魔法石強盗事件③
早速、君が呼び鈴を鳴らしたら、奴さんはひょっこりと顔を出して、警官たちが来た事を知るとドアを閉めようとした。けれど、君が警杖を挟みこんだから、光魔法を使って目くらましをして一目散に二階へ駆け上がって行った。
あの時、君は目の回復をしながら移動をしていたから見えていなかっただろうけれど、犯人はこっちに攻撃を加えようとしていたところを、私と仲間の一人、確かアンバーだったね。二人で氷魔法を飛ばして牽制したんだよ。
ほとんどの古式魔法は発動に準備と時間が必要になるから、相手に姿くらましを使わせる暇を与えないという目的もあった。
さて、運よく私たちの攻撃を避けることができた犯人は、先行した私が部屋に飛び込んだのと同時に、木箱を抱えて窓を突き破って飛び出した。
窓ガラスが割れる甲高い音と、表で待機していたメンバーの驚く声が聞こえてくる中、犯人は上級の風魔法でそのまま空中へ浮かんで、ぴゅーんと跳んで行ってしまった。流石は古式魔法の研究者だったよ。
すぐさまライトニングアローで迎撃しようと思ったけれど、流石上級魔法を使うだけあって、相手も侮れない奴だった。
飛行に使っている風魔法の威力をさらに上げて、光魔法の威力を軽減させる策をとっていた。だからあの時は撃ち落とせなかったんだ。
私もすぐに風魔法で追いかけようと窓枠に足をかけたところで、地上から誰かが飛びあがって犯人に追いすがったのが見えた。
サエが、魔法も使わずに空を飛んでいたんだ。
私と君たちは早速家を飛び出して彼らを追いかけた。
大人一人を飛ばすための上級風魔法も、古式魔法ほどではないけれど、そうそう使える者はいない。一般人で、魔法も知らなかった節のあるサエが使えるはずもない。
けれど、彼は文字通り風のように飛翔する犯人に追いついたんだ。疾風の壁を無視して取っ組み合いを始めて、錐揉みしながらサーガ川の辺りに墜落した。
私も今度こそ風の魔法を使って駆け出し、建物の壁を蹴って屋根に上って、屋根伝いに移動していると、河原で拳銃を懐から抜いた犯人の姿が見えた。
危ない! そう思ってライトニングアローを撃とうとしたんだけれど、その前にサエが犯人に肉薄して、そのまま犯人が崩れ落ちた。
そのすぐ後に駆け付けた私が気を失った犯人を拘束した。
サエは軽い打ち身と擦り傷を負っていたくらいで、それ以上の怪我はなかった。
「大丈夫かい?」
私の質問に、彼は身を固くしていた。叱られると思っていたらしい。
だけれど、私はそもそも叱ろうと思っていなかったし、それよりも彼が魔法を使えることに驚いていた。
「魔法が使えるのかい?」
そう身振り手振りで伝えてみると、彼は腕を組んで唸った後に、曖昧な様子で頷いた。後で聞いたところによると、近いものが使える、とのことだった。
それから君たちが追いついてきて、犯人を引き渡した後、私たちは家路についた。
その最中に、彼が身振り手振りで、さっきの犯人は何をしたのか、と尋ねてきた。
魔法石を、知識を持たないサエにどう説明しようかと悩んで、メモ帳に絵を描いてみたら理解してくれたよ。犯行の理由が、金銭に困っていた事を教えたら、彼は空を仰いだ。
「Donosekai demo……」
目を細めて、やるせないようにつぶやいている姿が印象的だった。
けれど、彼が気落ちしていたのはその時だけだった。
家に帰るなり、サエは夕食の準備にかかった。流石に怪我は治しておかないとって回復魔法をかけたら、驚いたり喜んだりで、本当に子どものようだったよ。
それで、彼が作ってくれたのが、君も知ったるあのサンドイッチさ。
今朝のうちに仕込みをしていたようでね、完成に五分もかかっていなかった。
しゃきしゃきのレタスに、塩コショウ入りの卵サラダに、トマト、それらをマスタード入りのマヨネーズが塗られたパンで挟んだサンドイッチが、気疲れしていた私を癒してくれた、なんてね。いや、本当に美味しかったよ。
それでね、その時にふと思ったんだ。
一人暮らしでずっと気楽にやってきたけれど、料理を作ってくれて、私の代わりに他の家事もしてくれるサエを、助手としてしっかりと雇ってみるのも悪くはないかな、ってね。それに、上位魔法に匹敵する不思議な力が使えるし、彼の事をも少し知りたいと思ったというのもある。
夕食の後、サエに助手として雇う事を伝えてみたけれど、普段やっている仕事の延長線上だと思ったらしくて、今一伝わっていなかった。
出会ってから、彼とはジェスチャーでしかコミュニケーションを取っていないことを思い出して、私は本棚から一冊の本を渡した。これだ。
『耀姫と四騎士』
フェンドリッティッア発祥の名作、その児童書版だね。うん、私の趣味だよ。子供向けの内容に変換されているけれど、わくわくできて、言語を学ぶには丁度いいと思ったんだ。それに、私が簡単に読み聞かせることができれば、口頭で会話もできるようになるし。
「これを君にあげよう。ふふっ、頑張って覚えてくれよ?」
サエが手渡された本を見て、私の意図を理解して頭を下げようとしたから、私は先手を打って、手を差し出してやった。
そうしたら、彼は笑いながら「Yorrosikuoneguysimasu」と言って手を握ってくれた。
その時、彼が「よろしく」と言った事が、何となくわかった。
こうして、私とサエは本格的に所長と助手として契約を結んだんだ。
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「なるほど、中々大胆な契約を結んでいるじゃない」
彼からは悪いものを感じなかったからね。
「貴女らしいと言えばそれまでだけれど。それで、サエが無理やりついてきた理由は結局なんだったの?」
それについては、彼の日記を読めばわかる。
「日記……ふぅん……何が書いてあるの、これ?」
私も未だにあまり読むことができなくてね。代わりにソレイユが読んでくれた。それによると、次のような理由になるらしい。
――アイツはまた言った。このままだと、誰かが死ぬ、放っておけばもっとだ、と。
どうすれば誰も死なないかと聞き返してみたが、アイツは何も答えなかった。これだからこいつは嫌いなんだ。
だから、フィーナさんから突入の話を聞いた時に、無理を言って着いて行かせてもらった。正直、嫌われて追い出されるかもしれないと覚悟していたけれど、結果的に犯人を捕まえることができて、フィーナさんたちが無事でよかった。
「アイツ? あの事件に関わった誰かが、サエと接触していたというの?」
私も最初はそう思ったんだけれど、『アイツ』はずっと以前からの知り合いのようなんだ。
それに、私は彼に、あの事件の実行犯の事情を説明しただけで、黒幕の事情は話していない。もし『アイツ』が黒幕やその関係者なんだとしたら、怪しい奴だとか、何かしら情報をここに記しているはずなんだ。
何より、私にその人物の情報を伝えていないというのも、おかしい点さ。
「情報を隠していた、ということは?」
ない。この日記はサエとラミカ、読み方を教わったソレイユしか解読できないから、特に隠しておく必要はないからね。
そして、私にその人物の情報を伝えなかったのは、私の為を思ってのことだったんだ。
「やっぱり、事件絡みだったの?」
それも違った。これについては、また後で話そう。
お茶が冷めてしまったね。お湯を沸かすから、少し休憩と行こうか
お読みいただき、ありがとうございます。