろあっちを何とかしてきても良いかね?」

「…………」


 タリーが顎で示した先には、大量の商品を前にうろたえるハリエットと、鬼の形相で立っている侍女長がいた。


「なりませんハリエット殿下、申し上げたでしょう!? 国王陛下はハリエット殿下に、ガルクハインでの自由な買い物を命じられているのです! ここで倹約などしては、却って恥ずかしいというもの。ガルクハイン金貨までご用意いただいておきながら、そんなささやかな買い物など許されませんよ!」

「ご、ごめんなさい……!!」


 まくしたてるような侍女長の言葉に、ハリエットがどんどん縮こまる。

 その様子を見て、タリーはやれやれと肩を竦めた。


「あー勿体ねえ。あの侍女長さん、黙ってれば凛とした良い女だろうに」

「タリー会長」

「おっと睨むなよ。それとあちらの王女殿下、伸ばした髪で顔を隠していらっしゃる。着ているドレスは上等品だが、季節外れの時代遅れだ」


 髭の剃られた自分の顎を撫でながら、タリーは目をすがめる。


「大体あの生地、生産国が十年前に輸出を止めた布じゃねえか?」

「……やっぱり、会長もそう思われます?」

「お前の目利きも中々だな。古いものを使うのを、一概に悪いこととは言わねえが……」


 リーシェはハリエットを見て、小さな声で呟く。


「顔を隠していらっしゃるのは、ご自身を守る盾なのでしょうか」


 すると、タリーはこきりと首を鳴らしながら言った。


「どちらかといえば、俺には檻に見えるがね」

「……」


 それはつまり、ハリエット自身を閉じ込めるものだということなのだろう。


「会長。申し訳ありませんが、後ほど侍女のエルゼとお話いただいてもよろしいでしょうか。それから、少し侍女長さんをお願いしても?」

「よしきた。レディ、よろしければあなたもこちらで品物をご覧になりませんか?」

「は!? いえ、私は結構です」


 突然やってきたタリーに対し、侍女長は警戒心を露わにする。

 そんな彼女に向けて、タリーはにこやかに告げた。


「どうやら今日お持ちした品々は、王女殿下のお眼鏡に叶わなかったご様子。明日また出直して参りますので、殿下にお似合いの品についてご助言いただければと」

「……ま、まあ、そういうことでしたら……」


 タリーに目配せをされたリーシェは、まなざしでお礼を返してからハリエットに歩み寄る。


「ハリエットさま。何か少しでも、気になるものはございませんか?」

「う……」


 口ごもったハリエットは、そのあとで慌てたように顔を上げた。


「あ! ちが、違うんです! 全部素敵で、素敵すぎて。品物に不満があったとか、そういう訳では、全くなくて……」


 ハリエットの声が震えたような気がして、リーシェは目を見開いた。


(なにかに、怯えている?)


 彼女は先ほどまで、侍女長に叱咤されていた。

 その所為かもしれないが、どうにも違和感がある。


(買い物をすることが怖いとか……ううん、まさか)

「……ドレスや宝石からしてみれば、『こちらから願い下げよ』という心境ですよね……」


 突飛な想像を浮かべたリーシェの前で、ハリエットがますます項垂れる。


「いくら私が人間だからって。ドレスを選ぶ側の立場だと思ったら、それは大きな間違いというか……」

「は、ハリエットさま?」

「実際は私が選ぶんじゃなくて、私がドレスさんに選んでいただく方なのに……。たまたま人間に生まれて来たからって、『いらない』とか言える身じゃないんですよね……本当にごめんなさい、ごめんなさい……」


 ずうんと沈んでいきながら、ハリエットは最後に呟いた。


「……いっそ、本物の人形になれたらよかったのに……」

「お人形、とは?」


 無意識の言葉だったのか、細い肩がびくりと跳ねる。



「こ、子供のころ、母に、言われました。――王女の務めは、政略結婚をすること。そして世継ぎを、次の王を成すことだと。そのためには、夫に愛される、『人形』のように愛らしい女性にならねばならないと……」


 その言葉に、リーシェは思わず眉根を寄せた。


「で、でも私は、見ての通りの人間です。なんにも上手くできないし、見ている人を苛々とさせてしまいます。わ、私の顔だって、人に反感を持たれてしまう目付きだし」


 ハリエットはそう言いながら、両手で自身の顔を覆う。


「本当に、何をやっても駄目……。せめて、大人しくして、邪魔にならないで、じっとしていなきゃと思うのですが」

「ハリエットさま……」

「……人を不快にするような顔を、見せちゃ駄目。俯いてなきゃ駄目。喋っては駄目……」


 誰にも聞かせるつもりのないであろう小さな声が、ぽつぽつと紡がれる。

 リーシェはそんなハリエットを見つめながら、宥めるように尋ねた。


「だから、そんな風にお顔を隠していらっしゃるのですか?」

「わ……! 私の顔をお見せしたら、陛下から破談を言い渡されてしまうかもしれません。そ、それだけは、避けなくちゃいけないんです。私の、生まれてきた、たったひとつの意味なので」


 ハリエットは泣きそうな声で、けれどもはっきりと口にするのだ。


「私は、この政略結婚によって、人形としての務めを果たさなければ……」


 それはまるで、縋り付くような声音だった。

 そして、何度も言い聞かせるようなその言葉について、リーシェにも確かに覚えがある。


『…………ぜんぶ、明日までにおわらせなきゃ』


 幼いころのリーシェには、その『教育』がすべてだった。


 両親からきつく命じられ、絶対にそこからは逃げられない。

 何人もの家庭教師が家を訪れ、朝から深夜まで授業が続き、ひとりになってからも課題が続くのだ。


 そんな毎日だったから、両親と一緒に夜を過ごした記憶がない。

 自分ひとりの部屋にいて、自分ひとりの寝台で眠り、目覚めればまた王妃教育の一日が始まる。


 目の前にあるのは、学ばなければならない沢山の事柄だ。

 それらを前にして、リーシェは必死に自分へと言い聞かせていた。


『できるようにならなきゃ。……ちゃんと、おべんきょうしなきゃ……』


 ひとりの部屋で呟いたのは、リーシェの誕生日である七の月三十日だった。


 あれは多分、六歳になった日のことだ。

 屋敷の母屋の明かりは消え、きっともうみんな眠っていて、リーシェはひとりぼっちだった。


 日付はもうすぐ変わりそうで、誰にも生まれてきた日の祝福をされなかったけれど、勉強に遅れが出ていたのだから当然だ。


 そう思って泣きたかったのに、泣くのはとても恥ずかしいことだとも感じていて、代わりに何度も繰り返したのだった。


『男の子に、うまれてこれなかったんだもの。……だからかわりに、せめて、王妃さまになれなきゃ。じゃなきゃ、わたしの……』


 ペンを動かす手を止めて、ごしごしと自分の目を擦ったことを思い出す。


『――――わたしの、うまれてきた意味なんて……』


 リーシェはゆっくりと目を瞑った。

 そうして密かに深呼吸をすると、ぱん! と自身の両手を叩く。


「ひゃあ!?」

「申し訳ございません、ハリエットさま」


 驚いた様子のハリエットを前に、にっこりと笑ってこう告げた。


「少し、私にお付き合いいただいても?」

「っ、え……?」



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― 新着の感想 ―
[一言] ハリエットの自虐が辛いですね。 この大陸は全ての国で女性が家を継ぐことを認めないのだろうか…
[良い点] 待ちに待った更新、嬉しいです!!! アルノルト殿下が相変わらず素敵すぎてイケメンでときめきます! 幸せな時間をありがとうございます!!+。:.゜ヽ(≧∀≦)ノ:.。+゜ 明日も更新というこ…
[一言] ハリエット様!。゜(゜´ω`゜)゜。 リーシェちゃんに存分に 癒されちゃって欲しいなぁ(*´꒳`*) いつも楽しく拝読しております! 無理のありませんように☆
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