プロローグ 運命の出逢い
新作です。よろしくお願いします。
あぁ、アルト、よく来てくれたね。いらっしゃい。さ、入ってくれ。
良い匂いがするだろう? ソレイユがクッキーを作ってくれていてね。
ささっ、かけてくれ。
ソレイユ、ありがとう。お茶は私が淹れるから、君は休んでいて構わない。
「それで、フィーナ。今日は一体どうしたの?」
うん、そうだね……少し、君に話しておきたいことがあったんだ。
「少し、じゃなくて、たくさん、でしょ? サエたちのことかしら」
流石は警察官。誤魔化しきれないね
「茶化さないの。貴女が今、気にしていることくらい、私でなくてもわかるわ。ソレイユもエルも、皆、貴女の事を心配している」
そして君も、か。
「わかっているなら悪い冗談はよして、ちゃんと話なさい」
あぁ、わかった。じゃあ、まずは――――彼との出会いについて、語ろうか。全てはそこから始まったからね。
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あの日、警察から受けていた失踪事件の調査を君に報告した後、夕飯の買い出しをした帰り道。
ふと、物音が聞こえて、辺りを見回したら、裏路地の方から微かな違和感を覚えた。よくあるチンピラ同士の喧嘩という雰囲気はなくて、魔力も感じられなかった。別段気にするような事ではなかったのかもしれないけれど、私はこういう性格だからね、見に行ってみることにしたんだ。
念の為に、懐に入れている六連発をいつでも抜けるようにしながら、そっと覗きこんでみたら、見たこともない恰好をした男の子が立ち尽くしていた。短い黒髪で、彫がほとんどない顔立ちをした少年だ。小奇麗な身だしなみで、上下色違いのジャケットとズボンに、ネクタイをしていて、ソールが白の赤い靴という出で立ちは、良い所のお坊ちゃんみたいだった。
辺りを見回して、独り言をつぶやいて、うんうんうなって悩んでいて、道に迷った旅行者か、もしかしたら本当に貴族の関係者と思ったよ。
ともかく、見つけてしまった以上は放っておくわけにもいかない。あまり長居をしていると、彼の身に危険が及ぶと思っていると、彼はこちらへ歩み寄ってきた。
私に気付いている様子はなく、ただ明るい場所があったからそっちを目指しました、という体だった。その証拠に、彼は表通りへ出てきて辺りを見回しているだけで、後ろで壁に張り付くようにして様子を伺っている私にまったく見向きもしなかった。
「Shikasi……Dosuruyo……kore」
すぐに後ろ頭を掻いてため息をつく彼は、スリにでもあったのか、鞄一つ持っていなかった。喋っている言葉は聞いたことがないし、道行く人を観察しても何か尋ねに行く様子もない。どうやら、王国や近辺の言葉はしゃべられないようだった。
彼に行く宛てがないことは、この時点で何となく察して、私は声をかけることにした。
「もし、君」
振り返った彼の驚いた顔は忘れられない。
警戒気味に細められた瞼の奥の黒い瞳が、私をじっと見つめているんだ。迷子になった子ども、と言うよりも、手負いの子犬を連想させた。
早速、試しに幾つかの言語で挨拶してみたけれど、彼はどれにも反応しなかった。
「we,weeluuu……」
彼も何とかコミュニケーションを取ろうとしていたけれど、私も彼が何を言っているのか全く分からなかった。
仕方なく、身振り手振りでどうしたのかと尋ねると、彼も同じように手を動かして返してくれた。伝われという必死の思いが、表情から伝わってきたよ。
さて、そんな傍から見ると滑稽なやり取りで得られた情報は、彼は王国からずっと遠くからやってきたこと、行く宛てがないこと、という予想通りのものだった。
それなら、警察か冒険者ギルドの方へ保護してもらえばいいかとも思ったんだけれど、ひとまず、私は彼をこの事務所へ案内することにしたんだ。
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