アルノルトとリーシェが、同じ学院に通う世界線のお話
※ルプなな学パロです。
※本編とは関係のない、まったく別の世界線です。キャラクターの年齢など、一部の設定が本編と変わっています。
リーシェが転入した王立学院には、たくさんの変わり者たちが居る。
たとえば、学院で酒盛りをする経済学の教師。
病弱だし生真面目そうに見えるのに、真顔で女子生徒に甘い言葉を向ける風紀委員長。天才肌だが常識外れで、いつもふわふわした笑顔を浮かべている科学教師。
素行の悪い生徒で構成された生徒会に、『学院の運営をするのは兄のため』と豪語する生徒会長。リーシェが知っているだけでも、多くの顔触れが浮かぶものだ。
その中でも、リーシェにとって一番不思議なのは、最上級学年にいる男子生徒の存在だった。
「――リーシェ」
「アルノルト先輩!」
授業の合間の休憩時間、教室の扉から声を掛けられ、リーシェは驚いて立ち上がった。
伝統あるこの学院では、各教室の扉だって重厚だ。扉に刻まれた彫刻は、なにやら文化的な価値があるという。
けれど、そこに立っている男子生徒の美しさは、細やかな彫刻細工すら霞ませた。
教室にいた生徒たちは、アルノルトを見て動揺を露わにしている。
「嘘でしょ、アルノルト先輩がどうしてリーシェさんに……!?」
「あ、あの転入生、前にテオドール会長にも呼び出されてなかったか? タリー先生とか、ミシェル先生にも……」
「一体なにがどうなって、アルノルトさまにまで!! 先輩、下級生どころか、同学年の人ともあんまり一緒にいないって話なのに……」
クラスメイトたちの話し声を掻き分けながら、リーシェは急いで廊下に向かう。
伝統あるこの学院では、通っている大多数が上流家庭の出身だ。一部の不良たちを除き、品行方正な生徒が多く、みんなきっちりと制服を着込んでいる。
けれどもここにいるアルノルトは、分かりやすく制服を着崩していた。
黒を基調にしたブレザーの上着は、ボタンをすべて外している。
その下のシャツだって、上から三番目までのボタンを開けているお陰で、形良い喉仏が覗いていた。今日は珍しくネクタイをしているが、当然のように緩められていた。
だというのに、アルノルトの姿には気品が漂っている。
美しい顔立ちも相まって、教室中どころか、廊下にいる生徒の視線すら集めているようだった。
(ただ立っているだけなのに、この華とカリスマ性はなんなのかしら……)
そんなことを思いながらも、アルノルトの元に辿り着く。
「先輩、どうして私の教室に……って、その本!!」
アルノルトの持っていた数冊の本に、リーシェはきらきらと目を輝かせた。
「まさか、本当に見付けて下さったんですか!? あの蔵書の中から?」
「別に大した手間じゃない。それより、目を通すつもりなら上から順に読んで行け」
それなりの重みがあるはずなのに、アルノルトは片手でまとめて本を持っている。受け取ったそれを抱き締めると、図書室にある本の香りがした。
「ありがとうございます……! 早速今日、寮に帰ったら読みますね!」
「ああ」
「……ところで私、この時間に先輩が校舎にいるのを初めて見ました。今日は真面目に授業を受けるんですか?」
「いいや。もう寝る」
「ど、堂々とサボるつもりでいらっしゃる……」
これで全教科が学年首位なのだから、なんのため学院に通っているのか分からない。恐らくアルノルト本人としても、理事長の息子だから入学しただけなのだろう。
そんな会話をしていると、アルノルトが不意に面倒臭そうな顔をした。
「……」
無理はない。何しろ周囲の生徒たちは、みんなアルノルトの噂をしている。
憧れの目、羨望の視線、恋慕う眼差し。怖がるような表情を向けている人もいれば、神さまみたいな存在を眺めるようにしている生徒もいた。
「まさか、アルノルトさんと普通に話せる生徒がいるなんて」
「あの本、わざわざあいつのために届けたのか? 転入生のやつ、一体どんな手を使って理事長の息子と仲良く……」
「……」
その瞬間、アルノルトが小さく舌打ちをする。
それだけで、みんなびくりと肩を跳ねさせた。
周囲がしんと静まる中、アルノルトはリーシェの腰を抱くと、ぐっと傍まで引き寄せる。
「ひゃ」
「――放課後、またいつもの場所に来い」
耳元で囁くように告げられるも、近くの生徒には聞こえただろう。
わざとそんな話し方をしたアルノルトに、リーシェは頬が熱くなった。
「あの、ですが、今日はお掃除当番なので……」
「待っている。……他の本についても、そのあいだに探しておいてやろう」
「!」
とても嬉しい提案に、恥ずかしさも忘れて嬉しくなった。
「では、急いで行きますね」
「ああ」
するりと腰から手が離れ、解放される。
アルノルトはリーシェの頭を撫でたあと、こちらを見ていた生徒に対し、静かな視線を真っ直ぐに向けた。
「――……」
「ひ……っ」
リーシェの後ろから、短い悲鳴が聞こえてくる。
アルノルトが、口さがない生徒たちに直接睨みを効かせることは珍しい。逆鱗を刺激したらしい生徒は、一体なんの噂を口にしたのだろう。
けれどもちょうど予鈴が鳴り、アルノルトが「寝てくる」と口にした。「おやすみなさい」と見送って、リーシェも自分の席に戻る。
すると、仲の良いクラスメイトの女の子が、焦った表情で話しかけてきた。
「ねえリーシェ、今のなに、なんでアルノルト先輩と!?」
「え、ええと、ちょっと約束をしていることがあって……」
リーシェがそう答えると、友人は何故か血相を変える。
「まさか、放課後にいつも『人と約束をしてるから』って言うのは……」
「…………」
観念してそっと頷けば、友人は小さな悲鳴を上げ、聞き耳を立てていた教室中がざわついたのだった。
***
(よ、ようやく振り切ることが出来た……)
放課後の掃除当番を終え、アルノルトとの待ち合わせに向かおうとしたリーシェは、ちょっとした騒動に巻き込まれていた。
アルノルトに会いたがる女子たちから、「私も連れて行って」とせがまれたのだ。
しかし、今から向かうのは秘密の場所のため、彼女たちを連れていく訳にはいかない。
リーシェは仕方なく廊下を走ると、階段を駆け上がったふりをして、窓から中庭へと飛び降りたのである。
そのあとも慎重に周囲を見回し、警戒を怠らないように気をつけて、待ち合わせ場所の目前までやってきた。
(ここから先は、いままで以上に静かにしなきゃ)
辿り着いたのは、古い校舎をまるまる使った図書室だ。
ここには、学院に存在する蔵書たちが集められている。図書室と呼ばれているものの、その広さは下手な図書館以上で、夥しい数の本で埋め尽くされていた。
学院の教師たちが持ち寄る本もあり、専門書の数も実に豊富だ。転入当初、この図書室の存在を知ったリーシェは、歓喜しながらここに通った。
そして、『彼』に出会ったのだ。
(まさか、最奥にある本棚のひとつだけが、隠し扉になってるなんて思わないものね……)
そんなことを考えながら、目的の本棚に辿り着く。
少しのコツを使って解錠し、ゆっくりと本棚を押し開くと、物音ひとつ立てずに扉が開いた。
そこは、柔らかな木漏れ日の差し込む小部屋になっているのだ。
古ぼけた二脚のソファと、床に積まれた沢山の本。捨てられるはずのもので構成された隠し部屋は、とても居心地が良いことを知っている。
「おじゃまします……」
扉を閉めたあと、リーシェはそっと挨拶をして中に入った。
いつもなら返事が返ってくるか、ページを捲る紙の音がするはずだ。けれども今日はそれが無く、留守にしているのかと思ったが、待ち合わせの相手はそこにいた。
(……眠ってる……?)
窓辺のソファには、肘掛けに足を乗せて寝そべったアルノルトが、本を手にしたまま眠りについていた。
先ほどは辛うじて羽織っていた上着を、いまは背もたれに掛けている。白いシャツ姿のアルノルトは、ネクタイすら取り去ってしまっていた。
「……」
「あ」
そうっと近付いたはずなのに、その瞼がすぐに開かれる。
海色をした青い瞳が、眠そうなままでリーシェを見た。数秒ほど茫洋と眺められ、少しだけ戸惑う。
「お、おはようございます。起こしてしまいましたか?」
「……いや」
アルノルトは身を起こし、ソファの右側に座り直した。寝起きの気怠そうな雰囲気が、なんだか直視できないような色気を放っている。
「夢を見た。お前の」
「……」
思わぬ言葉に、リーシェはぱちりと瞬きをした。
そのあとで、あることを思い出してはっとする。
「――奇遇ですね!? 実は私も、最近しょっちゅう先輩の夢を見ます」
「……へえ」
「ここではない世界の夢で、ドレスを着て剣を持ってて! アルノルト先輩に見付けていただく本が、どれもそういう世界のお話だからだと思うんですけど」
アルノルトと初めて出会って以来、彼にはたくさんの本を選んでもらっている。
授業にほとんど出ず、図書室の隠し部屋を寝床にしているアルノルトは、驚くほどここの蔵書に詳しいのだ。リーシェの教室に来てくれたのも、相談していた内容の本を届けるためなのだった。
一緒に過ごす時間が長い所為か、最近はとみにアルノルトの夢を見る。
けれども結局は夢なので、アルノルトに話したことはなかった。それを、いまの流れで思い出したのだ。
「リーシェ」
「!」
アルノルトがソファをぽんぽんと叩く。
「隣に座れ」と言われているのだろう。素直に従い、ぽすんとアルノルトの隣に座ると、午後の陽射しでぽかぽかとした。
アルノルトは、背もたれに頬杖をつくようにして、リーシェを見る。
「俺との、どんな夢を見るんだ」
「どんな、って……」
何気ない問いかもしれないが、リーシェはぴたりと口をつぐんだ。
その様子に違和感を覚えたのか、アルノルトは間近に覗き込んでくる。
「なんだその顔は。……言ってみろ」
「うぐう……」
湧き出てきた気まずさに、夢の話なんかしなければよかったかもしれないと後悔する。
(あの内容を素直に話すのは、相当恥ずかしいことのような……)
けれど、発言を撤回することは出来ない。『覆水盆に返らず』という東国の諺は、アルノルトが教えてくれた本に載っていた。
「――――――する夢を」
「ん?」
「……けっこん、するゆめ」
アルノルトが僅かに目を見張る。
けれどもリーシェは開き直り、顔が赤くなるのを自覚しながら言い切った。
「……っ、アルノルト先輩と結婚する夢です! ここではない世界の、仮の、もしもの夢の話ですけれど!!」
「――……」
今度こそ、アルノルトは驚いた顔をした。
(やっぱりこんなの、言わなきゃよかった……!!)
おかしな夢を見ていると、笑われてしまうかもしれない。あるいは気味悪いと思われて、距離を置かれてしまうだろうか。
そんな風に覚悟してくちびるを結ぶと、隣から小さな笑い声が聞こえてきた。
「……は」
「っ」
嘲笑は予想していたのに、そうではなかったのでびっくりする。
アルノルトが浮かべたのは、とても穏やかで柔らかい、そんなやさしい笑みなのだ。
そのあとで、彼は少しだけ悪戯っぽい表情をしたあとに、リーシェを見据えてこう告げる。
「……俺もいま、お前と同じ夢を見た」
「――!?」
こうなれば、今度はリーシェが驚く番だ。
不思議なことがあるものだが、アルノルトは詳細を教えてくれない。もっと聞きたいと粘るものの、「だったらお前が先に話してみろ」と言われたので、仕方なくいまは諦める。
何しろ明日も明後日も、リーシェはきっとここに来るのだ。
アルノルトの見た夢の話は、たくさんの本を読む傍らに、どうにか聞き出してみせようと思う。