迷子のハーフエルフ⑥
出来る限り、ソレイユを怖がらせないよう穏やかに、それだけ伝える。
さて、敵側は魔法の準備をしているようだが、どうする。流石に遠距離攻撃への手段は考えていなかったな。
ソレイユを助けられたのはいいが、少し迂闊だったかと悔やんでいると、奴が俺の前に出た。
『少し手助けをしてやろう』
そう言うなり、奴はその辺にいた外道どもをなぎ倒していった。突然の出来事に、相手だけではなく俺も言葉が出ない。
『殺してはいない。お前の強い、怒りのオーラが心地よくてな、興に乗ったまで』
「お、おう?」
どうやら、俺の怒りの感情を間近で受けて、気をよくしたようだ。
後は奴に任せよう、思った直後。耳の奥にうるさく響く破裂音と同時に、左腕に激しい痛みが走った。
撃たれた、とすぐに思い至って周囲を見渡すと、奴の攻撃からたまたま逃れていた輩が、俺に向けて拳銃を向けていた。
「サエ!」
「大丈夫ですっ」
最後まで気を抜いちゃいけないってフィーナさんにも言われてたのに、油断しちまった。
この野郎……と睨みつけると、撃った野郎は小さな悲鳴を漏らしながら、震える手で引き金を引こうとしていたが、上手く行っていない。あぁ、引き金を引くだけで、ハンマーを上げてないな。良かったというべきか、ド素人の俺よりも拳銃について知らないようだ。
そう言えば奴は、と思って視線を明後日の方角へ向けたが……適当に見ているだけで助けようとしない。協力して、助けてくれた時は色々思うこともあったが、やっぱりこいつは敵だな。ここの外道たちとは別ベクトルで嫌いだ。
さて、後は一人でどうにかしないといけない。跳びかかって取り押さえるのが手っ取り早そうだが、偶然手が触れるだとか、咄嗟に思い出してハンマーを引かれても困る。どうしたものかと考えたところで、足に堅いものが当たった。見ると拳銃だった。誰かが落としたんだろう。
素早く身を屈めて拳銃を拾い上げる。重たいが、片手で持ち上げられないほどじゃない。後は外道へ銃口をしっかりと向ける。
しかし、目を逸らした二秒にも満たない間に、敵さんはハンマーを上げることを見つけちまったらしく、カチンッと音が鳴った。
ヤバい、そう思った直後に敵方が撃ってきたが、それを黄金色の薄いベールのようなものが遮っていた。
何が起きたのかはわからなかったが、再装填される前に終わらせよう。どこかに当たればいいや、そうだ、胴体だ。胴体を狙えば殺さなくても行動を封じることができる。
事件が終わった後に、こんなことを書いてはいるが、あの当時は適当に当たれ、と思って、ハンマーを引いて撃った。そしたら、たまたま敵さんの持っていた拳銃に当たって弾いた結果に終わっただけだ。
その直後だ、フィーナさんとメイルさんが地下室へ飛び込んできたのは。
彼女たちは地下室の状況を見て、目を見開いていた。その後ろから何人ものハーフエルフたちがやってきて、地下室内にいた外道たちを全て拘束し始めた。
救援が来た事を喜ぶ前に、そうだ、ソレイユはと振り返ると、彼女は怯えた目で俺を見ていた。
体は無事でも、心は無事じゃなかった。
色々な思いが浮かんでは消えて、言葉にはならない。
これ以上目を合わせていても彼女が辛いだけだな、と思って踵を返したところで、フィーナさんがすぐ目の前に立っていた。
あ、ヤバ、怒ってる。
振るわれたフィーナさんの右手が、俺の頬ではなく胸倉へと向かい、ガァッと音を立てて襟元を締め上げた。
「馬鹿! 何も準備せずに相手の懐へいきなり飛び込む奴があるか! 無茶なことはするんじゃない!」
静かだが、とても気迫の籠った怒声が地下室に響き渡った。周囲で、敵味方問わず動きを一瞬止めたような気配があった。至近距離で浴びた俺は、当然のことながら一瞬で体が硬直して、顔を青くしてしまう始末だった。
普段あまり怒らない人が怒ると怖い。どこでも、その法則は生きているらしい。
「ごめんなさい」
「ごめんで済むかっ! 君も、ソレイユも危なくなるところだったんだぞ!」
そう言ったフィーナさんが、左拳で俺の左胸を軽く叩いた。さっき当たった銃弾よりも、痛い気がした。
「いいか、今後こんな勝手な行動はとるな! いいな!!」
「……はい」
フィーナさんがここまで怒ったことなんて、魔法石の一件でもなかった。
アイツの言う通りだ。あの時もこんな風に突っ走ってやらかしたんだった。変わっていない。そりゃアイツも呆れる訳だ。
深く反省していると、フィーナさんが襟元から手を離して解放してくれた。
「……それよりも、怪我をしているじゃないか。腕を出しなさい。弾丸を摘出しないと……」
先ほどは打って変わって、冷静な様子で俺の左袖を引きちぎろうとしてきた。どうやら、弾丸は貫通せずに、腕の中に残っているらしい。
撃たれた直後は痛かったし、傷口もまだ確かめていないが、まぁ見たら今度こそ激しい痛みでのたうち回りそうだ。今まで冷静でいられたのが奇跡と言うしかないな。
そう考えた途端、腕の中から何かが出てきて、キャンッと音を立てて床に落ちた。弾丸だった。気になって視線を左腕に向けると、穴の開いた衣服の下からは無傷の肌が覗いていた。
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