転生令嬢、誕生
目が覚めると、白い天井に、優しく光を取り込むレースのカーテン。ふかふかのベッドに、肌触りの良い寝具に囲まれていた。
『ここは……』
そもそも、自分は───
「おはよう、目が覚めた?」
「ぅあー……ああ?(おとうさま?)」
「今日から、君の名前は『フィリア』だよ」
そうか、暫くアリシアの中で眠っている間に、新たな体(しかも、今回はヴァイゼとも血の繋がりがある)を手にいれたようだ。今回は赤ん坊の手が見える。誰かの体を乗っ取ったわけではなさそうで、良かった。
アリシアが本来の年齢に戻り、すべてが片付いた後の、二人の結婚式までは記憶にある。
時々、私もアリシアとして生活していたし、眠っている間もアリシアを通して外の世界を見ていたから。
ただ、結婚式の途中、急に意識が薄くなって、アリシアの中に溶け込んでいったから、消えるのだと思っていた。
そうか、二人の娘として生まれてきたのか。
10年近く同じ体を共有したアリシアと、お父様と慕っていたヴァイゼ。二人の娘。嬉しい!
また皆にも会えるかな?
「フィリア。君の乳母にユーリが決まったよ」
「初めまして、お嬢様。ユーリです」
「うあう!(また、よろしくね!)」
梅雨が終わり、これから本格的な夏が始まる季節。
「レオも一緒に行くのよ!」
「フィリア様、もう俺も年なんで……」
「なに言ってるの!獣人は早熟で50年近い期間を最盛期のままで過ごすって聞いたわよ!まだ10年以上は大丈夫じゃない!」
「いや、しかし、フィリア様の母君のアリシア様と同じ年齢ですよ。それと、身分とかも……」
「貴方、先日、子爵位を貰ったじゃない!」
「覚えてましたか……」
「ごちゃごちゃ言わず、早く着替えてよ!」
「えー……」
14年前にフィリアが生まれ、1歳を過ぎて辿々しく喋り始めた頃から、ヴァールハイト家の日常は騒がしい。
ヴァールハイト家の公爵位は、父ヴァイゼが終戦の立役者としての功績を認められ叙勲された爵位のため、一般的な公爵家とは異なる。
領地も領民もいないし、屋敷は王都の一画にある。収入はヴァイゼの宮廷魔術師としての給金次第。ただ、アリシアが隣国の王女だったため、多額の持参金があり、屋敷内には使用人もそれなりにいた。
正式にアリシアの従者として隣国から付いてきたレオニード・ペルフェットは、困惑していた。
フィリアが生まれると、フィリアの従者へと変わった。
雇い主はフィリアの父親であるヴァイゼだ。アリシアの幼いときからの従者として、ヴァールハイト家の事情も知るし、フィリアを可愛がるヴァイゼの気持ちも分かる。
が、それとこれとは別だ。
「俺は貴女の従者なので、付いていくのは会場の入り口まで。デビュタントの会場へは入りませんよ」
「だーかーらー、レオは私の護衛も兼ねてるんでしょ?爵位もあるんだし、私のエスコートをして隣にいたらいいじゃない。ずっと一緒にいて護衛も出来るわ!」
「一般的にデビュタントのエスコートは、父親か婚約者がしますよね?」
「…………レオは……」
形だけの公爵家とはいえ、エンデ貴族の末席に名を連ねるヴァールハイト家の令嬢として、社交は避けて通れない。
デビュタント当日の朝、フィリアはレオニードを連れていきたい、一緒に夜会に参加したいと説得していた。
「もういいわ!レオに頼むのは止めにする。お父様にお願いしてくるわ」
「そうしてもらえると……」
「お父様とお母様から、レオに命令してもらうんだから!」
「フィリア様、周りから誤解されるので……」
遂に、フィリアが諦めて決着かと思われたが、フィリアは自分に甘く、レオニードの雇い主である両親を頼ることにした。
そうと決まれば、両親が揃うサロンを目指して、令嬢にあるまじき速度で屋敷を駆け抜ける。勿論、両親にレオニードを説得してもらう為だ。
──バンッ!!
サロンの扉を力任せに開けると、フィリアは叫んだ。
「お父様!お母様!」
「まあまあ!フィリアは今日も元気ね」
「おやおや!フィリアは今日も可愛らしいね」
フィリアがサロンへ飛び込むと、ヴァイゼがアリシアの腰を抱くようにして、二人で並んでソファーに座っていた。既に、フィリアのお転婆に慣れてしまった両親は、もうフィリアが貴族令嬢であることを指摘しない。母親のアリシアに至っては、娘というより、年の離れた友達といった感覚だ。
「ヴァイゼ様。フィリア様を止めてください」
「いいえ、お父様!私のお願いを聞いてください!」
娘のデビュタント当日の朝、二人が揃って現れた理由を察したヴァイゼは、一瞬考えるそぶりをして口を開いた。
「レオニード、質問がある」
「何ですか?」
「フィリアのことをどう思ってる?」
頬に両手を当て、まあまあ!などと言いながら、アリシアは微笑ましいものを見る目で娘を見た。フィリアは、先程までの興奮した状態から一転して、真剣な目でレオニードを見ていた。
「俺……は、フィリア様の従者です。それに、アリシア様と同い年で、フィリア様から見たら、いい年したおじさんですよ」
「答えになってないよ」
「レオ!それじゃあ、私も『いい年したおばさん』ってことになるわ!失礼な人ねぇ」
ヴァイゼは、少し不貞腐れた表情を見せるアリシアに、君はいつまでも綺麗だよと囁き、再度レオニードに尋ねた。
「それで君は、フィリアのことをどう思っている?」
「……大切な、女性……ですよ。アリシア様の中にいた10年間と、生まれてきてから14年間、ずっと守ってきた女性ですから」
「じゃあ、いいね?」
「ええ!フィリアが生まれた時から、私は決めていたわ。レオ以外にフィリアは渡せないわ!」
フィリアは、ずっと甘々だったレオニードが、10歳を過ぎた頃から急に距離を置き始めたことに気づいていた。レオニードの『大切な女性』発言と、両親の会話から、自分にとって都合の良い方向に話が進んでいそうだと判断した。
「お父様。今夜のデビュタントの夜会は、レオと一緒に参加しても良い?」
「ああ、勿論だよ」
親子の会話に、レオニードは目元に掌を当て、ため息をつく。
「俺が、フィリア様の婚約者だと思われますよ」
「問題ない」
ニコニコしているアリシアとヴァイゼ、嬉しさを全面に出すフィリアを見て、今夜の夜会への参加は決定事項で、諦めるしかなさそうだと、レオニードは再度ため息をついた。
よくよく考えると、フィリアとして誕生するまで、転生なのか転移なのか微妙な感じだなぁ…と感じております。