アルノルトとリーシェの手相のお話
※こちらは、ファンレターを下さった方のお返事に同封していた短編です。
※書籍1巻のお返事SSのため、時間軸も1章が終わったあたりの頃合いです。
ガルクハインに来てからのリーシェは、時々アルノルトとお茶を飲む。
彼の従者であるオリヴァーからは、「我々が進言しても、アルノルト殿下はなかなか休憩してくださらなくて。リーシェさまのお申し出であれば手を止めるようなので、よろしければ時々は殿下を連れ出していただけないでしょうか」と頼まれているからだ。
そしてその日のお茶の時間、リーシェはふと思い立ち、アルノルトに尋ねてみた。
「アルノルト殿下。よろしければお戯れに、手相を見せていただけませんか?」
「――手相?」
リーシェは、ティーカップをソーサーに置いて頷く。
「手のひらを見ていただくと、様々な線が浮かんでいるでしょう? 東の方の大陸では、この線を見て行末を占うのです。それを、手相占いと言います」
お茶の支度が終わってからアルノルトが来るまでの時間、リーシェは侍女たちと、この『手相占い』で遊んでいた。
その流れで、こんなことを思い付いたのだ。
アルノルト・ハインの手相が見られるのならば、是非とも観察してみたい。
けれども当のアルノルトは、なんだか微妙な顔をしている。
「……東の占い」
「こ、故国で流行っていたのです。女性の社交会ではこういった話題が注目を集めますので……」
もちろん真っ赤な嘘である。この占いは薬師の人生で、東の大陸にいたころに知ったものだ。
「占いなど、なんの信憑性もないと思うが」
「個人的には、信憑性があるかどうかも含めて楽しむものという見解ですね。それから何か迷った際に、行動の後押しをしてもらうためでしょうか」
「…………」
(まあ、それこそアルノルト殿下には無縁の考えかもしれないけれど……)
リーシェの思った通り、アルノルトはますます眉根を寄せた。
けれどもやがて溜め息をつくと、手袋を外し、右手のひらを上に向けてテーブルに置いてくれる。
「ほら。好きにしろ」
「ありがとうございます!」
リーシェはぱっと笑顔を作り、早速アルノルトの手相を観察した。
「……頭脳線が濃くて長いですね。ものすごく」
「……」
「才能線も同じく。それから金運も良くて、それに……。な、なんですかこれ、こんなにあらゆる線が恵まれた手相は見たことがないのですが!!」
「知らん。俺に聞くな……」
しかもアルノルトの手相には、いわゆる『天下取りの相』が現れている。
ここから五年間の未来を知るリーシェには、注目せざるを得ない相だ。
(やっぱりこの占い、結構当たっているんじゃないかしら)
リーシェは思わず、自分の手のひらを見てみる。
(私の手相もそう。左右どちらも生命線は『二十歳前後で死ぬ』くらいの長さで一度切れているのだけれど、切れた横からまた別の生命線が伸びてるのよね……)
これぞまさに、二十歳で死んでからを繰り返しているリーシェにぴったりの手相ではないだろうか。
最初にこの手相に気が付いたとき、ひとりで大はしゃぎしたのだが、誰にも当たっていることが言えなくて辛かった思い出がある。
そんなことを考えていると、アルノルトが尋ねてきた。
「もういいか」
「あ、待ってください!」
手を引っ込めようとするのを止め、小指の付け根を見せてもらう。
「ここにあるのは結婚線なんです。線の数が多いほど、結婚にふさわしい相手と巡り会う機会が多いのだとか」
「……」
アルノルトの小指の付け根には、くっきりとした線が一本だけ刻まれていた。
「ふむふむ。アルノルト殿下は一本なので、運命のお相手はひとりのようですね」
「……」
「あ! でも、少ないからといって悪い訳ではないですからご安心ください。ほら、私も結婚線は一本なんですよ」
「……」
リーシェは自分の手をアルノルトに見せたあと、再び彼の手相の分析に戻った。
「それに、結婚の時期自体は早いようで」
「…………」
「線の位置から見ると十代後半、あるいは二十歳前後でのご結婚になると出ています。なので殿下のご結婚は、手相が当たるならきっともうすぐですね」
「…………」
「線も長くて濃いので、大恋愛をする人の相です。なのでもろもろを総合すると、『アルノルト殿下は近々、運命のお相手と一大ロマンスの末に結ばれる』ということに! ……って、あら……?」
そこまで話したところで、ふと違和感に気が付いた。
「リーシェ」
「…………」
そして、恐らくは先に気が付いていたアルノルトが、こちらを見ながら真顔で続ける。
「――お前だ。俺の結婚相手は」
(そっ、そうでしたーーーーーーっっ!!)
あらゆる意味の恥ずかしさで、一気に頬へと熱がのぼる。
「いっ、いえあの、占い!! あくまでこれは占いですので!!」
「……」
結婚するのは自分だというのに、なんだか妙なことを言ってしまった。
慌てて弁解するのだが、アルノルトは肘掛に頬杖をつく。
「……そうだな」
そして、にやりと笑うのだ。
「それではひとつ、お前の手相とやらも俺に見せてみろ」
「ひえ……っ!?」
アルノルトの思わぬ提案に、リーシェはぎゅっと両手を握り込んだ。
「み、見せるって一体なぜですか!」
動揺するリーシェの様子を見て、彼はますます面白そうな顔をする。
「手相というものが当たっているのかどうか、ひとまずはそれで分かるんじゃないか。もうすぐ俺と結婚するはずのお前が、手相でもいまの年齢で結婚することになっているのか。それから、『運命の相手と大恋愛の末の結婚』であれば、俺だけではなくその相手にも同じ相があるはずだろう?」
「っ、それは……」
「ほら。手を貸せ」
「だ、駄目です絶対!!」
頬を火照らせたまま、急いで両手を背中へと隠した。いまは絶対に、アルノルトに見せるわけにはいかない。
何故ならばリーシェは、自分の結婚線がアルノルト同様に濃くて長いことを、何度も見てきて知っている。
「手相は変わると言いますし、運命は決まったものではありませんから! とにかく今は駄目です、お願いですからご容赦ください!!」
ほとぼりが冷めた頃ならまだしも、この場では駄目だ。
リーシェもお揃いの結婚線であることを知られるのは、いくらなんでも恥ずかしすぎた。
「っ、ふ」
けれども恐らくは、リーシェの反応が真実を物語ってしまっているのだろう。
アルノルトは喉を鳴らし、おかしそうに笑うではないか。
「……仕方がないな。それほど言うのであれば、今は勘弁してやろう」
「あ、ありがとうございます……」
「今はな」
「!!」
念押しをされて肩が跳ねる。
アルノルトは満足したのか、珍しくティーカップを手にして口を付けた。
リーシェはどきどきしながらも、とりあえずはほっと息をつく。
背中に回していた手をそっと膝上に戻し、それからちらりと小指の付け根を見て、はっきりとした長い線を指先でなぞるのだった。




