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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章〜

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114 緊急事態の発生です

「特別な動きはしていないわ。監視されていそうな場所を探っただけよ」


 ひゅっと剣を振り払い、構えの形を変える。

 リーシェの腕は、以前より少しだけ筋力もついていた。重たい剣も、なんとか扱えそうだ。


「周囲の安全を確認するときの、ただの癖なの」

「ははっ! ただの癖?」


 聞こえてくるのは、リーシェの知らない老人の声音だ。

 かと思えば次の瞬間には、若い青年の声で男が言う。


「死角を瞬時に確認して、ピンポイントで睨みを効かせるのが『ただの癖』ねえ。……こいつはまた、珍しいのが出てきたものだ」


 目深にフードをかぶった男は、わざとらしく「うーん」と考え込む。


「こうやって無駄口叩いてみても、ぜんぜん隙が生まれない。面白くなって出てきちまったけど、失敗したなあ」

「……」

「お嬢さん。悪いけどしばらくここで眠…………うおっと!」


 リーシェが払った剣の先が、ローブのフードをギリギリで掠めた。

 避けられたからって、追撃の手を緩めはしない。怯まず一歩踏み込んで、翻した剣を再び払う。


 二度目、三度目と切っ先を繰ると、振るたびにリーシェの体幹が揺らいだ。だからこそ慎重に、それでいて一切の容赦はなく、ローブの男を追い詰める。


「!」


 眼前に迫ってきた短剣の先を、体を捩って回避した。


「へえ、これを避けるか」

(私の眼球を、貫くつもりで……)


 男の間合いに飛び込みつつ、リーシェはむうっとくちびるを曲げる。

 地面すれすれに下げた剣先を、男に向かって斬り上げた。


 躱されるも、動きは完全に読めている。そのまま真横に素早く薙げば、男が笑った。


「ははっ、早い早い!」

「――……」

「とはいえ」


 きいん、と高い音が鳴る。

 リーシェが操る剣先が、男の短剣に止められたのだ。ぐぐっと腕が震えたのは、恐らくリーシェだけだろう。


「もうそろそろ、遊んでる暇もなくなってきたなあ……」

「……」


 男が舌なめずりをする。

 

「珊瑚色のお嬢さん、あんた世界中探しても滅多に見ないくらいの美人じゃあないか。俺と殺し合いするよりも、もっと有意義な対話をしないか?」

「お仕事中なの。それに、あなたと殺し合いをしていたつもりはないわ」

「うっそだあ。こんなに容赦なく俺の顔を狙っておいて?」

「安心して。目的はもう、達成されているから」


 ここからなら、フードに隠れていた目元が見える。


(やっぱり、私の知らない男性の顔。だけど……)


 瞳の色は、赤色だった。

 それが分かれば十分だ。リーシェが剣ごと後ろに退くと、男が笑いながら首をかしげる。


「確かに殺気はないんだよな。なるほど、なるほど」

「……」

「リーシェさま!」


 向こうから騎士の声がした。


 ばさりとローブの布がはためき、男が路地の奥へと駆け出す。リーシェはゆっくりと剣を仕舞い、その背中が消えるのを見送った。


「リーシェさま、いかがなさいましたか!?」

「微かにですが、剣らしきものの音が聞こえたような……」


 表通りからは距離があるのに、騎士はそれを聞き取ったらしい。リーシェはぺこんと頭を下げて、彼らに詫びる。


「ごめんなさい。どうやら子供の泣き声じゃなくて、猫とカラスが喧嘩していたみたいです」

「ね、猫とカラス?」

「仲裁のために剣を抜いたら、重かったので落としてしまって……」


 そして、にこりと微笑んだ。


「それ以外は、何事もなく」


 そう言うと、騎士たちはほっとしたように息をつく。


「リーシェさまがご無事でしたらよかったです。しかし次からは、我々にお任せいただければと」

「ごめんなさい、おふたりとも」


 リーシェは歩き出しながら、ちらりと路地の奥を見遣った。


「……」


 そこには誰の気配もない。

 リーシェは何も言わないまま、騎士たちとハリエットの元に向かった。


(私が本物の護衛なら、さっきのことをハリエットさまに報告するところだけれど……)


 リーシェは、先ほどアルノルトと交わしたやりとりを思い出す。


『王女の相手を頼めるか』


 外出の支度をしていたアルノルトは、リーシェに向けてそう言った。

 リーシェは剣帯を巻きながら、頷いた後で尋ねたのだ。


『もちろんです。でも、アルノルト殿下はどちらに?』

『この街でいくつか仕事をする。戻りは夜になるだろう』


 従者のオリヴァーも、騎士たちへの指示で忙しそうだ。ハリエットへの外交などする気もなさそうなその様子に、リーシェは確信を得た。


(やっぱりアルノルト殿下の目的は、国賓をもてなすことではないのね)


 わざわざ出迎えに行くなんて、アルノルトらしくない。経験上、彼が自ら動くのは、複数の意図があるときなのだ。


 城下町でリーシェの指輪を買ってくれたときは、カイル来国の偵察を兼ねていた。

 リーシェの大神殿行きに同行したのは、教団とのあいだに溜まっていた公務だけではなく、牽制のためでもあった。


 そしてそれは、今回も同様らしい。

 リーシェが見つめていると、アルノルトは上着を羽織りながらこう言った。


『別に大した用事ではない。ただ、確認をしておきたいことがあるだけだ』

『確認?』

『そんなことより、この剣はお前の体格に合っていない。近衛騎士たちも傍につけるが、無理はするなよ』


 立て掛けていた剣を手に取って、アルノルトが渡してくれる。


『剣を貸して下さってありがとうございます、殿下』


 アルノルトは、静かにこちらを見下ろした。


『……お前に』

『?』


 首をかしげて続きを待つと、アルノルトは溜め息をついたあとで言う。


『海辺の景色を見せてやれば、少しは気分が変わるかという考えもあった』


 それは一体、どういうことだろう。

 瞬きをすると、自覚がないのかとも言いたげな目を向けられた。


『このところ、妙に沈んだ顔をすることがあるだろう』

『あ……』


 その言葉に、リーシェはどきりとする。


(まさか、私を心配して?)


 それと同時に、罪悪感が湧き上がった。


 リーシェが沈んだ顔をするというのは、間違いなくあれが原因だ。

 アルノルトのことを考えると、左胸の奥が妙に寂しくなってしまう。その変化を、気付かれているに違いない。


『あの、いえ……! そんな、殿下に心配していただくような悩みがあるわけでは!』

『どうだかな。お前は、自分のことに全く構わない』


 前科があるので言い返せないが、それはアルノルトも大概だ。

 そう思っていると、大きな手で頭を撫でられる。


『仕事のような真似をさせて、悪いと思っている。……埋め合わせは、必ず』


 甘やかすような声を思い出して、それだけで耳が熱くなるような気がした。


(ハリエットさまの護衛は、私の方からお願いしたのに)


 蹲りたくなったリーシェを見て、近衛騎士が声を掛けてくれる。


「リーシェさま、どうかなさいましたか?」

「い、いえなんでも……! それより、急いでハリエットさまの所に戻りますね」


 表通りの少し先に、侍女長と話しているハリエットの後ろ姿が見えた。


(……ハリエット王女殿下。五度目の人生ではお会いすることのなかった、カーティス殿下の妹君)


 顔を隠すような仕草や、無作為に伸ばされた長髪。

 ドレスが重苦しく感じるのは、初夏に合わない厚みの生地と、深緑という色合いの所為だろう。


(贅沢品を買い漁り、国庫を潰した女性の装いとしては、やっぱり違和感があるのよね……)


 見極めは、慎重に行わなければならない。


 人の噂に振り回され、自分の目で確かめていないことを信じるのは愚かなことだ。

 しかし、目の前にいる人の言動に惑わされ、手にしている情報を無視するのも悪手だった。


(ハリエットさまの処刑があったからこそ、シグウェル国はガルクハインの傘下に加わるのではなく、交戦を選ばされる。そんなことは、当然避けたいけれど……)


 そこに、侍女長の声が聞こえてきた。


「いいですか、ハリエットさま。リーシェさまのお心遣いに甘えてはなりませんよ」


 凛としていて厳しい口調だ。侍女長の年齢も相まって、リーシェの実母を思い出す。


「くれぐれも好感を持っていただき、今後ファブラニアとのお付き合いをしていただかなくては。ガルクハインとの友好関係は、国王陛下の悲願なのですからね」

「わ、分かっています……。ごめんなさい、申し訳ありません……」


 ハリエットは深く俯いて、ぽつぽつと小さな声で繰り返す。


「お、王女だもの……。お父さまやお兄さま、旦那さまの役に立たなきゃ、私は存在価値がない……。頑張らないと、もっと頑張らないと……」

「ハリエットさま!」

「ひゃあい!?」


 大きく肩を跳ねさせたハリエットに、リーシェはにこにこと話し掛けた。


「大変お待たせしました。問題はありませんでしたので、お店に参りましょう」

「はっ、はひ……!」

「道中にも、素敵な雑貨屋さんがいっぱいありますよ。この街は、貿易で色んな品々が集まるのだそうです。それに――……」


 リーシェが説明しながら歩くのを、ハリエットは俯きながら聞いている。

 そんな様子を眺めつつ、辺りに不審な気配がないことを確かめながら、夕方までの時を過ごしたのだった。




***




 それから城に戻ったあと、リーシェはハリエットを部屋まで送り、挨拶の後で退室した。


(明日の外出まで、護衛のお仕事は休憩ね)


 この城内は、ガルクハイン騎士たちによって警備されている。

 客人は、ここで個別の護衛をつけたりしない。そうすることで、『警備を信用していない』という意思表明になってしまうからだ。


 ここで脳裏に浮かぶのは、先ほどのローブの男である。


(あの人の存在を、アルノルト殿下に報告するかどうかだけれど……)


 アルノルトがこの街に来た目的は、どういった類いのものだろうか。

 それにより、取るべき行動の最適解が変わる。いまはまだ、それらが見えてこない。そんなことを考えながら、侍女たちの部屋に向かう。


「みんなただいま。エルゼはいる? 少しお願いしたいことが……――どうしたの?」


 十数人の侍女たちは、一箇所に固まってしいんとしていた。


「り、リーシェさま。それが……」


 歩み出たエルゼは青褪めて、震えていた。

 彼女から告げられたその言葉に、リーシェは思わず息を呑むのだ。




***




 そして数時間後。

 食堂に、待ち侘びた人物の足音が聞こえてきて、リーシェはぱっと顔を上げた。


「アルノルト殿下!」

「……どうした」


 椅子から立ち上がったリーシェが駆け寄ると、アルノルトは眉根を寄せる。

 リーシェの顔色を見て、異常事態が発生したことに気付いたのだろう。


「王女の護衛で、何かがあったのか」

「……っ」


 ぶんぶんと頭を横に振る。周囲の気配に怯えつつ、リーシェはアルノルトの上着をぎゅうっと掴んだ。


「そういうわけではないんです。ただ、アルノルト殿下にお願いがあって。でも、本当に不躾なことで……」

「ならば言え。怯えずとも、俺がなんでも聞いてやる」


 心強い言葉を向けられても、リーシェの眉は下がったままだ。

 ほとんどアルノルトにくっついて、勇気を振り絞るようにこう伝える。


「……アルノルト殿下と、一緒のお部屋で寝たい……」

「…………は?」


 これだけでは当然伝わらない。

 分かっているからこそ、周囲にアルノルト以外の誰もいないことを確かめながら続けた。


「だって」


 つい先ほど、路地裏で片目を貫かれそうになったことなど気にならない。それよりも重大な恐怖を前に、リーシェは懸命に訴える。


「侍女たちが、『幽霊を見た』って言うんです……!!」

「………………」




***

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― 新着の感想 ―
[良い点] リーシェ可愛い、、、 可愛い、可愛すぎる。 一緒に寝てくださいじゃなくて一緒に寝たい、、、 悶えながら見てました。 戦ってる時とのギャップが凄まじいっ、、、 尊いです!!
[一言] なんなんだよwww
[一言] いつも戦うリーシェかっこいいなー!と思うと同時に、いやいやいや…この人何やってるの…!と冷静にツッコミたくなります笑 というか怒らせたら世界がとんでもないことになる爆弾のスイッチが自ら危険…
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