79呆れていただいて、けっこうです。
垂れ込める重苦しい空気。
澱んだ空間は、そこに存在するすべての“生”を奪うかの如く広がっている。
「――――まさかまた、ここに来るなんて思わなかったわ」
--しかも、ほぼ同じシチュエーションで。
でもまぁ、今回は一人だし二回目ということで、そんなに負担になってはいないのが救いだ。
隣に横たわる女性をチラリと見遣る。
そろそろ、目を覚ましてくれるとは思うのだが……。
怪我をしている様子は無いし、しっかりと“加護”に包まれているので安心安全だ。
彼女が目を覚ますのを待つ間に、辺り一帯の魔獣や死霊を駆逐する。
今回は私にも、殿下が“加護”となるものを授けてくださったので魔力の生産過多で苦しまなくて済むのはとても有難い。
「――――…、…ここ、は…?」
「あ、目が覚めましたか」
「っ!? 神子様っ!!?」
「はじめましてフリアといいます。フリアとお呼びください」
目を覚ましたと思ったら、勢いよく起き上がると目を見開いてこちらを凝視するものだから、隣に居た私の方が驚いたわ。
それに“神子様”という言葉は、あまりいい思い出が無いので早急に止めてもらうべく、少し口調を強めに自己紹介をした。
「も、申し訳ない…。私はエルダ。エルダ・カールフェルトと申します」
モスグレーの瞳を伏せて僅かに肩を落とす彼女は、あのオズボーン国の宰相を勤める方であるらしい。
見た目はテオ様やジェラルド様と変わらないので、若くしてとても優秀なのだろう。
聞いたところによると、剣術・体術・果ては神具を創り出すことすらできるらしい。
文武両道、何をとっても非の打ち所がない御仁である。
体を動かすことがとんでもなく不得意な私からしてみると、羨ましくてしょうがない限りである。
「シェーラ様は、何処に?」
「シェーラ様は安全な場所に。エルダ様がお守りになったではありませんか」
「そうか私は、あの御方を守ることができたのだな……これで、思い残すことは…………」
「ちょっと待ってください。死んでいませんから!」
--怖ろしい思考回路に終止符を。
止められた本人は納得がいかないらしく、周囲をしきりに見渡している。
勝手に死なないでほしい。
「だが……こんなにも死霊が湧いているのは“死者の国”以外にあるまい。それに“奈落の谷”に落ちて、生きているはずがないではないか」
「否、実際生きてますからね? ここ、“奈落の底”です。私は貴女を迎えに来たんです。――オズボーン国から、頼まれて」
「え……?」
未だに納得できない表情を浮かべる彼女に、ここに至るまでのあらましを話して聞かせることにした。
こういう人は、最初から最後まで聞かなければ納得できないタイプの人だろうから。
――――事の起こりは半日前。
純白の雪が辺り一面に降り積もった銀色の世界。
もはや見慣れた光景である。
「よし、今日もやりますか!」
誰に言うわけでも無いが、声を出す。
そうでもしないと、要らぬ事を考えてしまいそうになるのだ。
さてはじめようか。と、呼吸を整え魔力を広げる。
静寂を切り裂く気配。
この騒々しさには覚えがある……
「フリア様ぁぁぁ! 大変ですー! 一大事ですー!」
「え、オルガっ!?」
あと、ひと呼吸で術が発動するというタイミングで、屋敷の門を破壊する勢いで飛び込んできたメイドに思わず叫んでしまった。
まさか、正面突破してくるとは。
せめて門前で叫ばれるくらいだと予想していたのに。
「フリア様ぁぁぁっ、大変なんですー! 助けてくださいー!」
「ちょ、ちょっと!? ちょ、離れて! わかったから、一回この手を離して!」
勢いよく突進してきたオルガは、そのまま私を拘束するように抱きついてきた
その勢いに押され、強かに尻餅をついてしまった。
魔術を行使しようとしているひとに躊躇いもなく突進してくるなんて怖ろしい。
地面に座り込んだ体勢で、オルガに離してもらうように懇願する。
懇願に懇願を重ね掛けするなんて、どんな状況なのよ、これ……。
「フリア様ぁ、“奈落の底”に行ってきてくださいー……」
「“奈落の底”……?」
――“奈落の底”
かつて令嬢二人を助けるために身を投じて、酷い目に遭った場所である。
そこに、再び身を投じろと言うのか。
それが主命だろうか。
「現人神様からこれをフリア様にー」
「これは……?」
徐に手渡されたそれを勢いで受け取ってしまった。
これはもう、私に拒否権など無いと言うことだろうか。
まぁ、最初からないけれど。そんなもの。
「現人神様の加護石ですー。それがあればー、フリア様の負担にならないようにー、瘴気の量を調整してくれるそうですよー!」
「あぁ、なるほど。それは有難いわ」
こちらの意志はおかまいなしの強制執行だが、餞別はくれるらしい。
「えーと、それで、私は“奈落の底”で何をすればいいのかしら?」
「オズボーン国の宰相様が、“奈落の底”に落っこちてしまったんですー! だから、迎えに行って欲しいのですー!」
--“お迎え”って、私は見知らぬ人の保護者になったおぼえは無いのだが。
それに一国の宰相ともあろう御方が何故、“奈落の底”に落ちるなどという愚行に及んだのか。
新手の訓練か何かだろうか。
そもそも宰相職というのだから、どちらかというと頭脳労働ではないか?
それなのになぜ肉体派のような行動をとったのか……
「その人が落ちたのは、いつ?」
「昨日の昼間だそうですー」
「えっ!?」
たった今落ちたのならいざ知らず、そんなに前に落ちたのならもう既に……
背筋を冷たいモノが滑り落ちる。
私は“何を”迎えに行かされるのだろうか。
違う意味での“お迎え”だったらどうしよう。
表情を引き攣らせる私とは裏腹に、オルガはポケットから何かを取り出そうと一生懸命探っている。
「どーぞ! ここに示されている場所に、エルダ様がいらっしゃるそうですよー!」
「これは……地図……。しかも光ってる」
「それはーシェーラ様を通してー、太陽神様がくださったものですよー」
「神具ということね」
「はいー、そうですー!」
渡された地図はどうやら、“奈落の底”に落ちた宰相様の位置が示されているらしい。
目的の場所まで、光で矢印が示されている。
とてもわかりやすい。
が、ここまでできるのであれば、私でなくとも助けに行けるのではないかと思ってしまう。
オルガ曰く。
“橋掛”に参加していた“神の巫女”であるシェーラ様が、“奈落の谷”に引きずり込まれそうになったところを、宰相様が間一髪で助け出したのだが己はそのまま引きずり込まれたのだとか。
その際、シェーラ様が太陽神に願って、宰相様に“加護”を纏わせたのだそう。
しかしどうしても“奈落の底”まで降りた後、帰ってくることのできる者がいなかったらしく私に話が回ってきたらしい。
“詫びも入れぬ間に申し訳無い”と、渡された書状のなかに書いてあった。
そこまで言われては断れない。
むしろ、国の頭同士で話が付いている以上、私に拒否権などはない。
それに、“奈落の底”は“常夜の森”と繋がっている、なんて話もあるくらいだ。
指輪の件といい、なにかしら関わりがあるかもしれないとは思っていた。
今回は“加護”ももらえるようだし、負担になりすぎない程度に探索してきてもいいのかもしれない。
「じゃぁ、行ってくるわね」
「はいー、お気をつけてー!」
オルガに見送られて、“奈落の谷”へと転移する。
縁に立ってある程度魔力を解放してから、そのまま地を蹴り落ちていく。
--深い、深い、光も届かぬその場所へ。
――再び。
ゆっくりと光の遠く中で、今なお漆黒の中にいるのであろう彼を思い出す。
--あぁ、グレンが知ったら呆れられるわね。
--己を害そうとした国の為に、自身を危険に曝すな、と。
きっと彼なら言うのだろう。
それでも、頼まれてしまったのだからしょうがないではないか。
“存在”を認め、請われたのだから、動かないわけにはいかないと思うのよね。
そんなことを思いながら、下へ下へと降りていく。




