表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/103

83久方の、邂逅。

感情が、渦を巻く。

喜びが、哀しみが。

楽しかった思い出も、全部、ぜんぶ、ごちゃ混ぜで。


――愛する人と心が通じて嬉しかった

――二人、陽だまりの下で楽しく語ったまだ見ぬ未来

――行く先を閉ざされた哀しみ


様々な記憶の欠片が、次から次へと襲いかかる。







「――はぁ、……はぁっ……」



膝を着き、肩で息をする。

呼吸が整わない。


内で渦巻く感情が、少しでも気を抜くと、表に出ようと荒れ狂う。




それでも今、正気を保っていられるのは、“喜びの記憶”・サラと“楽しい記憶”・ウィゲラの、“正の感情”が“哀しみの記憶”を持つアリアを抑えてくれているから。


“正の感情”が強ければ強いほど、“負の感情”が、大きく膨れあがる。


--信じていた者に裏切られる程に、負の感情は溜まるのだから。


楽しい思い出・嬉しい思い出が強ければ強いほど、それを奪われた時の哀しみは増す。


今は未だ、“哀しみ”己を憐れんでいる状態だ。

これは、謂わば内に秘めている想いが大きいということ。

ここに、“怒り”の感情が加われば、その想いは一気に“憎しみ”へと加速するだろう。



「--エルダ様……私は、……」

「――二日、ですね」


二日……。

声に出さずに、呟く。


一人目で半日

二人目で丸一日

この、三人目で丸二日、か。


藤の絡みついた巨大樹を、睨むようにして見上げる。

しかし、そこに眠っているはずの誰かは、いない。


「ここには、“怒りの記憶”を持つ者が、眠っていた、はず、よね……」

「はい、おそらく、他の三人の口振りからすると、相当手強そうですが……」


しかし、目の前には、なにもない。

既に顕現して、この世界のどこかで彷徨っているのだろうか。


――もしかしたら、違うどこかで封じられているのかもしれない。


そんな考えが過ぎるが、すぐに“あり得ない”と考え直す。

四人の中で一番力のある者が、ここでは無いどこかで再度封じられるとは考えられない。

そもそも、“なんの切欠も無く”目覚めることが異常なのだろう。

しかし、目の前には“居ない”わけで……


――――ピシ、


「――、わっ……う、そ……」


ポケットから、不吉な音がした。

恐る恐る取り出してみると、ここに来る前に持たされた守護石にヒビが入っている。


「これは……あまり、悠長なことはしていられないわね……」


守護石の使用期限を過ぎたのか、守護しきれない程の力が加わっているのか。

どちらにしろ怖ろしいことになりそうなので、ここから先はあまり考えたくはないのだが……


「エルダ様、オズボーン国へと帰しますので、こちらへ」

「いや、しかし……まだ、終わっていない」

「おそらく残りの欠片は、もう、眠りから覚めているでしょう。--そして、出てくる機会を窺っているのだ、と」


目を覚ましてからずっと、どこかから見られているような気がしている。

そして、取り込んだ感情とは別に、私の胸の内で燻るものがある。


もし、エルダ様がいる状況であちらが姿を現したら、彼女が危険に曝されてしまう。

エルダ様は、“欠片を起こす”ことを役目としてここにいるのだから、もう、役目を果たしたと言えるだろう。


「ここから先は、バイアーノ(わたし)の領分です。お帰りください、エルダ様」

「し、しかしっ、フリア様……!!」


彼女の言葉を遮るように、転移魔術を展開する。

オズボーン国の神殿辺り、そこに近しい場所めがけて術を発動する。


――ピシ、ピシピシっ


転移魔術が完成する刹那、守護石に無数の亀裂が刻まれる。


--もう、長くはもたない、な。


こちらに手を伸ばす彼女の腕を躱し、背を向ける。

もう、声は届かない。


魔術が役目を終えて消え去るのを確認して、一歩、藤が寄添う巨大樹へと近付く。

向かい合い、ゆっくりと瞳を閉じ、ひと呼吸。

巨大樹の幹に手を添え、魔力を最大限解放する。


――パリン、


透明な音を響かせ、掌の中で守護石が粉々に砕け散る。



「――っぐ、……負ける、ものですか」


押し寄せる瘴気の渦に、流されぬよう、唇を噛み締める。


こんなところで膝をついていられない。


--私には、使命がある


それ以上に、心に決めたことがある。

それを実行に移すまで、決して諦めてはなるものか。



“ようやく、邪魔なものが、無くなりましたね”


脳内に直接響く声。

巨大樹が輝く。

あまりの眩しさに目を閉じる。


“お初にお目にかかります。もう一人のわたくし”


声につられて目を開ける。

そこに立っていたのはモスグレーの瞳に、モスグレーの髪を持つ、執事。

少し長めの髪を、無造作に流していて、“お堅い執事”とは遠い雰囲気を纏っている。


しかし、こちらにくれる視線は、程よく冷え切っている。


“怒りの記憶”を持っているならばもっと、感情的で激しいのかと覚悟していたが。

他の三人よりも落ち着いて、常識人に見えてしまうのは、なぜだろう。


“さて、ここでこうしているのも、時間の無駄ですし、さっさと始めましょうか”

――わたくしたちが、再び一つになるために。


執事が、一瞬にして姿を消す。

息を飲む僅かな瞬間に距離を詰められる。

そして、

――グ、と

なにか、を押し当てられる感覚。

次いでやって来たのは、身を裂かれるような、痛み。


「--ぇ、……っ、あっ……」


にこり、と嗤う執事を見上げ、視線を追って痛みを訴える場所に目を向ける。


「----っ!」

「心配には及びません。死にはしませんよ」

――目を覚ますことができれば、ね


見えたのは、己の体から生えた短剣の柄。

それが意味するところ、とは…………


視界が、暗転する。

あんなに主張していた痛みすら、今は感じない。


一瞬の浮遊感。

体が、なにかに当たる感覚で目を覚ます。


己の前に立つのは、純白を纏う現人神。

その手に握られている短剣の柄に、見覚えが、ある。


意識が、急激に遠くなる。


――呑まれてはいけない。

――私は私。


同調しようと押し寄せる感情に、必死で抗う。

しかし、隣にただ静かに座している、その人を見つけた途端、己の意識が黒く染まる。



わらわと同じ運命を辿る、現人神の弟・グレン。


「グレン、様――……」

「なぁに、フリア嬢」


名を、呼べば、柔らかな笑みとともに、こちらを見詰めてくれる彼。

--その、静かな瞳に、心が締め付けられる。

彼は、諦めてしまったのだろうか。


“ともに手を取り合って、歩いて行こう”と交わした約束を。


今、この期に及んで縋るのは、みっともないだろうか。

足掻くことは、悪なのだろうか。


それでも……わらわ、は――



「時はきた。封印の儀を、始める」


目の前の、現人神が厳かに告げる。

上空に輝くのは、曇り一つない満月。


--死者の国を照らすと謂われる、その輝き。

--もう、二度と、彼とまみえることはないかもしれない。

--もう、二度と、声を聞くことも、その、温もりに触れることさえ、できないかもしれない。


そんなの、嫌だ。

嫌だ、

嫌だ――


--わらわは、グレンと未来を歩みたい。

――楽しいことばかりでは無いだろう。それでも、二人、寄添って、生きていければ、それで、いいのに……。


どうして目の前の現人神は、わらわから、グレンを奪うのか。

“兄”というだけで、彼を日陰に追いやって、最後は生贄として棄てるのか。


ならば、わらわだって、“姉”なのだ。

己の思うがまま、事を為そうとして、なにが悪い!?


--わらわはグレンと共に歩みたい。

今、この命が終わろうとも、いつの日か必ず、手を取り合って、生きて行く。

ぐるぐると、言葉にできない感情が渦を巻く。

この感情は、決していいものではない。

それはわかっている。けれど、この内に湧き出る感情を止めることが出来ない。



「――グレン、目を、閉じろ」

「ううん、いいの、このままで。--フリア嬢を、目に映しておきたい、から……」


二人の会話が耳に入り、ハッとして隣を見る。

映ったのは、短剣に貫かれ夥しい量の朱を纏いながらも、なお、優しい瞳でこちらに微笑む最愛の人の、姿。


感情が爆ぜる。

考えるよりも先に、言葉を紡ぐ。

それが、どんな結果をもたらすかなど考える事は無く。


「--ぁ……、ぁあっ……!! グレン様っ……!! 必ず、わらわは、この地に舞い戻る! ――あらひとがみよ、憶えておれ! わらわは、貴様を、許さない!」


光を無くしていく最愛の人の名を、呼ぶ。

きっと、同じように朱を纏う己も、そう長くはないのだろう。


この消えゆく命の限り、“言霊”を放つ。


最期の願い。


いつの日か、この地に舞い戻って二人で共に歩むのだ。


“太陽の巫女”は“転生”を司る。

一度、死したとしても、望む者を再び“喚び戻す”事ができる。

だから、この地に再び生を受け、必ず“グレン”を呼び戻す。

そして、今度こそ、手を取り合って生きていくのだ。


そんな、願いを込めた、祈りの言葉。

目の前が、暗く、徐々に霞んでいく。

--あぁ、もう、愛しい人が、見えない。


「わたくしが、創ります……。楔と成りて、こちらより、平和な、世界を……。魔獣が……迷える、モノ達が、留まりたいと、そう、願えるような、美しい、世界を」


最後の最期、鼓膜を揺らしたその“言霊”は、わらわの心を凍らせた。


――グレン様は、この地で生きることを、望んで、いない……?

--わらわと、共に、生きることを、望んでは、いないと、いうのか……

全てのものに、裏切られ、果ては愛する人からさえも、裏切られるとは……


--あぁ、もう、何も……


視界が、黒く染まる。

深淵へと、堕ちて行く。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ