表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7章連載中】ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する【アニメ化しました!】  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜3章〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/320

92 相手を知ることは大切です

 


 そうして始まった祭典の予行練習は、思いの外順調に進んでいった。


 大司教による進行に従って、ミリアは粛々と『巫女姫』代理の役割をなぞってゆく。

 主身廊から祭壇までの歩き方も、女神に対する最敬礼の仕方も完璧だ。


 特に、長々とした聖詩の言葉を淀みなく暗唱しきったときは、周りの司教たちも驚いたような顔をしていた。

 聖堂の後ろに控えたリーシェは、予行練習を見守りながらそっと微笑む。


(お嬢さまは頑張り屋だもの。きっと、巫女姫の代理が決まってから、ひとりでこっそり練習なさっていたのね)


 いまのミリアは、リーシェの『お嬢さま』ではない。それでもどこか誇らしい気持ちになりながら、ミリアの頑張りを応援する。

 そんなリーシェの傍へ、とある人物が歩み寄ってきた。


「素晴らしい。祭典の予行は、とても順調なようですね」

「司教さま」


 話し掛けてきたのはシュナイダーだ。リーシェは彼を見上げ、にこりと微笑みを返す。


「昨晩は、はしたない所をお見せいたしました。アルノルト殿下がなかなかお戻りにならず、ついつい寂しかったもので」

「あ、ああ、いえ……」


 夕べのことを思い出したのか、シュナイダーはいささか気まずそうな顔をした。

 そのあとでこほんと咳払いをし、祭壇の前にいるミリアを見遣る。


「儀式にいらしただけのリーシェさまを、祭典に巻き込んでしまい申し訳ございません」

「いいえ。そのことでしたら、どうぞお気になさらず」

「そういうわけにはまいりません。巫女姫の代理を立てるのだとしても、もう少し分別の着く年齢の少女を選ぶべきだったのですが……巫女姫の一族は、髪色にとある特徴を持ち合わせていましてね」


 その言葉に、昨日バルコニーで見た壁画を思い浮かべる。


「たとえ代理であろうとも、少しでもその条件に当て嵌まる少女ということで、ミリア殿が選ばれたのです」

「……『花色の髪の少女』という、聖詩の一節に基づいたのでしょうか」

「なんと。大衆向けには『春色の少女』と訳されている部分なのですが、よくご存知でいらっしゃる」

「とある方に、読み方を教えていただきまして」


 念のため、アルノルトの名前は伏せておく。

 一方で、不意に気になることが生まれた。


(アルノルト殿下は、どうお考えになったのかしら)


 シュナイダーの話を聞きながら、リーシェは考える。


(聖詩をお読みになったことで、『あのこと』を察してしまった可能性は? ……いいえ、相手はあのアルノルト殿下。最初からすべてお気付きだった可能性もあるわ。だとすれば、あのときの視線の意味もよく分かる)


 じっと思考を回していると、シュナイダーがこちらを見る。

 穏やかだが、そのせいで無機質にも見える目だ。リーシェが彼と視線を合わせると、シュナイダーは微笑んでこう言った。


「あなたは、とても美しい髪色をしていらっしゃる」

「……」


 その言葉に、リーシェの肩がぴくりと跳ねた。

 シュナイダーはそのことに気が付かない。これがたとえばアルノルトであれば、すぐさま察していただろうに。


「リーシェ殿のような髪色であれば、間違いなく巫女姫の代理に選ばれていたでしょう。あなたがドマナ国のお生まれでなかったことが、非常に惜し……」

「――神に捧げる儀式であれば、何よりも大切なのは信心と情熱です」

「!」


 リーシェが微笑んで言い切ると、シュナイダーは目をみはる。


「そう思いませんか? 司教さま」

「そ……それは、その通りですが」

「ミリアさまは、とっても真摯にお役目へと臨んでいらっしゃいます。その頑張りを少しでもお手伝いできるのでしたら、これほど光栄なことはございません」

「……そう、ですか」


 押し黙ったシュナイダーに、今度はリーシェが畳み掛ける。


「そういえばお話は変わりますけれど、司教さまは昨日不思議なことを仰いましたね。アルノルト殿下と結婚してはならないとは、一体どうしてなのですか?」

「り、リーシェ殿。その話はまたいずれ、場を改めて――」

「リーシェさま!」


 ぱたぱたと小さな足音を立てて、ミリアが主身廊を駆けてきた。

 シュナイダーははっとした表情のあと、「失礼しました」と頭を下げる。彼の後ろ姿を注意深く眺めつつも、抱きついてきたミリアを受け止めた。


「聞いてリーシェさま! 練習、一度も失敗しなかったわ!」

「はい! ご立派でしたねミリアさま!」


 ミリアを抱き締めてそう告げると、嬉しくて仕方がない様子で「ふふっ」と笑う。

 嬉しそうに頰を染めたミリアは、張り切った表情でこう言った。


「でも、まだまだ練習しないとだわ! ドレスは本番用じゃないし、今日は神具を使っていないもの。段取りがもう少し変わるから、気を抜かずに頑張るつもりよ! だって神具を扱うときは、慎重にしないといけないものね」

「神具というのは、巫女姫の持つ弓ですよね。女神さまに代わって季節を巡らせるために、その季節それぞれの力が籠った矢を射るという」

「ええ。もちろん、祭典では射るふりをするだけだけど……」


 神具といえど、弓矢は武器だ。

 そのことをよく理解しているのか、ミリアが僅かに緊張の面持ちを見せる。

 その強張りを解きたくて、リーシェは小さな手をぎゅっと握った。


「ミリアさま、お昼ご飯に致しましょうか。今日は特別に、お庭で食事できるよう手配していただいたのです」

「それって、もしかしてピクニック!?」

「はい。良いお天気なので、きっと気持ちが良いですよ。――日差しが眩しいかもしれないですから、ミリアさまは帽子を被りましょうね」


 侍女人生の癖で、ついついそんなことを言ってしまう。不自然だったかと心配したが、ミリアはそれほど気にしていないようだ。


「私、お外でご飯を食べるなんて初めて!」


 目を輝かせてはしゃぐ少女に、リーシェも頰を綻ばせるのだった。

 だが、ミリアの無邪気な表情は、昼食の場に連れて行った途端に変わってしまうことになる。




 ***




「どっ、ど、どうして……」


 庭に到着し、芝生の上に広げたクロスを見たミリアは、硬直してわなわなと体を震わせた。

 おおよその反応は想像していたので、リーシェは気にせず準備を進める。そして、クロスの上にミリアを手招いた。


「さあミリアさま、こちらにどうぞ」

「ちょっと待って、リーシェさま!! ねえ、どうして……!」


 小さな指が、お行儀悪くもひとりの人物を指で示す。


「どうしてレオが、一緒にいるの!?」

「……居たくて居るわけではありません、お嬢さま」


 クロスの上に座らせたレオが、むすっとした声でそう言った。クロスにお皿を並べながら、リーシェはそっとたしなめる。


「ミリアさま、人を指差してはいけませんよ? ご飯のときはにこにこ笑顔で、喧嘩をせずに食卓につきましょう」

「レオがいるだなんて思わなかったもの! 一体なぜ……」

「今朝方、レオのことを気になさっていたではありませんか」

「でもでもこんないきなりなんて、心の準備ができていないわ!! レオだってパパがいくら誘っても、同じ食事の席になんか来たことがないくせに!!」


 ミリアがそんな風に非難すると、レオは不貞腐れた顔をした。


「……俺はただ、美味い肉が食えるって言われたので、本当は嫌だけど仕方なく来ただけです」

「お、お肉に釣られて来たというの……!?」


 ミリアは愕然としているが、これはリーシェの作戦なのだ。

 騎士人生のレオだって、どんなときもつっけんどんだったものの、庭で肉を焼くパーティをしたときだけは近くまで寄って来てくれた。


「お座りくださいミリアさま。早くご飯を食べないと、午後の練習に間に合いませんよ?」

「うう……っ」


 責任感が刺激されたのか、ミリアがぎこちなくクロスに座った。

 リーシェはバスケットを開くと、修道士たちが準備してくれた昼食を取り出す。


 大きな丸いパンをふたつに切り、その間にたっぷりの野菜やお肉を挟んで、甘辛いソースを掛けた昼食だ。

 これならお皿も最低限な上、ナイフやフォークも必要ない。野外で摂るにはぴったりであり、庶民にとっては手軽な食べ方だが、ミリアは見たことがないはずだった。


「お肉と野菜を、こんなに大きなパンで挟むだなんて……こ、これをどうやって食べるの?」

「下半分を紙に包んだまま、手に持ってそのままお召し上がりください。ソースを溢さないようにお気を付けて」

「このまま!?」


 リーシェが頷くと、ミリアはおずおずと口を開ける。

 その様子を見て、レオが無愛想に言い放った。


「そんなお上品な口の開け方じゃ、パンの端っこしか齧れませんよ」

「仕方ないじゃない、初めて見るのだもの……」

「……ふん」


 レオはそれ以上何も言わない。

 その代わり、ミリアの見ている前で大きく口を開けて、手に持ったパンにかぶりつく。


「おっきなおくち……」


 その様子を、ミリアは呆然と見守っていた。

 けれどもやがて、自分の手元を見つめると、意を決したように口を開ける。


 そして、がぶりと噛み付いた。

 最初はおっかなびっくりな様子で、もぐもぐと小さく顎を動かす。数秒ののち、ミリアの目がきらっと輝いた。


「……っ、んん!!」


 どうやら美味しかったようだ。

 あまりに分かりやすい反応を見て、リーシェはくすっと笑みを漏らす。何かしらのツボに入ったのか、レオも咄嗟に口元を押さえ、笑うのを堪えるような仕草をした。


「お気に召してよかったです。レオも美味しい?」

「……っ。まあまあです」

「美味しいのね、よかった!」


 ほっと息をついて、リーシェも食事を始めることにした。

 内心で心配していたものの、ミリアとレオは少しずつ会話をしている。


「レ……レオがさっき、お肉に掛けたソースはなに?」

「さあ。辛くて美味そうだったので、掛けてみただけですけど」

「辛いの? 辛いのに美味しいというのはどういうこと?」

「……子供には分からないと思うんで、やめておいた方がいいですよ」

「あなたとは一歳しか変わらないじゃないの!」


 本人たちは不本意に思うだろうが、一見すればそれなりに楽しげな会話だ。


(……この先のレオが、どんな原因で怪我をするのかまだ結論は出せない。お嬢さまの言う『呪い』も気になるけれど、私の想像通りだとすると、ふたりの関係が良好になるに越したことはないわ)


 昨日のミリアは、自分自身に呪いの力があり、彼女が拒んだ者には危険が及ぶのだと言っていた。

『そんなことは有り得ない』と切り捨てる前に、ミリアがそんな発言をする理由を確かめる必要がある。


 そう思っていると、ミリアが気まずそうに口を開いた。


「あ、あの、その。……レオは、うちで何か困っていることはない?」

「特に何も。雇い主の娘が、とんでもない癇癪を起こす以外には」

「そ、それは……!!」

「もう、レオ。意地悪をしては駄目でしょう」


 リーシェがたしなめると、レオは最後の一口になったパンと肉の切れ端を口に放り込み、それを食べ終えてから返事をした。


「……ひとり部屋は貰えるし、仕事が終わったあとは自由な時間があるし。そういう意味では、孤児院に比べて過ごしやすいです」


 その答えに、ミリアはほっとしたようだ。まだ半分以上残っている昼食を手に、次なる質問をする。


「レオのいた孤児院って、どんなところなの?」

「それ、興味本位の質問ですか?」

「ち、違うわ! ただ、知りたくて……」


 ミリアがしょんぼりと俯いた様子を眺め、レオは若干の罪悪感が湧いたらしい。

 ふいっとミリアから目を逸らし、ぶっきらぼうな言い方で説明をする。


「『どんなところ』なんて、人によって感じ方は違うと思いますけど。あそこで暮らすのが向いてる奴にとっては、それなりに過ごしやすい所なんじゃないですか」

「レオは向いていなかったから、追い出されてうちに来たって聞いたけれど」

「ふん」


 ミリアの言葉に、レオがごくごく小さな声で呟く。本来ならば聞き取れないような呟きだが、リーシェはくちびるの動きが読めてしまった。


「俺は、向いていたから外に出されたんだ」

「……?」


 それはどういう意味だろうか。

 リーシェは不思議に思ったけれど、会話の邪魔はしたくない。もくもくと昼食を食べながら、レオとミリアの話に耳を傾ける。


「孤児院は、シュナイダー司教が責任者なのよね。シュナイダー司教はつまり、レオにとってのお父さまなの?」

「まさか」

「!」


 きっぱりと言い切ったレオの声音に、ミリアがびくりと肩を跳ねさせた。


「あの人には世話にはなった。生きていく手段を教わった。ただそれだけであって、俺には親なんて居ません」

「へ、変なことを言ってごめんなさい。血が繋がっていないんだから、不用意にお父さまなんて言い方をしてはいけないわよね」

「そういうことです。……飯も食ったし、もう行っていいですか? 自分が使ったものは片付けるんで」

「あ、レオ。待って待って」


 リーシェが慌てて引き止めると、立ち上がろうとしたレオが変な顔をした。


「なんですか。早く片付けないと、午後の雑用が……」

「午後のお仕事は変更になったの。ジョーナル閣下にお話をして、『レオの時間を貰いたい』とお伝えしてあるから」

「――は?」


 思いっきり顔を顰めたレオに、リーシェはにこりと笑いかける。




 ****




 ――そして、昼食のあと。

 大神殿の外れにある中庭で、リーシェはとある人物に説明をした。


「記憶していらっしゃるかもしれませんが念のため。この子が昨晩お話しした、ジョーナル閣下の小間使いのレオです」

「……」


 その人物から視線を向けられたレオは、盛大に気まずそうな顔をしている。若干顔色が悪い気もするが、こればかりは慣れてもらうほかにないだろう。


「そしてレオ、改めて紹介するわね。このお方が――」


 リーシェはそこで一度言葉を区切り、傍らに立つ人物を見上げた。

 こうして見る限り、大変に不本意そうな表情だ。けれどもそれほど気にせずに、再びレオへと視線を戻す。


「ガルクハイン皇太子の、アルノルト・ハイン殿下よ」

「……」


 その瞬間、レオがへなへなと蹲り、「どうしてこんなことに……」と呟いたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろい!!!最高!!! [一言] コミカライズになったのを見かけて原作を探してきました。 読み始めたらすっっっっごくおもしろくて徹夜して一気読みしました! コミカライズの方もおもしろか…
[一言] うわー! めっちゃ気になる次回ー!
[一言]  本屋さんが絶滅して、近所に無いよー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ