伝説の台頭①
第四章スタートです。
アーサーが来て数日が経った。
ご近所へ紹介をしてすぐ、サエやソレイユと一緒にいるアーサーを見て、冒険者やハンターよりも、子どもたちが真っ先に興味を示した。最初は近づくなと言ったんだが、好奇心旺盛な子どもたちは大人の目を盗み、どうにかアーサーの気を引こうとしてくる。
困った私に、サエは「大丈夫かもしれません。少し試してみては?」と言った。何を気軽に、と以前なら思っただろうが、彼の危機察知能力の凄さは身を以て知っていたから、ここは一つ、彼の案に乗ってみることにした。
私が監修の下、ウチの庭で子どもたちと遊ばさせてみたところ、アーサーと彼らはすぐに仲良くなった。悪戯が過ぎた子どもには私自らが注意をしたが、アーサーは機嫌悪そうに唸る以上の行動には出なかった。
これは、予想以上の良い結果だった。
それから、午後のほんの少しの間だけ、アーサーと子どもたちは遊ぶようになった。
子どもたちが学校や仕事の手伝いでいない時は、近所を散歩したり、まれに力作業を手伝ったりさせて、大人たちとも良好な関係を築いていった。
サエとソレイユがペット探しの依頼を受けた時に、何度か一緒したこともあったね。アーサーは五感がとても優れているから、二人が見つけるのに苦労するような案件もすぐに解決に導けた。
アーサーが来てくれたおかげで、近所からの評判や収入も増えた。食費が増えたから、以前と比べれば、少し黒字と言ったところだったけれど、困るほどではなかった。
さて、そんな平和な日々を送る中、警察から施設の職員らの処遇について連絡があった。彼らへの刑罰については軽すぎず重すぎずと言った内容で、これならソレイユが聞いても問題ない。お茶の時間にサエたちへ伝えた時、アーサーが庭で突然に鳴きはじめた。
様子を見に行ってみたら、アーサーが私にすがるように頭をこすり付けてきた。何が何だかわからずにいると、サエがアーサーを宥め、ソレイユがアーサーの状態を調べてくれた。
健康そのもののアーサーが必死な様子で私に頭をこすりつけている様子を見たサエが、一言ずつ、アーサーに言葉をかけ始めた。あっちが気になる、こっちが気になる、私、サエ、ソレイユと指を指したりしながらね。アーサーはずっと反応を見せなかったけれど、「施設の職員」という単語に唸り声を漏らした。
アーサーはとても頭のいい子だ。私たちはアーサーが、職員に関することで伝えたいことがあるのかもしれないと思い至った。
次に、職員たちの名前を告げていくと、オリビア、という女性職員のところでアーサーは大きく反応を見せた。
アーサーは、施設で良くしてくれた女性職員を助けて欲しいと懇願していたんだ。
そう、アルト、それであの日、君にオリビアへの面会許可を求めたんだ。
オリビアの事情と、彼女とアーサーの関係を知って、私たちは罰が軽くなるように訴えた。それが通り、彼女は他の職員たちよりも罰が軽くなった。
アーサーを逃がして、牧場に被害が出て、怪我人が出ていたから、その分は彼女も認めて刑罰を受けることに同意していた。賠償金の支払いだったから、刑期を終えたらウチの事務所でたんと働いてもらうって契約を交わして、ね。
でも、オリビアは刑罰が軽くなったことよりも、アーサーの無事を喜んでいた。
アーサーが私たちと暮らしている様子を知って、幸せなんだと言ったオリビアの顔を見ていたら、私は俄然、あの事件の真相を解決したくなった。
そう、アルト、君たちも調べていた、ブラックボックスだ。
私は本腰を入れて、アーサーの一件に関わる調査を始めた。
アーサーを生み出した技術について、大まかなものは、高度だが理解はできる化け学だった。
けれども、肝心な生命を作る部分については、施設の連中も理解はできなかったらしい。今の科学、魔法技術では解明も、再現もできないものだったんだ。
正体不明の技術の塊、とでも呼べばいいんだろうか。
魔族でも解明は無理だって聞いたときには、さらに衝撃的だったよ。
一体誰がこんなものを作ったのか。
以前行った関係者たちへの尋問で、錬金術師を名乗る人物が彼らにこの未知なる技術と理論を提供したことがわかっていた。
しかし、その錬金術師は、頭からすっぽりと白いローブを被った、性別不詳の人物で、たった一度だけ技術提供のために接触した後は、一切の消息を絶っていた。関係者たちは、何度かその足取りを追おうとしたが、徒労に終わったらしい。
恐るべき頭脳と技術を持つ、謎の怪人と呼ぶにふさわしい人物だ。
技術を兵器開発部に渡した目的はわからないが、こんなものがもしも世に広まれば、大変なことが起こる。
警察や軍が、それぞれ錬金術師のギルドや研究者を調査し始める中で、私は浮かび上がった一つの仮説に沿って行動することにした。
それは、とても常識的ではないけれど、冒険者は皆が見ていない場所へ行って、宝物を持ちかえってくる。
持っている書物や、図書館で文献を漁った。それと、警察と軍が集めた情報からも、欲しい内容を手に入れることができた。
けれども、確証はなかった。何か有力な証拠があればいい。
そう思っていたある日の午後、外に出て掃除をしていたサエが戻ってきて、こんなことを話してくれた。
「アーサーの噂って、街の外にも広がっているんですね。遠くから来たという方が、ついさっき庭を覗いていましたよ」
「あぁ、一大ニュースだったからねぇ。古代翼竜の特徴を持った新種か! 生き残りか! だなんて新聞が騒いだから、学者やハンターでなくても、用事や観光がてらに一目見たいという人もいるだろうね」
「みたいですね。さっきの人は、女性の旅行者でした」
「へぇ? なんだい、綺麗な人だったのかい?」
「え? えと、帽子を被っていらしたので、顔はよく見えませんでしたけれど、多分、綺麗な人だと思います」
サエはからかいがいのない言葉を口にしながら、「そう言えば」と続けた。
「フィーナさんは、アーサーの一件についてまだ調べているんですよね」
「あぁ、そうだよ。どうかしたのかい?」
「えぇとですね」
サエが少し考える素振りを見せた。
私は、もしかして彼の勘がまた何か囁いたのでは、と身構えた。
「その女性なんですけれども、探し人をしているらしくて」
「探し人?」
予想外のセリフに、私は肩の力が抜けた。最近、毒されていると思いながら、仕事の依頼かと頭を切り替えた。
けれども、旅行者の女性は依頼をしなかったらしい。
「あらら、ウチは格安だって伝えたのかい?」
「えぇ。それでも、依頼はしないからと、足早に帰られたんですが……どうにも、気になりまして」
「また君はそうお節介を……いや、待て。気になったって、何が?」
私が少し身を乗り出して尋ねると、彼は少し悩んだように唸りながら答えた。
「そうですね……その旅行者さんは、僕と同じか、少し上くらいの、人種の女性だったんですけれど、去り際に魔力を感じまして。それが、ソレイユの魔力と同じくらいの圧だったんです」
「何だって?」
大森林のエルフ種の魔力は、ご存じの通り、魔族を除けば、人間の中でダントツの強さと量だ。
ソレイユも普段は魔力を抑えているが、その状態でさえ、この街どころか国内で当時、彼女に並び立つ者はいなかった。
それに匹敵する人種なんて、聞いたことすらない。
「どんな人物だったか、他に特徴を言ってくれ」
サエが言うには、身長は百六十から七十にかけて。服装はブラウスの上にケープとロングスカート。抱えられるほどの大きさの旅行鞄を持ち、頭には麦わら帽子を被っていた。髪の毛の色は、とても澄んだ赤色だったらしい。
私は、妙な胸騒ぎを覚えた。
「どうしてそれを真っ先に報告しなかったんだい」
「はい、覚えていた違和感の正体が掴めなくて、今ようやく、思い至ったんです」
嘘を言っている様子はなかった。少なくとも、魔力うんぬんについて『今わかった』のは本当なんだろう。
「わかった。手がかりが少ないけど……よし、今すぐに追いかけよう」
ソレイユへの書置きを机の上に残し、私たちは女性が去って行った方向へ走って行った。
少し時間は経っていたが、サエは迷わなかった。分かれ道でも、すぐにあっちですと指を指して進む勢いを緩めない。
彼がペット探しを得意な理由の一つが、この、見ず知らずの目標を追いかけられるという特技だ。ソレイユを探した時も使っていた。
やがて、私たちは街の外へ出た。
それから、サエの奴は森の方へと進もうとして、立ち止まった。
「……Togi,re,teru?」
「何だって?」
「ここで、彼女の痕跡が途切れています。……後ろに戻った、という風でもありませんね」
森への入口で途切れた、見えない痕跡。
家へ戻ると、ソレイユとアーサーがすでに帰ってきていた。
ソレイユに、大森林のエルフ種以外にも強力な魔力を持つ人種がいるかと尋ねてみたが、案の定、いないようだった。
「サエさんがお会いしたのは、魔族の方ではないんですか?」
「いえ、お二人から聞いていた魔族の特徴や雰囲気とは違いました」
大森林のエルフ種並の魔力を持つ人物が、アーサーを見たがっていて、誰か人を探している。森の入口で消えた痕跡と、昼間に覚えた胸騒ぎ。
こいつは、何か危ない感じがする。
私は二人とアーサーに注意を呼びかけ、怪しい人物を見かけたりしたら、すぐに報告するように指示を出した。
その日の夜、私は就寝前にアーサーの一件に関する調査資料に目を通しながら、謎の女性についても考えていた。
その時、ふと、目に留まった資料があった。
「……まさか」
私はもう一度、資料を一から読み直した。
「もしかしたら……」
お読みいただき、ありがとうございます。