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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章〜

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111 置いて行かれると複雑です

 緩やかな石の階段を下っていけば、その先は海へと続いているようだ。


 七月の陽射しは透明だった。それでいて生命力を帯び、海辺の街をきらきらと輝かせる。


 街に建ち並ぶ建物は、その壁を純白に塗り揃えられていた。それとは対照的に、紺碧に近いような青空の下を、柔らかな潮風が吹き抜けていく。


「わあ……!」


 見えてきた港の光景に、リーシェは瞳を輝かせた。


 停泊している帆船には、とある国の国旗がはためいている。

 リーシェが着ている淡いミントグリーンのドレスも、風をはらんでふわふわと裾が靡いた。


 異国から吹いてくる風は、いつだってリーシェをわくわくさせてくれるのだ。被っている帽子が飛ばされないよう、片手で押さえながら海を眺める。


 すると、リーシェの先を歩いていたアルノルトが振り返り、ごく自然な様子で手を差し伸べてきた。


「リーシェ」

「!」


 どうやら数段先の方で、石階段の舗装が悪くなっているようだ。

 リーシェは踵の高い靴を履いているため、足元が危ういと思ってくれたのだろう。リーシェは少し躊躇いながらも、アルノルトの手を取った。


「ありがとう、ございます……」

「急がなくていい。景色を見ながら歩くなら、このまま手を繋いでいろ」

(うう……っ)


 そう言われて、思わず落ち着かない気持ちになる。

 このところなんだか変なのだ。アルノルトに心配を向けられると、胸の奥がそわそわとして落ち着かない。


 けれどもなるべく普段通りに、港の船へと目を向ける。


「お客さまは、すでに下船なさっているのですよね。お話し出来るのが楽しみです」

「……本当に、皇城で待っていなくて良かったのか。いま顔合わせをしなくとも、来月の婚儀で挨拶をするんだぞ」

「だって、わざわざ一ヶ月も早くご到着くださったのですよ? でしたら是非ともお会いして、少しでも仲良くなりたいです」


 リーシェはそんな風に話しながらも、ちらりと後ろを振り返る。

 アルノルトの近衛騎士たちと目が合えば、彼らに警戒の様子はなく、気の良い笑顔を返してくれた。


 これから出逢う人物が、未来でどんな評価をされているか、知っているのはリーシェだけなのだ。


 やがて港に到着すると、先行していたオリヴァーと数人の騎士たちが、リーシェとアルノルトを先導してくれた。


「ここまでお疲れさまでした。早速ではございますが、お客さまにご挨拶を」

「ああ」


 オリヴァーの視線が、港の一角へと向けられる。


 そこに用意されていたのは、白いレースのパラソルだ。

 それによって生まれた日陰の中に、ひとりの女性が立っている。ここからはまだ遠く、表情まではよく見えないが、その女性は広げた扇子で口元を隠していた。



(――あれが、未来で『悪女』と呼ばれ、処刑されたお方……)



 リーシェは、アルノルトにエスコートしてもらっていた手をゆっくりと離す。

 そして、女性のことを真っ直ぐに見据えた。


(いまから四年後。彼女は嫁ぎ先の国で贅沢三昧をし、国庫を潰した王妃として、ご夫君である国王から断罪される)

「……」


 扇子を閉じるその所作が、はっとするほどに美しい。


 女性がこちらに歩き出すと、金色に輝くその髪がさらさらと揺れた。

 風になびく深緑のドレスは、初夏に纏うには重そうだが、それを感じさせない軽やかな足捌きだ。


(まるで、雲の上を歩いていらっしゃるかのよう。……歩いている、というより……)


 女性の様子を観察しながら、リーシェはぱちりと瞬きをする。


(……というよりも。なんだか、こちらに向かって全力で走ってこられているような……?)


 こちらが認識するや否や、女性が慌てた様子で口を開いた。


「あの……っ!! もっ、も、も……」

(も? …………って、ああーーーっ!!)


 危ない、と思ったときにはもう遅い。

 ばしゃっと派手な音を立てて、女性が盛大に転んでしまった。リーシェは僅かな警戒心を捨て、女性の元に慌てて駆け出す。


「だっ、大丈夫ですか!?」

「もっ、ももも、申し訳ありませんんん……!!」


 いまにも泣き出しそうな女性が、リーシェのことを見上げた。

 けれども前髪がとても長く、両目が覆い隠されていて、彼女と目を合わせることが出来ない。


「この度は、本当にっ、私が存在するだけでご迷惑をおかけして……!! こ、これは東国に伝わる、『いつでも首を落としてください』という意味の謝意でございます……」

「あの! 顔を上げてください、そんなことはなさらなくて大丈夫なので!!」


 地面に額をつけようとする女性を、リーシェは懸命に引き起こす。

 離れた場所に立つアルノルトが、『そんなものに構わなくていい』と言いたげな顔でこちらを見ているが、そういう訳にもいかないだろう。


(だって! 信じ難いけど、状況的に間違いなく、このお方が……)


 そしてリーシェは、腕の中で震える女性を見つめるのだった。




***




 リーシェたちが、ガルクハイン西部にある海辺の街に来ることが決まったのは、数日前のことだった。


 ドマナ聖王国にある大神殿から帰還して、一週間ほどが経った頃合いだ。


 早朝は体力作りの自主鍛錬をして、畑の世話に向かい、侍女たちの仕事に助言をする。

 アリア商会との商談を進めつつ、ミシェルからの手紙に返事を書いて、それ以外は婚儀の準備を行っていた。


 そんな日常は、大神殿に行く前と変わらない。

 だが、リーシェの胸中には、なんとも言えない靄が掛かっていたのである。義弟となるテオドールに見抜かれたのは、無理もなかったのかもしれない。


「あーねうえ」

「!」


 主城の回廊を歩いていたリーシェは、呼びかけられて瞬きをした。

 隣を歩いていたテオドールは、ひょこっとリーシェの顔を覗き込んだあと、じとりとした目を向けて来た。


「ね、僕の話聞いてる?」

「もちろんです、テオドール殿下。……タリー会長と上手く連携して下さっているようで、安心しました」


 リーシェは以前、一度目の人生で関わったアリア商会と、ひとつの商談を交わしている。

 爪紅の作り方をタリーに伝え、アリア商会が独占販売する代わりに、困窮した人々を雇用してもらうという契約だ。


 とはいえその事業に関しては、いまはリーシェというよりも、テオドールが主な担当となっていた。

 貧民街の事情については、テオドールが最も詳しい人間だ。ガルクハイン国内の流通や、素材の仕入れに関しても、リーシェよりたくさんのことを知っている。


 だからこそ、テオドールに大半の部分を任せ、リーシェは爪紅の生産方法だけに集中出来るのだ。


 テオドールは最初、「これが成功したら、僕がみんなに褒められちゃうだろ。義姉上の手柄を横取りするみたいなこと、したくない」と渋っていた。

 しかし、「いまの私の目的は、商いをすることでなく、ごろごろ怠惰な生活を送ることなのです……!!」と熱弁した結果、若干引いた顔をしつつも事業を引き受けてくれたのだ。


 だが、テオドールのいまの関心は、リーシェの方にあるらしい。


「兄上に『励むように』って言われたんだ、僕が上手くやるのは当たり前。そんなことよりも義姉上、なんか悩んでるでしょ?」

「……」


 直球の問い掛けに、リーシェはくちびるを噤む。


「悩み、というよりは……」


 このところ、アルノルトの傍にいると、左胸が苦しくなることがある。

 かといってアルノルトの姿を見ないと、それはそれで妙に気掛かりなのだ。落ち着かなくて、居心地が悪い。


 心の奥が、きゅうきゅうと寂しい気持ちになる。


「……アルノルト殿下が心配で」


 そう呟くと、テオドールが顔を顰めた。リーシェははっとして、弁解する。


「で、殿下に異変があったというわけではなく。その、いつもお忙しそうだなあと」

「あーそれね。うんうん、気持ちはよく分かる」


 テオドールが納得したように頷いたので、リーシェはついでに尋ねてみた。


「最近は、テオドール殿下もお手伝いなさっているとはいえ。それでも兄君は、膨大な数のご公務を、ほとんどおひとりでこなしていらっしゃいますよね?」

「そうだねえ。父上の担当してる公務と、兄上の担当している公務とは、いまは大体同じくらいの量だって聞いてるけど……父上にはいっぱい臣下がいて、全員父上の味方だからなあ」


 テオドールは廊下を歩きながら、ふうっと息を吐き出した。


「逆に言うと。城内に、兄上の敵って多いんだよね」

「殿下の敵……」

「兄上はご自分の担当分野において、父上のやり方から大胆に変えたりしてるから。それだと旨味がないって人間や、切り捨てられる人間もいるってわけ」


 そういえば以前、この国の軍務伯だという男性が、アルノルトと対立している場面に遭遇したことがあった。


『恐れながらアルノルト殿下。一般国民をそれほど手厚く護ることに、なんの意味がありましょう。このままでは、貴族諸侯で不満に思う者も出て参ります』

『どうぞお考え直しを。その采配は、とてもお父上好みとは言えませんぞ』


 あの軍務伯が強気だったのは、現皇帝の威を借りていたからなのだろう。


(今いるガルクハインの要人たちは、現皇帝の臣下でしかないのだわ。……今の段階では、アルノルト・ハインの臣下たちも、揃っていない)


 いずれ戦争を起こす未来において、アルノルトが重用した軍人たちの名前を思い浮かべる。

 そしてもうひとつ、リーシェには聞いておきたいことがあった。


「皇帝陛下といえば」


 先日、大神殿でアルノルトに聞いた話を揺り起こして、テオドールに問い掛ける。


「お父君のお妃さまたちは、どちらにいらっしゃるのですか?」

「……皇后じゃなくて、他のお妃のこと?」

「はい。私のように、離宮などに住まわれているのでしょうか」

「たくさんいた妃たちは、いまの皇后陛下を除いて、みんな死んだよ」


 さらりと告げられたその言葉に、リーシェは立ち止まって息を呑んだ。


 そんなリーシェの数歩先で、テオドールが振り返る。

 その顔には、美しい微笑みが浮かんでいた。


「前に言わなかった? ――この国に嫁いできた妃は、みんな不幸になるって」

「……」


 リーシェはこくりと喉を鳴らす。

 テオドールはなんともないような顔をして、「そうだ」と呟いた。


「そういえば、タリーから伝言。『依頼されていた調べ物の結果は、近日中に』だってさ」

「……ありがとう、ございます」

「それと兄上の忙しさが心配なら、くれぐれも義姉上が無茶をしないことだと思うよ。他人を庇って首筋に毒矢とか、本当信じらんないからね」


 返す言葉もないのだが、その話はどこから入手したのだろうか。テオドールの情報収集力は、やはりとんでもないものだ。


「それじゃあね」


 テオドールが先に行ってしまったので、リーシェはふうっと息をついた。


 護衛の騎士たちは、少し離れた場所を歩いてくれている。

 そんな彼らと離宮に戻ると、エントランスホールでちょうどアルノルトに鉢合わせた。


「リーシェ」

「!」


 名前を呼ばれ、びくりと肩が跳ねそうになる。

 だが、それを表には出したくない。リーシェは殊更にっこりと微笑み、アルノルトを見上げる。


「ご機嫌うるわしゅう、アルノルト殿下」

「……」


 青い瞳に見つめられ、内心でぎくりとした。

 いつも通りに振る舞ったつもりが、何か不自然だっただろうか。けれどもアルノルトは、特に言及することもなく、こう続けた。


「ちょうどいい。お前を呼びに行かせるところだった」

「何か、お手伝い出来ることでもありましたか?」

「いや」


 淡々とした声が、事も無げに言う。


「これからしばらくの間、城を留守にする」

「え……」


 リーシェはひとつ、まばたきをする。


「お前をひとりにするが、護衛たちは置いていくから安心しろ。都合のいいように使って構わない」

「なにか、ご公務でお出掛けに?」

「国外から訪れる賓客を、俺が行って出迎えることになった。婚姻の儀の招待客で、ヴィンリースという街に滞在させる予定だ」


 リーシェとアルノルトの婚儀は、いまからおよそ一か月後だ。


 遠方からの賓客であれば、旅程の遅れなどを想定して、このくらいの時期に到着していることも珍しくない。

 そうして迎える側は、客人が不自由なく過ごせるよう、滞在用の城を用意してそこでもてなす。あくまで事前の出迎えであるため、皇族であるアルノルトひとりで行くということなのだろう。


「……その街は、遠いのですか?」

「西部の海辺にある街だ。馬車ではおよそ、四日ほどというところか」

「お忙しい中で遠出をなさるのは、大変なのでは……」

「先日ドマナ聖王国に出向いた際、実験的にテオドールと連携したのが上手くいった。同じやり方を使って、道中にも仕事をすれば問題は無いだろう」


 それは喜ばしいことなのに、リーシェはやっぱり落ち着かない。


(アルノルト殿下が、しばらくの間、いらっしゃらない)


 思わず眉が下がってしまう。


 リーシェは無意識に手を伸ばし、アルノルトの袖をきゅっと掴んだ。

 すると、アルノルトが優しい声で尋ねてくる。


「どうした?」

「こっ……」


 穏やかな聞き方に動揺するも、言葉が出てこないのはその所為ではない。


「これは、その、なんでしょう……?」


 自分の行動に、誰よりもリーシェ自身が驚いているのだ。

 アルノルトが居なくなる。その事実に関する心境が、どうにも説明しにくい。


(これは、もしかして)


 俯いて、考え込む。


(もしかして。私は、アルノルト殿下と一緒に……)

「行きたいのか」

「えっ」


 心を読まれたかのような言葉に、ぎくりとして顔を上げる。


「海に」

「……!!」


 真面目な顔でそう訊かれて、リーシェはぶんぶんと頷いた。


「いっ、行きたいです! 『海に』!!」


 心からそう返事をすれば、アルノルトは考えるように目を伏せる。


「だが、婚姻の儀の準備があるだろう。連れて行く場合、また無理をするのではないか」

「それに関しては、旅先で手配しても問題ないので……」


 なにせこれは、皇族の婚姻である。

 いま最も忙しいのはリーシェでなく、外交官や儀式の進行に携わる人々のはずだ。リーシェ自身がやらなければならないことも、段々と少なくなっている。


「……」


 アルノルトは、彼の袖をぎゅっと掴んだリーシェの手を無表情で見下ろした。

 そのあとに、穏やかな声でこう告げる。


「……なら、お前を連れて行く」

「!」


 嬉しくて、ぱっと胸中に花が咲いた。


(ガルクハインの海……!)


 咄嗟に頷いてしまったが、海に行きたいのは本当だ。

 外国からの船が着くというのなら、そこでたくさんの物が見られるだろう。想像するほどにわくわくしてきて、リーシェは目を輝かせる。


「オリヴァー。手配を進めておけ」

「はい、仰せのままに」

「ありがとうございます、オリヴァーさま。ちなみに、今回いらっしゃるお客さまとは?」


 西部の海辺に行くということは、西か南の大陸から来るのだろう。

 招待客の一覧を思い浮かべていると、アルノルトが教えてくれた。


「シグウェル国。王子カーティスと、その妹ハリエットだ」

「……」


 それは、リーシェにとって聞き馴染んだ国の名前である。


(ハリエット王女殿下とは、一度もお会いしたことはない。……でも、カーティス殿下のことは、よく存じ上げているわ)


 思い出して、短く息を吐き出した。


(狩人人生で、私が仕えた王室の方だもの)




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― 新着の感想 ―
[一言] 狩人スキルは侍女・薬師・騎士に比べて発揮できてなかったので楽しみです!
[一言] この要人ディクショナリーめ・・・
[一言] 狩人人生のターンがキター! 今回もリーシェの活躍期待しています!!
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