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72優しいきみは、大嫌い。

――あの後、ガロンとシエルからそれぞれ指輪を託された私は、二人と共に“常夜の森の祠”へと向かった。

予想以上に魔獣の出現率は低く、“常夜の森”の瘴気が落ち着いているのだと実感させられる。


きっと定期的に“奈落の谷”での討伐を行っているので、こちらまで流れてくる量が減ったのだろう。

話によると、“奈落の谷”と“常夜の森”は繋がっているらしいので、互いに影響しあうのだろうと納得することにした。

あまり深く考えてもわからないことはわからないから。


それよりも、これから先のことを考えよう。

きっと“残りの欠片”はすぐに揃う。

でなければ、二人があんなことを問いかけてくることは無かったはずだ。


「――その指輪は、代々マイアーが回収できる物は回収し、それぞれ別の場所に保管している」

「そして、時が来れば“素質のある者”が“封じられた故郷”へと“持って逝く”のが習わしだったそうだ」


そう言ってガロンはおもむろに祠の扉を開けた。

そこには、思った通り最後の指輪が鎮座していた。

ガロンに、“どうしてそんなことを知っているの”と尋ねたが、“年長者だからな”と返された。

それ以上教えてくれそうに無いので、そういうものかと諦めた。

無理に聞きだそうとは思わない。

知ったところで何が変わるわけでもないのだから。


欠片は揃った。

後は“還す”だけ。

なのだが。


「フリアちゃんはこの指輪の使い方、わかるの?」

「――いいえ。全くわからないわ」


思いの外あっさりと手に入った四つの手がかり。

しかしこれらをどう利用するのかは謎である。

これに関しては、マイアーも知らないらしい。

――もちろん、ガロンも。


欠片を取り込む、と言うのだから飲み込んでみるのはどうか。

と提案したが、速攻で却下されてしまった。


しかも、

「フリア、もう少し後先を考えてくれ」

「フリアちゃん、もう少し慎重になりなよ…」

という、小言付で



――私だって、本気で食べようなんて思ってなかったわよ!

と、主張するも軽く流されてしまった。


生暖かい視線に晒されつつ、“常夜の森”を後にする。

とにかく、欠片が手揃っただけでも良しとしよう。

そう思い込むことにした。


その後、ルイーザ嬢とリカルダ嬢の様子を確認してから、何事も無く王宮の屋敷へと帰ってきている。


――二人とも、きちんと両親とは連絡を取れているようでなにより。


元気そうな二人に、ホッと胸を撫で下ろした。


――なんだか色々と、心のつかえが取れた気分だわ…。

がらにも無く子供じみた事を口にしてしまったが、あの二人が受け止めてくれたことが素直に有難かった。


――あとはやるべき事に、集中するだけだ。



人知れず気合いを入れているところに、来客が。



「フリア様、少しお時間よろしいでしょうか」

「はい、どうしましたか? ジルド様」


ジェラルド様によく似たジルド様は、きっちりと髪を後ろに撫で付けた、所謂“お堅い”を絵に描いたような人だと思う。

ジェラルド様の方が幾分柔らかいのは、側にテオ様がいるからに違いない。


「騎士団で討伐演習をしているのですが…できればフリア様に参加頂けないか、と…」

「騎士団の演習に、ですか?」


思わず、聞き間違いかと思って問い返してしまったが、頷くジルド様の表情は本気だった。

なんでも以前の討伐で、風の魔術を纏って空を駆けたことで、魔術師とのさらなる連携の可能性を見出したらしい。

今後は密に連携していくことを約束し、演習に取り入れているのだが如何せん魔術師の負担になるそうで。


魔力量が規格外の私に話が回ってきたらしい。

申し訳なさそうにこちらを伺うジルド様に、了承の意を返すと予想以上にホッとした表情を出された。

――私、そんなに取っつきにくいのかしら…

少々、己の在り方に自信を無くす。

出来る事なら今すぐにでも、という事だったので身支度を調え、屋敷を出る。






「――まぁ、フリアさまではありませんか!」

「お寛ぎのところお邪魔してしまい、申し訳ありません、殿下。――ご機嫌よう。アメーリエ様」


演習場に向かう道すがら、木陰に腰掛けるアメーリエ嬢に声をかけられる。


彼女に意味ありげな表情で手招きされたので近付くと、アメーリエ嬢の膝を枕代わりに寝転がる殿下の姿が。

予想外の光景に目を疑うが、それも一瞬。

失礼にならない程度に膝を折り、家臣の礼をとってからアメーリエ嬢へと挨拶を返す。


――殿下が地べたに寝転がるなんて、そんなこともあるのね。


殿下が誰と共に在ろうと、もはや私には関係など無いが、どう足掻いてもそれ以上ひれ伏す事ができない位置にいるのは勘弁願いたい。

今の殿下よりも頭を垂れようと思ったら、地面に穴でも掘らなければ無理だ。

さすがに、そこまでの労力は辛い。


いや、まぁ、やれと命じられればやるのが臣下の務めだが…。

そんなことを考えていると、アメーリエ嬢の太腿からムクリと起き上がった殿下と視線が交わる。




「―――っ!」

「ユリエル様!? 大丈夫ですか!?」

「で、殿下…? どこか、お加減でも…」


目を合せた瞬間、胸の辺りを押さえて息を詰める殿下にアメーリエ嬢と共に慌てる。

――視線を合わせるだけで、相手に苦痛を与える…。

――なんだろう、私、もの凄く悪役っぽい。

焦りすぎておかしな考えが浮かんで来るも、すぐさまその思考を隅に追いやる。

なんとかしなければいけないのだが、どうすればいいのかわからない。

苦しんでいる理由も皆目見当がつかないとなっては、お手上げ状態だ。


「――フリア、嬢…」

「あ、はい。なんでしょう」


名を呼ばれ、立っていては失礼にあたるかと、視線を合わせるために膝を地面につける。


「――その…、…わたしを、見ないで、ほしい」

「―――え…?」

「――貴女と、視線が交わると、…苦しくて…。――まだ、…貴女の名を、呼ぶことすら、…辛い」

「―――は、ぁ…」


一体全体王太子殿下に何が起こっているのだろう。


まさか、取り込んだ魔力が暴走してるとかじゃないでしょうね…。

私の視界に入る事で、私の魔力に共鳴して殿下を苦しめてしまうのだろうか。

それとも、視線を合わせるというのが何かの引き金になっている、とか?


「――出来れば…暫くは…。――視界に、入らないでくれ…。あと、その、声も…ダメだ…。――抑え込めなく、なる…」

「――――、」


声も発するな、と言われてしまったのでとりあえず沈黙をもって返す。

私の魔力と何らかの関係がある場合、私の存在自体が王太子殿下を危険に曝すだろう。

これはいっそのこと、王宮の屋敷ごと取り払って領地に帰るべきでは無かろうか。


存在が殿下を苦しめる……

疫病神以外の何ものでも無い。

しかし、その提案をするにしたって言葉を発せられないのだから無理だ。

折を見て陛下に報告とともに指示を仰ぐべきだろう。

“名を口にする”事さえも苦痛を与える鍵となるのなら、殿下は陛下に報告できないだろうから。


「―――すまない…いつか、必ず…。……ちゃんと、向き合う、から……」


息をするのですら苦痛を伴うのだろうか。

切れ切れに紡がれる言葉が、酷く辛そうだ。


殿下の言葉に了承の意を返そうにも、声を禁止されている。

それに視界に入るのも、入れるのもダメだという。

そこまで拒絶されては、打つ手は一つのみ。


そう、思って転移魔術を発動する。

最初からこうすればよかったのだ。

わざわざ演習場に行くのに、徒歩で無くとも。

あの場所に向かうには、アメーリエ嬢の屋敷(この場所)を通る必要があるとわかっていたのだから。

“徒歩で行きましょう”とジルド様に誘われた時点で、断っておけばよかった。

“魔術を使った方が早いですよ”と。


――たぶん、あの演習場だろう。

以前、ジェラルド様に案内されて訪れたあの場所に意識を集中する。


転移魔術を発動しながら頭の片隅で思う。

しばらくの間、王宮内を出歩くのを止めておこう。

いつ、殿下に出くわすかわからないから。


無用な苦痛は与えたくない。

願われれば、その言葉に従おう。


そう、心に決めて。


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