レオニード
両親の決定に満足したフィリアは、レオニードを連れ自室へと戻っていった。今度は、屋敷内を駆け抜けることなく、静かな移動となった。
「ふふっ、今夜はレオと一緒ね!」
フィリアの嬉しそうな声に、レオニードは複雑な気持ちになった。
おそらくフィリアは、先程のやり取りで、レオニードがフィリアの婚約者に内定したことに気づいていない。
年齢差は24歳とふた回り離れている。まだフィリアは成人していないし、いつかは同じような年齢の男性から伴侶を選ぶだろうと思っていた。
レオニードが24年、誰よりも慈しんで愛してきた少女が、近い将来、自分の妻となる。年甲斐もなく浮わつく気持ちに蓋をする。
従者として、今夜の準備へ迅速に取り掛からなくてはならない。今夜は、フィリアの一生に一度きりのデビュタントなのだから。
「フィリア様、準備は出来ましたか?」
「ええ、完璧よ!どうかしら?」
「……っ!」
フィリアは、全ての準備を終え、レオニードを迎えた。が、レオニードは言葉が出なかった。フィリアのドレスから目を離すことも出来ず、ただ、絞り出すように疑問を口にした。
「なっ……ぜ?」
エンデのデビュタントでは、白いドレスを着る決まりがある。
だが、婚約者がいる令嬢は、その事が一目で分かるようにと、白いドレスに婚約者の色で刺繍を加える。
フィリアの白いドレスには、レオニードの色で刺繍が加えられていた。レオニードは艶のある黒髪にパイロープガーネットを思わせる赤目をした、狼の獣人。
白いドレスの縁には、黒い糸で花々が散りばめられ、胸元に小さく顔を覗かせるように赤目の黒い狼が縫い付けられていた。そして、その狼の頭の上には、フィリアを鳥に例えたのか、金色の羽毛に紺青色の瞳をした小鳥がいる。
「やっぱり、令嬢のドレスに狼の刺繍はおかしかった?でも、どうしても黒い狼を刺繍したかったの……」
しょんぼりとするフィリアの纏められた髪を見て、再びレオニードは目を見張り、その後、思案するように眉間を揉む。
顔がよく見えるようにと纏め上げられた父親譲りの金色の髪は、黒いリボンで飾られ、更に赤い宝石が散りばめられた髪飾りが光っていた。
デビュタントの前日までに用意されていたドレスや装飾品、全てがレオニードの色である。最初から、ヴァールハイト家の人々は、レオニードにエスコートさせるつもりだったのだ。
通りで、自分の衣装も用意されていたわけだ。
「はぁ……わかりましたよ。参りました」
「え、何?」
「フィリア様」
レオニードはフィリアの前に跪くと、フィリアの手を取り、指先に口付けた。そのままフィリアの手を自分の目元に軽く当て、一度深く呼吸をすると顔を上げた。
熱のこもった目でフィリアを見つめながら、言葉を紡ぐ。
「フィリア様。貴方が此方の世界に来られた時から、俺は貴方が気になって仕方がなかった。それまでのアリシア様の魔力とは質が異なったから、ヴァイゼ様も俺も、本当は気づいていたんです」
「えっ……と……」
レオニードの突然の行動に目を丸くするフィリアを、レオニードは微笑みながら見つめ、言葉を続ける。
「俺達は、アリシア様を守ると同時に、幼い子供を守らなくてはという義務感もありましたが、気付いたら貴方を本当の娘や主のように慕っていました。だから……最近まで、俺は気づきませんでした」
フィリアは、レオニードの言葉に瞳を潤ませていた。
「フィリア様、俺は貴女を、一人の女性として愛しています」
何とか堪えていた涙が、フィリアの頬に流れる。
「れ……お、ほんとに?」
「俺は、貴女に嘘をつきません。ただ、フィリア様は、こんな……ふた回りも年上の男でいいんですか?」
「ずっと傍にいてくれた、レオがいいの!」
「後で後悔しても遅いですよ?俺は貴女を、一度手に入れたら離せそうにないですから……」
「望むところよ!」
苦笑いするレオニードの首元に、フィリアが抱きつく。
フィリアが勢いよく抱きついたので、レオニードは尻餅をついた状態で受け止める形となったが、どちらの表情も清々しく、幸せそうだった。
後日、フィリアのデビュタントは話題になる。
それが、白いドレスに狼の刺繍を入れた令嬢としてなのか、獣人の従者とデビュタント当日に婚約した令嬢としてなのか、はたまた、ヴァイゼとアリシアの過剰なまでの婚約発表の演出の為なのかは不明である。
とりあえず、本編終了です。
書きながら設定を追加していたので、気になれば修正を加えていくつもりです。
ここまで、お付き合いいただき、ありがとうございました!