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【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜3章〜

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102 幼いその手が望むもの

***




 大神殿の大部分から、人の気配が消えていた。


 ドレスを着替えたリーシェの靴音が、静寂の廊下に反響する。

 客室棟から一番近い聖堂を覗いてみたものの、そこもやっぱり無人だった。昨日までは、女神に祈りを捧げる司教や、祭典の準備に追われる修道士たちが忙しなく行き交っていたのに。


(誰もいない。ミリアさまやジョーナル閣下だけでなく、アルノルト殿下もオリヴァーさまも)


 ひょっとして、大聖堂へと向かったのだろうか。

 祭典の儀式には、一般信徒の参列は禁止されている。アルノルトであろうと例外なく、大聖堂には近づけないはずだ。


(どうして胸騒ぎがするの?)


 大聖堂への回廊を駆けながら、リーシェはぎゅっとくちびるを結ぶ。


(未来の『皇帝アルノルト・ハイン』は、教会や神官を焼き払う。それでもいまのアルノルト殿下であれば、教団相手に無茶はなさらないはず。……でも、教団の人を私にすら近づかせないように命じていたのは何のため?)


 そもそもが、未来で教団を敵に回すことにも理由はあるはずだ。


 過去の人生では、単純に邪魔なのだろうと考えていた。

 教団は強い権力を持っており、世界中の人々の拠り所となる。支配者にとっては目障りでしかなく、存在を見逃す理由はない。


(とはいえきっと、それは理由のひとつでしかないのだわ)


 遠くの方で、祭典の始まりを告げる鐘の音が鳴り響いた。

 大聖堂に急ごうと、リーシェがドレスの裾を掴んだ、その次の瞬間。


「っ、レオ!!」

「……」


 目の前に少年が飛び出してきて、リーシェはどうにか立ち止まる。

 現れたレオは、向かい合ったリーシェを真っ直ぐに見上げていた。


(本当に、まったく足音が聞こえなかった。それどころか気配さえ……!)


 こくりと喉を鳴らす。

 レオはリーシェを観察しながら、警戒心を滲ませて口にした。


「……大聖堂の方に、行くつもりか」

「ええ。だって、もうじき祭典が始まるのでしょう?」


 すると、レオは眉根をぎゅっと寄せる。


「アルノルト・ハインは、大司教に至急の会談を申し入れたそうじゃないか」

「アルノルト殿下が? でも、祭典の直前にそんなことをしたって……」

「どうせ契約を利用する魂胆だろ。教団は、『ガルクハインが会談を申し入れた場合、それを断れない』って決まりになってるって聞いてるぞ」


 思わぬことを告げられて、リーシェは目を丸くした。


(教団とガルクハインのあいだに、そんな契約が結ばれているというの?)


 リーシェのその反応を見て、レオはふんと鼻を鳴らす。


「やっぱりあんた、知らないんだな」

(……いくら契約があろうとも、祭典の儀式より優先されるわけがないわ。アルノルト殿下の目的は、本当に会談をしたいわけではなくて……)


 リーシェはぐっと顔を顰める。


(……教団に、『契約違反』を犯させること?)


 それは、ほとんど確信に近い結論だった。


(契約を反故にした場合、どんなことが起こるのかは分からない。けれどももしかするとアルノルト殿下は、それを口実にして祭典に……)


 嫌な予感が、ぞわぞわと背筋を這い上がる。


 皇帝アルノルト・ハインはともかく、リーシェのよく知る十九歳のアルノルトは、不用意に教団と敵対することはしないと思っていた。

 だが、その前提がそもそも違うのかもしれない。


 ガルクハインと教団は、何かしらの協定を結んでいるのだ。

 教団の側にそれを破らせれば、アルノルトは動きやすくなる。恐らくはその状況を狙っており、実現するはずもない会談を申し入れたのだろう。


(その上に、アルノルト殿下の行動には正当性が付属する。――あの方が、ミリアお嬢さまを助けてくださる限りは……!!)


 教団から、巫女姫の命を護るため。

 そんな正義が存在する限り、世界中の信徒はアルノルトの側につくだろう。


(アルノルト殿下はやさしい人。……だからこそ、何かを守るために、非道な振る舞いが出来るお方)


 彼はきっと、リーシェの願いを叶えるため、ミリアを助けようとしてくれている。

 ――それこそ、どんな手段を使ってでも。


「行かないと……」


 ミリアを助ける必要がある。

 だからといって、アルノルトに非道な真似をさせるわけにもいかない。


 彼に助けを求めたのが間違いだったと、そんなことは考えたくないけれど、自分の軽率さが苦々しかった。

 先を急ごうとしたリーシェの前に、レオの小さな体が立ちはだかる。


「駄目だ。これ以上は大聖堂に近付くな」

「レオ……」

「あんたはなんとなく放っておけないから、仕方なく警告してやってる。あんたがアルノルト・ハインの味方をするなら、見逃してやれない」

「……」


 物悲しい気持ちでいっぱいになって、リーシェは両手を握り締めた。


「……私は、アルノルト殿下の味方になんてなれないわ」

「!」

「心配してくれてありがとう、レオ。……だけどごめんね」


 彼に対し、まっすぐに告げる。


「あの人の敵になってでも、お傍でやらなくてはいけないことがあるの」

「……せっかくの、忠告を……!!」


 駆け出そうとしたリーシェの前に、小柄な体が飛び込んできた。

 手首を掴まれそうになり、リーシェはすぐさまそれをかわす。後ろに一歩引き、レオから十分な距離を取って、呼吸を練ろうとした。


「!」


 その間合いへ、すぐさまレオが飛び込んでくる。


(速い!!)


 目を丸くするような暇すらなく、襟首にレオの手が伸ばされた。ドレスを掴まれた瞬間に、くるりと身を回してそれを外す。

 すぐさま掴み直されそうになるも、手首に軽い一撃を入れた。リーシェに手を弾かれたレオが、間合いを空けながら構えを取る。


「……本当に身代わりが下手だな。そんな動きをしてたんじゃ、本物の皇太子妃じゃないってすぐバレるぞ」

「あなたこそ、普通の子供のふりはもういいの?」

「あんたたち相手じゃ意味がない。人の動きを観察しながら、注目されたくないところばっかり注目しやがっ、て!」


 一気に間合いを詰められて、すんでのところでそれをかわした。

 レオはそのまま追撃をやめない。リーシェの腕を掴み掛けたと思ったら、回避した瞬間に足払いを掛けてくる。リーシェがそれを避け、身を翻した瞬間に、再び懐へと飛び込まれた。


(っ、息をつく暇も……!)


 考えてみれば、敵はいつだってリーシェよりも大柄な相手だった。

 レオのように、自分より小さな人間を相手にした経験は少ないのだ。その所為かいつもと勝手が違い、翻弄されてしまう。


(この素早さ。少しでも気を逸らしたら、その瞬間に絡め取られる!!)


 手を伸ばされ、それを回避し、体術で弾いて遠ざける。

 レオの横を走り抜けられないかと隙を探るも、その瞬間を狙って踏み込まれた。レオのまだ細くてしなやかな腕が、リーシェを捕らえようと迫り来る。


「……っ!」




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― 新着の感想 ―
そりゃ、ふつう身代わりだと思うですよね!
正真正銘の本人だなんて気付けないから身代わりと思っているこのずれが面白い
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