伝説の台頭②
翌日。
朝食を終えた後、サエとソレイユに、アーサーを作りだした謎の技術について、判明している部分を話すことにした。
二人ともほとんどの内容を理解できていないようだったけれど、お勉強が目的じゃないから、気にせずに続けた。
本題に繋がる前振りは、ここからが本番だった。
「――そして、この技術は、ふらりと現れた、錬金術師風の人物が提供してきたそうだ」
「錬金術師? 金ではなく生命の水を生み出そうとしているあの?」
「それは大分、昔の話だね」
「確か、生命の水は完成しなくて、代わりに化学と一部の魔法技術の発展に貢献することになったと聞いています」
サエの抱いている錬金術師のイメージは古く、ソレイユの知識も一般的なものだった。
けれど、サエは他に、ピンとくるものがあったらしい。
「あのっ、もしかして錬金術師って、ホムンクルスを作れたりするんですか?」
ビンゴだった。
「ホムンクルス?」
「サエ、その言葉をどこで聞いたんだい?」
「あ、故郷で、ものの本を読んで、錬金術師=ホムンクルスっていうイメージがありまして」
何かを誤魔化そうとしていたサエの態度は置いておくとして、彼が言ったその単語は、まさに私が口にしようとしていたものだった。
「残念な事に、現実の錬金術師はホムンクルスを作ることはできないよ」
「で、すよねぇ……」
「あの、そのホムンクルスって何なんですか?」
ソレイユが初めて聞く単語に疑問を呈すると、サエが説明を始めた。
「僕の故郷では、人工的に生み出された、人型生命体、という認識が一般的だったと思います」
「人工生命体……って、アーサーちゃんと同じってことですかっ?」
その時、ソレイユも思い至ったようだ。
さて、前振りも大詰めだ。
サエとソレイユがこちらへ注目したのを確認してから、私は話し始めた。
「ホムンクルスについて、とある錬金術師にまつわる、こんな伝承がある」
大昔、この国には偉大な錬金術師がいた。
魔法と、まだ未発達だった当時の化学と科学の二歩、三歩先を行く知識と技術を持ち、その名は国内だけにとどまらず、大陸中に広まるほどの、賢者だった。
しかし、自身の強大な力が悪用されることを嫌った彼は、魔獣が闊歩する山奥に一人、外界との接触を一切断って暮らすことにした。
魔法で魔獣が入って来ないように結界と城壁、それから住む家を作り、食べる作物がしっかりと育つように特別な土と肥料を使い、食べるものにも困らなかった。戸をうるさく叩く権力者たちと関わることのない、静かな場所での研究できる日々は、とても充実していた。
しかし、気楽で平穏な日々を送っていた彼は、ふと、ある時人恋しさを覚えた。
そこで彼は、自らの子どもを作ることにした。
それまでの研究成果を全て詰め込み、日夜実験を繰り返した彼は、ついに生み出すことに成功した。
そう、人造生命体、ホムンクルスだ。
彼はホムンクルスを大切に育てた。女の子だった。蝶よ花よと育てながら、同時に自分の持っている全ての知識と技術を授けた。
ホムンクルスはとても優秀で、一を言われたら十を理解できた。彼女は、教えをすぐに吸収して、彼の助手も務められる、優秀な錬金術師となった。
成長していくホムンクルスとの楽しい生活を送りながら、錬金術師はまた考えた。
自分はこのまま隠遁生活を送るつもりだ。けれどこの子は、いずれ広い世界に出て、誰か素敵な伴侶を見つけて幸せに暮らしてほしい。他人の前で、腕を隠す方法は教えてあった。
錬金術師は、娘に、外の世界を見て回ることを提案したが、彼女はこの場所がいい、貴方の傍がいいと言った。
ホムンクルスが愛していたのは、他ならぬ錬金術師だった。
やがて、錬金術師とホムンクルスは結ばれた。前と生活は変わらなかったが、二人はとても幸せだった。
けれども、いくら待てども、二人に子どもができることはなかった。
そこで、錬金術師は自分たちの子どもとして、再びホムンクルスを生み出した。生まれたのは娘だった。
娘の誕生に、二人はとても喜んだ。生活は、更なる幸せに包まれた。
めでたし、めでたし……とは、行かなかった。
成長した娘もまた、錬金術師を愛した。
彼女とも子どもができることはなく、以前と同様に、子どものホムンクルスを生み出した。
生まれたのは、また娘で、その子もまた錬金術師を愛した。
彼の生み出すホムンクルスは全員女性で、彼女たちは皆、錬金術師を愛した。その次に生まれた娘も、そのまた娘も、皆だ。
錬金術師は妻たちと我が子を皆、愛し、皆から愛され、とても幸せな生活を送り続けた。
そして、長い月日が経ち、大勢の妻や娘たちに囲まれながら、彼はその長い天寿を全うした。
ホムンクルスたちは悲しみに暮れた。
錬金術師を蘇らせようと、彼女たちはホムンクルスを新しく生み出そうとしたが、どれだけ試しても、生まれるのは娘だけだった。
どうして女性のホムンクルスしか生まれないのかは、錬金術師が晩年研究していたが、ついぞ明かされることがなかった謎だ。
一説では、錬金術師が亡き妻との再会を望んでいたから、と言われている。
今でも、ホムンクルスたちは、錬金術師の復活を望みながら、隠れ里でひっそりと暮らしているのだそう。
「――このように、お伽噺では語り継がれているんだ」
「何だか、悲しいお話しですね」
しゅんと目を伏せて、ソレイユは言った。
「確かに、悲しいお話しだね。まぁ、ホムンクルスっていう単語自体、考古学者やマニアしか知らないくらいにマイナーなものだし、世間一般では忘れ去られている伝承さ」
「誰がそのお話を世に伝えたんですか?」
「隠れ里から出た、一人のホムンクルスが伝えたと言われているね。けれど、その隠れ里があると言われている場所はいくつも候補があるし、確かめようにも道のりがとても険しくて、協力な魔獣がうろうろしている場所ばかりだ。だから、よくある、実際にあった出来事を元に色々と脚色されて創作された、お伽噺だ、と言う見解が強いかな」
「そうなんですね。ですが、やっぱり切ないですね」
ソレイユはしんみりしてしまったけれど、サエは表情を変えずに黙っていて、やがておもむろに口を開いた。
「それ、多分お伽噺じゃないんですよね」
「ふぇ?」
「と、言うと?」
「今までの話しぶりからすると、アーサーを作りだした人造生命体の技術は、ホムンクルスを生み出した錬金術師のもの、ということですよね。
フィーナさんが話してくれたホムンクルス伝説は、ある程度の脚色があるかもしれませんが、恐らく実際にあった話なんだと思います。それに、フィーナさんが何の脈絡もなく、こんな話をするはずがありませんから。つまり……」
私は、彼の言い分に笑みが隠せなかった。
サエは私の表情を見て、目をギラリと光らせた。
「兵器開発部に、人造生命体の技術を提供したのは、ホムンクルスたちですね」
お読みいただき、ありがとうございます。
前話で、技術提供者について少し書き加えました。