表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜3章〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/319

106 彼が望んでいないこと

「…………――は?」


 耳元で、アルノルトの唖然とした声が聞こえる。


 大広間がしいんと静まり返り、アルノルトの殺意にも揺らぎが生じた。

 それと同時、彼の左手で腰を掴まれ、リーシェは「ぷあっ」と口を離す。


 互いの体が少しだけ離れたあと、青い瞳が間近にリーシェを見下ろした。


「……何をしているんだ、お前は」


 アルノルトはものすごい渋面だ。


 殺気は削がれたように思うのに、先ほどよりも怖い顔をしている。

 後方でオリヴァーも絶句している気配がするし、へたり込んだ大司教はぽかんとしていた。アルノルトに腰を掴まれたまま、リーシェはひとつ瞬きをする。


「何って……」


 数秒置いて、ハッとした。


「もしかして、痛かったですか!?」

「そういうことを言っているんじゃない……!」


 珍しく少し大きな声に、ちょっとだけびっくりする。


(でも、痛くなかったのであれば良かった)


 リーシェはほっと息をついたあとで、アルノルトの頬に手を伸ばす。

 そして、真摯にアルノルトを見上げて告げた。


「――今のは、あなたに私を見ていただくための我が儘です」

「!」


 先ほどまでのように、ただ視線をこちらに向けるのではなく。

 彼の頬を両手でくるみながら、じっとその目を見つめる。青い瞳の中に、リーシェの姿が映り込んでいるのを確かめながら、ゆっくりと告げた。


「大司教さまの計画は、失敗に終わりました」

「……」

「あなたがここにいらっしゃる以上、彼は恐怖で動くことも出来ない。勝手な振る舞いをするのは、もう不可能です」


 リーシェが静かに一瞥するも、大司教は青ざめた顔でびくりと肩を跳ねさせるだけだ。

 怯え切り、四肢は強張っていて、少し休まなければ立つことも出来ないだろう。だが、アルノルトは目をすがめる。


「……この男が語った言葉に、正義などない」


 紡がれたのは、普段よりも低い声音だ。


「この男が、巫女の血筋の遠縁に当たることは調べがついている。直系の巫女を殺せば、この男の優位に働くこともあるだろう。――私利私欲で幼い子供を殺す聖人に、存在意義があるとでも?」


 アルノルトはそう言って、彼の頬をくるんだリーシェの手に、自身の手を重ねる。


「教団の枢機卿にこの件を問い詰めれば、連中は喜んでこの男を差し出すぞ。たとえ巫女の暗殺に枢機卿の数名が関与していたとしても、素知らぬ顔で切り捨てる」


 アルノルトが、互いの指を緩く絡めるように繋ぐ。

 そのあとで、リーシェの手を、彼の頬から離させてしまった。だが、リーシェはアルノルトから目を逸らさない。


「たとえ、そうであっても。……それならば、尚更」


 どこか寂しい気持ちになりながら、リーシェは告げる。


「私は、アルノルト殿下に、望まない人殺しなどしてほしくはないのです」

「――……」


 その瞬間、アルノルトが僅かに目をみはった。


「……この男を殺すのは、いまの俺の望みだ」

「いいえ、そうではありません」


 リーシェがはっきりと断言すれば、アルノルトは訝るように目を伏せる。


「あなたの殺意は、あなたの為にあるものではない。……きっと私の為、ミリアさまの為に……」


 そしてあるいは、彼の母の為にあるものだ。


 過去の戦場で『残虐な皇太子』と恐れられ、未来の世界で『血も涙もない暴君』と畏怖されるアルノルトの現在の姿を、リーシェはよく知っている。


「あなたは先ほど、私が自身の安全に無頓着だと仰いました。けれども私にとっては、アルノルト殿下こそ、ご自身の感情に無頓着であらせられるように思えます」

「……何を……」


 リーシェはそっと手を伸ばす。


「お願い、ですから」


 今度は頬に触れるのではない。

 俯いて、剣を持ったアルノルトの袖を、ぎゅっと掴んだ。


「……あなたみたいにやさしい人が、人を殺しても平気なふりなんか、もうしないで……」

「――――……」


 視線を落としていた所為で、アルノルトの表情は見ることができない。

 けれど、いまここで顔を上げると、その先に紡ぐ声が震えてしまいそうだった。


(……駄目)


 アルノルトに一方的な願いを向けておきながら、ここで自分がみっともない姿を晒すことは出来ない。

 リーシェは浅く呼吸をすると、心根の揺らぎを抑え込み、真っ直ぐにアルノルトを見上げる。


 そして、堂々とした声音で告げた。


「殺してしまっては、そこですべてが終わりです。計画の全容も、関与していた人物も、洗い出すことが難しくなってしまう」

「……」

「せっかくであれば。――使えるものはすべて有効利用なさるのが、アルノルト・ハイン殿下でしょう?」


 アルノルトは、静かにリーシェを見据えながら尋ねてくる。


「この男が、己の企みを正直に吐き出すとでも?」

「はい。信じています」

「こいつの何処に、信じられる要素がある」


 そう問われて、はっきりと答えた。


「私が信じるのは、アルノルト殿下ですから」

「……」


 アルノルトが、ぐっと僅かに眉根を寄せる。

 そのあとで、深呼吸にも似た溜め息をついた。彼は大司教に向き直ると、右手の剣を左手に持ち替え、それを一気に振り下ろす。


「ひ……っ!!」


 大理石の割れる音がした。

 大司教の真横には、アルノルトの剣が突き立てられている。殺気がないことは分かっていたが、リーシェも一瞬肝が冷えた。


 震えてまともに話せない大司教を見下ろして、アルノルトは静かに口を開く。


「お前の命は、妃に免じて許してやる。……誰が命の恩人であるかを、ゆめゆめ忘れるな」

「ひっ、わ、分かっ……」

「だが、これで助かったなどという愚考は抱かないことだ。貴様の持つ情報はすべて、どんな手段を使ってでも引き摺り出すのだからな」


 アルノルトはそこで膝をつき、大司教の間近でこう告げた。


「――いずれ、ここで死んでいた方がマシだったと、そう思わせてやる」

「……っ!!」


 傍らで聞いていただけのリーシェすら、ぞくりと鳥肌が立つような心地がする。

 その瞬間、剣を手にしていたとき以上の殺気が場を支配して、リーシェは反射的に身を強張らせた。


 立ち上がったアルノルトが剣を引き抜き、鞘に納める。

 だがそのとき、大広間の入り口に、十数人の気配が近づいていることに気が付いた。


(教団側の、新しい兵……!?)


 振り返ったと同時に、大きな扉が開け放たれる。

 その先頭に立っていたのは、先ほど階下で倒れていたはずの司教、シュナイダーだ。


(何故ここに……いいえ、考えている暇はない。ミリアさまが目を覚ます前に、対処しないと……)


 身構えようとしたリーシェの前に、アルノルトが手をかざす。


「アルノルト殿下?」


 リーシェを止めるような動きに首をかしげると、アルノルトは平然とこう言った。


「……あの男は、恐らく大司教の敵だ。最初からな」

「敵って……それでは、まさか」


 次の瞬間、大広間の状況を見渡したシュナイダーが、背後に引き連れた修道士たちへこう叫んだ。


「――見よ! 盟友国ガルクハインの皇太子、アルノルト殿下が、大司教の手から巫女姫を救ってくださったぞ!」

「!!」


 その直後、わあっと歓声が響き渡った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
弓兵?も加えたら何人の前でいちゃついてんだ…w
なるほど、敵を欺くなら味方からと言うのを実行していたんだ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ