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78予想はしてたけど、思っていたより辛い。

バイアーノ領の中にその屋敷を構えるバイアーノ公爵家

その一室、歴代の“バイアーノ”を継ぐ者が書斎として利用していたその場所は、許された者しか入室できない。

今現在、この部屋に入室できる者は己ともう一人。

正式に今代の“バイアーノ”を継ぐフリアのみ。


彼女はここ半年あまり、王宮に居をかまえているので滅多な事では帰って来ない。

時折、諸用でふらりと姿を現わすことがあるが本当に時折で、ごく希である。


従って今、この部屋に籠もってしまえば誰にも見つからない。

誰も入ることができない。

――見せたくないものを、晒さなくてすむのだ


「--はぁっ、…はぁっ、…」


暗い部屋で一人、胸元を押さえ押し寄せる衝動にひたすら耐える。

この、心臓を鷲掴みにされる感覚は未だに慣れるということがない。


――“禁術”を施したあの日から、徐々に間隔が狭くなっている。

これではいつ、彼等の前で膝をつくかわからない。

―――心配は、できる限り、かけたくはないのに。

グ、と爪が皮膚に食い込む感覚。

その次にやって来る痛みで、痛みを多少なりとも塗り替える。


相変わらず、呼吸は整わない。

この押し寄せる衝動を消し去る術を、己は知っている。

それでも身を委ねてしまわないのは、己の中にあるちっぽけな矜持である。


--マイアーの“禁術”

その副作用とも言えるこの衝動と痛み。

魔力のある者が使用する“禁術”とは代償が異なる。

魔力を持たない己は“禁術”を使用するに当たって己の心の半分を差し出すことが条件だ。

この条件を満たして施す“相手の心を強制的に己に縛る”禁術は、術の発動者に負担をかける。


バイアーノの“禁術”は対象者を“血族”として迎える。

その代わりとして、時間の経過と共に対象者を“魔獣”へと変化させる副作用をもっている。


マイアーの“禁術”は、本来ならば術の発動者が“魔力”を継続的に奪われるという副作用が生じるが、己は違う。

己が差し出したのは“心の半分”だ。


“強制的に縛られた心”は、いつしか一つになろうと動き出す。

それが、どのような行動へと繋がるのか。

--己の場合は…“破壊”へと動向を定めたらしい。


奥歯を噛み締めながら歪な笑みを浮かべる。

――“対象者が欲しい”


その衝動は日に日に強く、長くなっている。

--心も、身体も、その命さえも

想いは募り押さえつけるたびに、過激な想いへと傾いていく。


--いっそ、この衝動に、身を委ねてしまえたら、どんなに楽だろうか。

そう、昏い考えすらも浮かんでしまうほどだ。

それでもギリギリの際で立ち止まっていられるのは、彼等の存在があるから。


己が“人間を手にかける”ことを、殊の外悲しんで己以上に後悔の念を抱いてしまうであろう人物を、知っているから。

――だから、己は耐えねばならない。


彼女の笑顔を護るため。

彼女が、悲しい思いをしないため。

彼女に、責任を感じさせないために。


--もしもどうしても、耐えられなくなったそのときは…

己の手で全てを終わらせる。

そう、覚悟はとうに決めている。


己が消えればローズに掛けた“禁術”は消滅し、ローズは正気に戻るだろう。

そして、“指輪”を持たぬローズはフリアに対してなんの脅威にもならない。

後のことは、申し訳ないがシエルに頼むしかないだろう。

解き放つなり、飼い殺しにするなり流れに任せることになるのだろうから。


--それでも、少しは悲しませてしまうのだろうか。

ふと、脳裏に真紅の髪が舞う。

緋色の瞳に悲しみを乗せて、ただ何も言わずにそこに立ち尽くすのだろうか。


--願わくば、そんな彼女の隣にはあの、漆黒の青年の姿があって欲しい。

きっと、彼女の笑顔を最大限に引き出せるのは、あの青年しかいないだろうから。


彼女の狭い世界に違和感なく、するりと入り込んだあの漆黒の青年。

躊躇いもなく彼女に手を伸ばし、迷うこと無くその手を取る彼女の表情はとても眩しかった。


心を奥に仕舞い込み、常に笑顔を絶やさずひたむきに真っ直ぐ前だけを見ていた彼女。

彼女を支えるために、幼き頃より両脇を固めてきた己たちでさえ今の彼には勝てる気がしない。

きっと己とシエル、二人がかりでも彼からフリアを引き離すことなど出来ないだろう。


彼女の立場上、“課された使命”の為の言動をするのだろうがもし、どうしても“二人が引き裂かれてしまいそうになったら”……

その時に彼女の枷を外すのは、己とシエルの役目だろう。


“バイアーノ”を護る“マイアー”であるが、“(ガロン)”と“シエル”が護るのは“フリア”である。


「--だから、フリア……。幸せに、……」


呟きと同時に顔を上げる。

ドアの向こうに感じる人の気配。

今はもう既に日が沈み、月が天上に差し掛かろうという時刻だ。


こんな夜中に、誰だろうか。




「――――兄さん、まだ、起きてる?」

「シエル? どうした」


入室許可の念を送ると扉がするりと開く。

その向こうで従弟(おとうと)のシエルがひょっこりと顔を覗かせる。

バイアーノ公爵家に突然訪問。

しかも先触れもなく、転移魔術で。

そんなことが許されるのはこの従弟(シエル)くらいだ。

こんな時間に人目を偲んでやって来たのだから、なにか重要な情報でも手に入れたのだろうか。


「あのね、これ、なんだけど……」


こちらにトコトコと歩いてきて、両腕に抱えた大きめの本を広げる。

シエルが目的のページを探している間に、部屋の中に明かりを灯す。


パラパラと捲られていくページを眺める。

どうやらシェーグレン国歴代の王について、書かれている歴史書を引っ張り出してきたらしい。


本の構成としては、王の肖像画とその王が王太子殿下だった頃の肖像画が見開きで描かれ、それぞれ下の余白にその頃なにがあったかを簡単に記しているようだ。


「これ、なんだけど……」

「――――……、グレン殿……?」


見開きの、右側にまだ何も描かれていないページ。

それはつまり、“現在の王太子殿下”が描かれている場所。

そこに先日、はじめてまみえたあの青年が描かれている。


----これは、どういう…

シエルと顔を見合わせる。

もっとよく確認したいが、この画は白黒で描かれているため色は判断基準にはできない。


そもそも、“王太子殿下”は“純白”を纏う。

つまりこの画に描かれている彼も、当然白髪として描かれているのだがどうしても、あの漆黒の青年にしか見えない。


「兄さんは“王太子殿下”見たこと、ある?」

「いや、無い。だが肖像画の余白部分に“ユリエル”と表記があるから、少なくとも“グレン”という名ではないのだろうな。この御方は」


--だが、しかし。

あまりにも……


「グレンさんに似てるよね……」

「あぁ。だが、フリアは王太子殿下にもお目にかかっているはず」

――――見間違いなど、あるのだろうか。


「本物と、絵が似てないってことなのかなぁ……」

「うーん、それはそれで…。問題なような気もするが」

「だよねぇ……」


しばし、二人の間に沈黙が降りる。


「僕、嫌だなぁ、グレンさんが王太子殿下だったら」

「シエル……」

「だってそうだったら、フリアちゃんは絶対に帰ってくるよ。--――どんなに、一緒に居たくても」

「そう、だろうな……」


ソファの上でシエルが隣で膝を抱えて座る。


「僕は、フリアちゃんに幸せになってほしいよ」

「あぁ、俺もだ。フリアには、笑っていてほしい」

「――――フリアちゃんの“唯一”は、誰に、なるんだろう」

「――――……、」


言葉が継げない己をチラリと見やって、シエルは、うんしょ、と言って立ち上がる。


「――僕ねぇ、事と次第によっては……」

――王宮に、乗り込んでやるんだぁ。

「じゃぁその時は、俺は先駆けとして奇襲でもかけるか」

ふにゃり、得意げに笑うシエルに己も情けない笑みを返す。


「「何を犠牲にしても、彼女を護らなきゃ」」


兄弟の誓いは、今まさに天上を過ぎた満月の光に紛れて空気に溶けた。



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