ワイバーン事件③
「間違いありません、ワイバーンですっ!」
落下したワイバーンの姿を見たサエも、興奮を隠せない様子だった。
重力魔法に抑えられたワイバーンは、もがき、恐ろしい叫び声を上げた。
羊やヤギたちが目を覚まし、それぞれ身を固めてじっと動けないでいる様子を目尻に捉えながら、私も猟銃を構えてとどめを刺そうとしたけれど、弾は鱗に弾かれてしまった。
「なんて頑丈な鱗なんだ!」
「Usodaro,lightbowgunkikanenokayo!」
私とサエが驚嘆していると、ソレイユの呻き声が聞こえてきた。古代魔法は魔力を大量消費する。重力操作は姿くらましよりも消費が激しい。数十秒持ったのは、大森林のエルフ種の血を引くソレイユだからだ。
私はソレイユに魔法を解除させて、少し休むように言って、飛び出した。
「こっちだ!」
重力操作から解放されたワイバーンは、怒りの目で私を見たが、小屋の影に隠れるソレイユとサエの方に目を付けた。奴は突進するのではなく、口を半開きにして、大きく息を吸い始めた。
恐らく、サエの言っていた火炎のブレスだ。
「まずいっ!」
咄嗟に私は二人の前に魔法障壁を展開した。サエの言葉から、かなり強力らしかったので、三重に張っておいた。
その直後、ワイバーンの咢から真っ赤な炎が二人目がけて吐き出された。障壁が二枚割れたが、最後の一枚が炎を防ぎ切り、霧散させた。大きめに張っておいたから、小屋も無事だった。
恐ろしいブレスに冷や汗をかいていると、暗がりを、ソレイユを抱えて走っているサエの姿を見つけた。危機を察知してすぐに動いたようだ。
彼の小脇に抱えられたソレイユが、両手をワイバーンに再び翳そうとしていた。
「ソレイユ、まだ回復していないだろう!」
「大丈夫ですっ!」
重力魔法が再度、ワイバーンの体を地面へと押し付けた。奴もすぐに状況を察して飛び退こうとしていたが、ソレイユは優秀だったから、奴の動きに合わせて範囲を変えていた。動く目標を追跡して精密な魔法を放つのは、やってみると無茶苦茶しんどいから、一度やってみるといい。二度とやりたくないと思うよ。
さて、そんなソレイユの活躍のおかげで、ワイバーンは地面に縫い付けられたままロクに動くこともできずにいる。
しかし、奴も流石というべきか、首の位置を調整して、動きを止めた二人に頭を向けてブレスを撃とうとしていた。
私は猟銃を捨てて、背負っていたもう一つの武器――槍を取って、身体強化を加えた足で奴へ近づき、今まさに炎が吐き出されたんと赤く輝く口へ目がけて穂先を突っ込んだ。
口の中で炎を霧散させ、鋭い歯と牙の間から火の粉を飛び散らせながらワイバーンはのけぞり、苦悶の声を上げて怯んだ。
ワイバーンを倒すなら、炎を出される前に槍を口の中に突っ込む。サエの言う通りだった。
「さて、どうする、降参するかい?」
冗談交じりに尋ねてみると、奴は怒りの目を向けてきた。そして、ブレスを吐こうと口を開いたけれど、もう赤く光ることはなかった。
どうやら、炎を出す部分を傷つけたようで、ワイバーンはブレスが出せずに困惑し、やがて諦めたように頭を地に伏せた。重力魔法は解除されていたけれど、体力もかなり消耗したんだろう。奴は逃げ出そうとしなかった。
私は今度こそトドメを刺そうと、拳銃を懐から引き抜いた。いくら頑丈な鱗を持つ生物でも、目を銃で撃たれればひとたまりもないはずだ。
狙いを付けた時、ワイバーンの目に怯えが浮かんでいるのがわかった。
知能が高いとは予想していたが、感情もはっきりとしている。今までの犯行や行動、そして拳銃を見て怯えを見せることから、かなりの知性を持っていると感じた。
私は、一つ賭けに出てみることにした。
拳銃を仕舞い、ワイバーンの前で両手を広げて見せたんだ。無防備に、抱きしめてやるとばかりにね。
「フィーナさん!」
「危ない!」
サエたちが悲鳴をあげるけれど、いざとなったらどうにかする術はあったんだ。
さて、ワイバーンはと言うと、突然敵意を無くして武器を仕舞った私を見て、首を傾げた。
で、結果どうなったかというと。
首を伸ばして、私の前にそっと頭を差し出したんだ。噛み付いてくる様子はなかった。
まるで子どもが母親に甘えるように首を傾げてきたから、撫でてみたら、されるがままだった。
「私の言葉がわかるかい?」
ワイバーンは頷いた。やはり、知能も知性も高いようだ。もしかしたら、警備たちの会話を聞いて、犯行現場を変えたりしていたんだろう。
「もう人間を襲わない、羊やヤギたちを勝手に襲わず食べないと約束できるのであれば、命を助けてあげよう」
「ぐるぅ?」
本当? そんな風に言っているようだった。
「約束しよう」
「いいんですか、それ?」
成り行きを見守っていたサエが苦笑していたが、私は約束は守ると知っているから、それ以上は追及してこなかった。
しかし、これからどうしたものかと考えていると、ソレイユが恐る恐ると言った様子で、ワイバーンを見ていた。
「あの、この子、もう襲ってこないんですよね?」
「あぁ、そう約束した。いいかい、そこの二人にも危害を加えないように。悪戯をされたら脅すだけだ」
「しませんよ」
言うと、サエが手を打った。
「そうだ、この際ですから、召喚契約とかします?」
「いや、私は従魔召喚の理屈は知っているけれど、行使はできないんだ」
けれど、それはいい考えだ。
この子がどのような処分を下されるかはわからないが、ロクな目には合わないだろう。古代生物の生き残りの可能性もあるし、下手をしたらオークション品や見世物になってしまう。
基本的に、捕らえた獲物の最終的な処遇は捕獲者が決めるのがハンター協会の定めだ。普通ならギルドか研究機関に売り渡す。
今回は警察、ハンター、冒険者が協力体制となっており、その定めが設けられている。
なら、この子は私がどうしようと勝手だろう。幸い、被害は知れているから、手も回しやすい。
「君、ウチの子にならないかい?」
「ぐる?」
「はぁっ?!」
「えぇっ?!」
ワイバーンが首を傾げ、サエとソレイユが素っ頓狂な悲鳴を上げた。
「おやおや、召喚契約を結べばいいと提案したのは君だぞ、サエ」
「冗談半分だったんですけれどね」
「言っていい冗談と悪い冗談があるんだよ少年」
ともかくとして、私は所長の権限で、この子を従魔、もとい雇うことにした。
「君の名前を決めよう。いや、そうだ、君、名前はあるかい? ない? なら、私がつけてあげよう!」
恐ろしくも偉容がある彼に、ふさわしい名前をつけたいと思い、色々な名前を頭に浮かび上がらせる。
古代からの偉人、伝説、神話……その中から、これだと閃いたものがあった。
「アーサー……と言うのは、どうだい?」
「ぐるっ!」
ワイバーンは機嫌よく頷いた。
「アーサー、君はこの瞬間からアーサーだ!」
こうして、アルフィーナ探偵事務所のワイバーン、アーサーが誕生した。
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