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ワイバーン事件⑤

 アーサーが生まれたのは、いや、生み出されたというべきかな。あの子を生み出したのは、国軍兵器開発部の、生物兵器担当者だった。

 今ではラミカとサエ、それにエルたちのおかげで生物兵器に対抗するための術があるけれど、当時はなかったからね。銃器や大砲、魔法よりも効率の良い生物兵器……そんなものが生み出されるなら、それを止めようというのが、私やメイル、エルフたちの総意だった。


 さて、アーサーはどのようにして生み出されたか。


 細かな部分を省いて大雑把に言ってしまうと、古代の翼竜の化石と、その中で琥珀に包まれた魔法石の欠片、それと現存しているドラゴンの血を魔法で掛け合わせて作られた。言うのは簡単だが、お分かりの通り途方もない技術と知識と魔力が必要となる。

 つまり、アーサーは古代翼竜と現代ドラゴンの特徴を持った、人工生命体なんだ。


 生命を人工的に自由に作りだすことは、古来から憧れと禁忌がない交ぜになった状態で語り継がれているお伽噺だ。

 それが生物兵器として実現してしまった。

 もしも軍が開発していたと世間に大っぴらになれば、少なくない批判が国内外から上がるだろう。

 それに、エルフと魔族が黙っていないからね。国軍にとっては、それが一番困るだろう。


 そんな訳で、事情を知る軍の一部の者は、極秘裏にアーサーを暗殺する計画を立てていた。

 私がアーサーを捕獲した日以前から、研究部から捕獲部隊や暗殺部隊が、アーサーの出現した場所などを見張っていたんだ。


 アルト、私は君から話を聞いたときに、何か大きな組織が絡んでいるのではないかと考え、少しサエに調べてもらったんだ。

 すると、色々なところで不審なグループを見かけた、ということだった。


 そこでアルト、君に、あの日のアーサーの出現予測位置を街だと吹聴してもらったわけだ。そうすれば、牧場に残る実行部隊は数が知れるからね。おかげで、あっさり全員に眠ってもらうことができた。


「えっ、そんなことがあったの?」


 うん、牧場に着く直前に、遠くからソレイユの魔法で、実行部隊の皆さま方には眠ってもらったんだ。寒いだろうから、離れの空き小屋を一つ借りて、そこで簀巻きでね。

 その場で彼らから情報を引き出そうとも思ったけれど、訓練された人間だし、サエとソレイユのいる手前無理やり聞き出す訳にもいかなかったんで、とりあえず眠ってもらっていたんだ。だが、アーサーを大広場で紹介した後、牧場に戻ってきた時には、もぬけの殻だったから、自力で脱出したんだろうね。詰めが甘かったかな。


 さて、それでまぁ、おエライ方に事情を説明して、王室やら何やら巻き込んで……おっと、ソレイユ、エル、今のは聞かなかったことにしてくれよ? だからソレイユ、顔を青くするのはやめてくれ。


 こほん。

 それで、研究施設には、私や君たち警察、それから軍、と大人数で乗り込み、開発部を押さえたって訳だ。


 ここからはアルト、君も知っていることだが、初めて話しを聞くエルのために、一緒に聞いていてくれるかい。


 責任者は、尋問するまでもなく、こっちの質問に淡々とだが、全て答えてくれた。

 さっき言ったアーサーの出自や想定運用方法、素材の入手ルート、関係者一同、全てだ。


「――では聞かせてもらいましょうか。どうして、あの翼竜が自国の民を傷つけたのかを。仮にも兵器だというのであれば、扱いはもっと慎重にするべきでは?」


 君たちの問いに、責任者は答えた。


 アーサーはまだ幼い個体だったから、油断していた研究者たちの目を盗んで、飼育ゲージから逃げ出してしまった。まだ何も教え、しつけていない状態だった。だから、人を食べることはなくても、お腹が空いて気が荒くなっていたから、傷つけたのだと。


 あの時は、あの研究者どもを雇ったおエライさんたちが哀れに思えたよ。君たちも呆れかえっていたくらいだからね。


 そして、捕獲部隊を出したのはいいけれど、アーサーの知能の高さは予想を遥かに上回っていたから、中々捕まえることができなかった。日に日に、アーサーが起こした被害や目撃情報や多くなり、万が一、アーサーが施設の人間以外に捕まるか殺されるかすれば、足が付くかもしれない。怖れた施設側は兵器開発部に相談して、ついに暗殺部隊も送り込んだ、と言うことだった。


 何度思い返しても複雑な気分になる話だね。


「どこの世も、変わりませんね、人間は」


 話しを聞いたサエがそんな事を言っていた。不思議な響きだったし、よく覚えているよ。

 ソレイユは酷いって、アーサーのために泣いてくれていたし。

 私も、この計画が止められてよかったと思っている。


 以上が、ワイバーン事件の顛末さ。




 ほとんど君の知っていることだったと思うけれど、どうだった?


「改めて、貴女たちに頼んでおいてよかったと思ったわ」


 そりゃどうも。

 けれども、事件はまだこれで終わりじゃなかった。これは序章にしか過ぎなかったんだ。


「そうね。よく、知っているわ」


 じゃあ、続きを話して行こう。その前にお茶を飲もうかな。エル、お茶菓子のおかわりを持ってきてくれ。


「わっかりましたー!」

「ただいまー!」


 あぁ、アーサー、おかえり。今、帰ってきたのかい? 手を洗ったら、こっちへ来るといい。少し昔話をしているんだ。


「はーい!」

「元気ねぇ」


 ふふっ、まだまだ遊びたい盛りで甘えんぼうなんだよ。


「そうしていると、貴女、お母さんみたいよ」


 ははっ、そうかい?


「可愛くてしかたないみたいね。けれど、あの子があんな風になった詳しい話は聞いてないわよ」


 それも含めて話すよ。

 さぁアーサー、おいで。よしよし。


「母さん、どんなお話しをしているの?」


 私たちのこれまでを振りかえっているんだ。ついさっき、君と出会った時の話をしていたんだ。


「えーっ! もう少し早く帰ってくればよかったなー」


 落胆するのはまだ早いよ。次は、君も活躍するお話だからね。


「うん、わかったー!」

「アーサーちゃんの次に話す事件ということは……」

「まさか、所長……!」


 そう、次の話のキーパーソン。それはエル、君だ。


「やたーっ! ついにエルの時代なんですねー!?」

「エルお姉ちゃんのお話しー?」


 あぁ、そうさ。

 さて、お茶も入ったし、今度こそ話していくとしようか。

 この一連の事件で、二番目に大きく、歴史的にも決定的な出来事をね。


お読みいただき、ありがとうございます。


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