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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜3章〜

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110 花色の祝福

 祭典の儀式は厳かに、そして盛大に行われた。

 大司教の役割はシュナイダーが務め、着飾ったミリアが祭壇の前に立つ。神具の弓矢を女神に捧げ、美しい曲調の歌を歌った。


 ミリアの姿は可憐であり、同時にとても堂々としている。

 練習の時よりも素晴らしい振る舞いに、心の中で拍手喝采を送った。隣で一緒に見ていたアルノルトは、何も言及しなかったが、同時に「くだらない」と切り捨てることもない。


 そんなアルノルトの様子も、リーシェは微笑んで見守った。


 そして祭典が終わったあとは、中断されていた婚約の儀の破棄だ。

 昼前からお昼の二時くらいまで時間を掛け、ようやくディートリヒとの婚約が撤廃される。リーシェは軽食を取り、慌ただしく帰りの支度を終えて、アルノルトの待つ馬車へと向かった。


「お待たせしました、アルノルト殿下!」

「別に、そこまで急ぐ必要はない」


 馬車の前に立っていたアルノルトはそう言うが、宿屋がある町はここから二時間ほどの場所だ。今のうちに出発しなくては、森の中で日没を迎えてしまう。

 大神殿に立ち入れないため、四日間ずっと近隣の村で待機していた近衛騎士たちも、全員合流出来ているようだった。彼らに挨拶をしていると、茶色い頭をした子供の姿が目に入る。


「レーオ」

「げっ」

「どうしたの? やっぱりガルクハインへ来る?」


 わざとそんな風に尋ねてみると、レオは心外そうに顔を顰めた。


「違う。ギリギリまで、ガルクハインの戦い方を聞いておこうと思っただけ」


 どうやらレオは、アルノルトの近衛騎士たちに助言を受けて回っていたらしい。

 その頬には、小さなガーゼが貼られている。


「アルノルト殿下の訓練はどうだった?」

「……すごかった」


 リーシェが婚約破棄の儀式を行っているあいだ、アルノルトはレオを呼び、約束していた剣の稽古をつけたのだそうだ。

 アルノルトも忙しかっただろうに、このことを気に掛けていてくれたらしい。レオはしっかり指導されたようだが、その顔にへこたれた様子はなく、寧ろ生き生きとしている。


「教わったことは全部吸収してやるんだ。あんたたちが帰っても、シュナイダーに久しぶりに稽古をつけてもらう」

「ふふ。やる気いっぱいで素敵だわ」


 レオに対する危なっかしさは、リーシェの中から消えていた。

 強くなりたいというレオの願いが、誰かを殺すためでなく、守るためのものだと分かったお陰もあるだろう。年長者としての勝手な心配だが、それでも安心してしまうのだ。


「体に気をつけてね、レオ」


 しゃがみこんだリーシェは、レオを見上げてそう願った。


「怪我をしないで。色んなことを勉強して、たくさんの人に会って、自分の選択肢を広げて」


 脳裏に思い描くのは、騎士人生で出会ったレオのことだ。


 シュナイダーの元から逃げ出して生き延び、あの国で生活することを選んだレオは、いつも自分自身に怒っていた。

 そうして、騎士として訓練するリーシェたちのことを、もう届かない遠い憧れのように眺めていた。それを思い出し、レオに告げる。


「大人になっても、あなたが笑っていてくれると嬉しいわ」

「……?」


 当然ながら、レオは訝しそうな表情だ。


「あんたの言うことは、よく分からないけど」


 そう前置きしたあとで、レオが俯く。


「俺は、さっきのアルノルトさまとの稽古が楽しかったよ。……あんたと、森を歩いたときも」

「……レオ」

「森の方は、ほんのちょっとだけどな」


 そう言ってぷいっと目を逸らすから、リーシェは笑う。

 少なくとも、要人の護衛役として強くなろうと目指す日々は、レオにとって苦痛ではないということなのだろう。


「そろそろ行かないと。……騎士になりたかったら、アルノルト殿下にお願いしてみてね」

「やだよ。俺は騎士よりももっと身軽な方がいい」

「身軽?」


 それはつまり、立場的なものだろうか。確かに騎士の身分よりも、影の護衛などを務める方が、動きやすいというのはあるかもしれない。

 そう思っていると、レオはどこか悔しそうな声で言った。


「……ロープで自由自在に森を歩き回ったり、投げナイフとか弓矢みたいな飛び道具を使ったり、そういう戦い方を目指すってことだよ!」

「!」


 顔を真っ赤にしたレオが、リーシェに向かってべっと舌を出した。そして背を向けたかと思うと、アルノルトに一礼してから走り出す。


(……行っちゃった)

「リーシェ」

「! はあい」


 アルノルトに呼ばれて立ち上がり、彼の待つ馬車の方へと向かう。

 手を引かれて先に乗り、リーシェの正面側にアルノルトが乗り込むと、やがて馬車はゆっくりと動き出した。


「婚約破棄の儀は、問題なく終わったか」

「はい。お待たせしてしまいましたが、つつがなく」

「……ならいい」


 アルノルトは窓枠に頬杖をつくと、通り過ぎていく大神殿を漫然と見上げた。

 リーシェは外の景色でなく、向かいに座るアルノルトを見つめてみる。亡くなった母に纏わる場所を、アルノルトはどんな心境で眺めているのだろうか。


(……私がお連れした所為で、嫌な思いをなさらなかったかしら……)


 アルノルトが同行してくれたのは、どう考えてもリーシェを守るためだ。

『アルノルト・ハインの婚約者』に対し、教団側が何か動くのではないかと懸念して、儀式以外では近寄らないようにとまで命じてくれた。


(私のやろうとしていることは、アルノルト殿下の目的を阻むことなのに)


 つまりは、アルノルトが起こす戦争を止めることだ。

 そんなリーシェの思惑を、もしもアルノルトが知ったのなら、彼はどんな風に感じるだろうか。


「……」


 ずうっと見つめてしまった結果、アルノルトがリーシェに視線を向けた。

 かと思えば、形の良い手が伸びてくる。前髪を梳くように撫でたあと、アルノルトはリーシェの額に触れた。


「もう、熱はないですよ?」


 意図を察してそう告げると、アルノルトはしれっと口にする。


「お前の体調に関する自己申告は、信用しないことにした」

「うぐ……」


 心外だ。リーシェだって別段、嘘をついているつもりではないのに。

 眉を下げて、渋々上目遣いに尋ねる。


「では、アルノルト殿下の診断結果はいかがですか」

「……まあ、これなら良い。顔色も随分と良くなった」


 手を引いたアルノルトは、再び窓の外に目を向ける。

 そして作られた無表情は、いつも以上に感情の読めないものだ。


「あの、殿下」

「ん」


 考えていたことを実行したくて、リーシェは彼に問い掛けた。


「……向かいではなくて、お隣に座ってもいいですか?」

「!」


 そう尋ねると、アルノルトが僅かに目をみはる。

 左胸がまたずきりと痛くなり、リーシェは慌てた。


「や、やっぱりお向かいで大丈夫です!! そうですよね、行きのときみたいに書類のお仕事をなさったりされますもんね!?」

「……いや」


 目を伏せたアルノルトは、隣の座席をぽんぽんと軽く叩く。


「!」


 リーシェはぱあっと目を輝かせた。

 馬車の中で気を付けて立ち上がると、アルノルトが自然に手を貸してくれる。その手を支えに、くるりと身を反転させて、アルノルトの隣にぽすんと座った。


「今度は何を企んでいる?」

「それはですね……」


 左手を伸ばし、アルノルトの横髪を彼の耳に掛ける。

 アルノルトの注意が、リーシェの左手に向けられた瞬間、リーシェは右手で仕掛けを使った。


「えいっ」

「!」


 アルノルトの目の前で、ぽんっと桃色の花冠を出現させる。

 表情を見るに、驚かせるのには成功したようだ。リーシェはにんまりと笑みを浮かべ、花冠をアルノルトの頭に乗せた。


「びっくりしました?」

「…………ああ」

「よかった。行きに見破られたのが悔しくて、大神殿で練習したんです」


 美しい面立ちのアルノルトに、花の冠はよく似合う。そのことを口に出した場合、きっと嫌そうな顔をされるだろうけれど。


「祭典で配られる花冠は、女神さまからの祝福なんだとか」

「リーシェ」

「とはいえ殿下のご様子だと、女神さまの祝福は不要と仰るでしょう? ……なので、この花冠は私が編みました」

「――……」


 たとえばこれが、無理やり連れ出したお詫びになるとは思わない。

 それでもほんの少しだろうと、アルノルトの力になれば良いと思う。花の美しさや、その甘やかな香りなどが、良い方に作用すればいい。


「なら、これはお前からの祝福ということか」

「う。そのようなことを言い切れるほど、大それたものではないのですが……」

「……は」


 アルノルトは、短く息を吐き出すように笑った。

 すぐ隣でそんな表情を向けられて、左胸がずきんと強く痛む。そのことに混乱する暇もなく、アルノルトはこんなことを言った。


「――つくづく、俺はお前に敵わないな」

「……!?」


 思わぬ言葉の意味が分からず、リーシェはぱちりと瞬きをする。


「私、アルノルト殿下に一度も勝てたことがないですが……」

「そんなはずはない。お前がそれを知らないだけだ」

「えええ……?」


 きっぱりと断言され、ますます訳が分からなかった。


 それでも、隣のアルノルトは目を細める。花冠を外し、今度はリーシェの頭に乗せるのだ。


「花冠は、お前の方がよく似合う」

「殿下」

「……だが、祝福は受け取った」


 どうやら、ただ迷惑なだけにはならなかったようだ。

 リーシェは安堵したあとで、嬉しくてくすりと笑みを浮かべた。


「殿下にもすっごくお似合いでしたよ? お花を乗せていらっしゃるのが、可愛くて」

「……やめろ」

「あ、珍しいお顔。本当にお可愛らしかったのに」

「…………」


 アルノルトはふんと鼻を鳴らし、皮肉っぽい声音で言う。


「さすがお前は度胸があるな。なにしろこの俺の首筋に噛み付くくらいだ」

「あっ、その話をいま持ち出します!?」


 すでに恥ずかしい過去となりつつあるそれを、リーシェは慌てて弁解した。


「そもそも私がああしたのは、アルノルト殿下が先になさったからで……!!」

「俺のは救命行動だぞ。他にも手段があったお前とは違う」

「うぐぐ……!」


 反論できなくて黙り込むと、アルノルトはやっぱり面白そうに笑うのだ。


「やっぱり、アルノルト殿下には勝てないのですが……!」

「言っただろう。そんなはずはない、と」


 詳しく説明する気もなさそうなアルノルトが、くしゃりとリーシェの頭を撫でる。

 もっと問い詰めたいけれど、至近距離に見上げた瞳にどきりとした。


(……やっぱり、変な感じがする)


 左胸の奥が苦しくなる。

 思い出すのは、アルノルトとキスをした礼拝堂で、彼に告げられたあの言葉だ。


『俺の妻になる覚悟など、しなくていい』

「……っ」


 ぎゅっとドレスの裾を握り、リーシェは短く息を吐いた。

 アルノルトに触れられると、心の奥が淡い疼きを覚える。それは、どうしてなのだろう。


(……この人に貫かれた心臓が、すごく痛い…………)


 下手をすれば、あのとき剣を突き立てられたよりもずっと。

 騎士人生で最期の瞬間、アルノルトはリーシェになにを囁いたのだろう。朧げに霞み、思い出せないあの言葉を、どうしてか思い出したくてたまらなくなった。


「――……」


 リーシェは目を瞑り、額をアルノルトの腕にくっつける。

 アルノルトに顔を見られたくないけれど、かといって不自然に隠しも出来ない。


「リーシェ?」

「……すこしだけ」


 祈るような心境で、こうねだった。


「……眠たいので、殿下の肩を貸してください……」

「……」


 その言葉は、嘘だと気付かれてしまっただろうか。

 だが、アルノルトは静かにこう言った。


「分かった」


 子供をあやすように髪を撫でられ、アルノルトにくっついたまま息を吐き出す。


(やっぱり、アルノルト殿下はとてもやさしい)


 けれど、やっぱり苦しさは治まらない。


 本当に眠れたらよかったけれど、結局それは叶わなかった。左胸に芽生えたその痛みは、妙な甘さを帯びながらも、ずきずきとリーシェを苛むのである。





3章・終わり


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ここまでの3章のお話をまとめた、ルプなな書籍3巻が、6月25日に発売予定です。


書き下ろしは、3章で毒にやられて泣きべそを掻いたリーシェが、アルノルトに一緒に寝るよう駄々を捏ねた一晩の(そして、婚約者に甘いせいで同じ寝台で寝る羽目になったアルノルトの)お話です。


挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
[一言] 令嬢ものなのになんか忍者が転生してきた系の主人公な気がw
[一言] 恋心を自覚するまでもどかしいー
[一言] リーシェとアルノルトとおふたりの仲がまた深まって、あたたかいような、せつないような気持ちになりました。リーシェがまた前世の大切な人達を救えて良かったです!
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