71兄と私と弟と。
ローズとガロンの遣り取りをみてから、暫く。
なんとなく気まずい空気をどうするべきかと考えていると、救世主とも呼べる人物が現れた。
「フリアちゃん!」
「シエル、元気だった?」
嬉しそうに駆けてくる弟分。
少し、背が伸びたのかもしれない。
正面に立つシエルを見て、成長を感じる。
――そうよね、半年以上になるのだもの。
背丈くらい、伸びるわよね。
若干ではあるが視線を超された悔しさとともに、シエルの頭を撫でる。
目を細め、嬉しそうにされるがままになっている彼に心が和む。
しばらくされるがままになっていたシエルだが、唐突に思い出したように己の懐を探りだした。
「――と、そうだ。兄さんこれ、持ってきたけど…」
「あぁ、ありがとう」
「――指輪よね、それ」
彼の掌の上で鈍く光るそれは、少しくすんではいるが“バイアーノの指輪”に非常によく似ている。
その指輪を指して、ガロンが問いかけてくる。
「フリア、違いがわかるか?」
「――うーん…、そうね…ちょっと、持ってみてもいいかしら?」
表面に彫られている文様をじっくりと観察するために、手を差し出す。
「はい、どうぞ」
「ゆっくり、見るといい」
「―――っ、…、!」
掌に二つの指輪を乗せられた瞬間、大きく鼓動が跳ねる。
心の片隅で誰かがニヤリ、と嗤った気がする。
そんな不快感。
その衝撃と動揺を悟られぬよう、浅く息を整えて指輪をつまみ確認する。
ガロンが持っていたもの。
……もと、ローズの指輪の裏面に彫られているのは、間違いなくユキノシタ。
シエルから受け取った物も同様に、裏面にユキノシタが刻まれている。
ユキノシタ。
それは、初代が定めたバイアーノの家紋。
これまで、他家の紋として使用されているのは目にしたことが無い。
家紋というのは同じ草花をモデルとしても、家々で若干異なっているのが普通だ。
しかしこの手の中にある物は、殆ど同じ紋である。
バイアーノ以外の家紋とは考えにくい。
ただ決定的に異なる点が一つ。
「――これ、表の彫刻が違うわね」
己が持つ指輪は、藤が彫られている。
ガロンの指輪は竜胆。
シエルの指輪には苧環が、それぞれ刻まれている。
藤、竜胆、苧環
思考を巡らせる
何かが引っかかる。
もう少しで届きそうなそれは、霞がかって届かない。
――たしか、どこかで…
――どこかでこの組み合わせを、目にしたような…
そして、もう一つ、足りないものがあるような……
「――ねぇ、ガロン、シエル。この指輪…あと一つ、あるのでは無いかしら…?」
「――フリアはそれを知って、どうしたい?」
静かにガロンが問いかけてくる。
その隣、シエルも兄と同様の表情でこちらを見詰めている。
まるで試されているようだ。
もしかしたら、マイアーは知っているのかもしれない。
―――“魔獣の脅威を消し去る方法を”
でもそれならば、何故今まで実行に移さなかったのだろう。
先代も、先々代も、方法がわかっているのならば、いくらでもやりようはあったのでは無いだろうか。
方法がわかっていながら、今の今まで手をこまねいて見ていたのだろうか。
それとも、“どうしても成しえない理由”があったとでもいうのか。
胸の中に燻る疑問は多々あるが、ガロンとシエルの視線に負けて静かに話し出す。
「初代・バイアーノと話したの…。――話した、とは少し違うわね。でも、初代が“魔獣を消滅させる方法”を教えてくれたの」
「――それは何と、引き替えに…?」
緋色の瞳に射貫かれる。
ガロンにこんなにも鋭い視線を向けられたのは、初めてだ。
咄嗟に開いた口を、閉じる。
出かけた言葉は霧散する。
「フリアちゃん…僕はね…。――今のままが、いいよ。…ここで魔獣を倒しながら、国を護るの。――それが、いいよ…」
「二人は、何か知っているのね」
確信にも似た質問に、二人の顔が同時に曇る。
それはつまり、肯定に他ならない。
「俺はフリアが先に“還る”ことを、赦さない。――先に還るのは、俺だ」
「ガロン…。――でも、方法が“還る”だけじゃ無いと思うのよ………それに…私は…」
そこまで言って、言い淀む。
この先を、言ってもいいのだろうか。
――この想いは、赦されるのだろうか。
――使命を全うする。
それが、唯一の行動原理だったはずなのに。
今、それ以外のことを考えてしまう己は、果たして赦されるのだろうか。
本当ならば、必要の無い想いだ。
その程度のこと、と掃捨てるべき感情だ。
それでも、私は捨てきれない。
こんな私では、“どうして黙っていたのか”と、二人を……
歴代の一族の者たちを、責める権利などない。
それと同時に思う。
今まで決して、気付かないように。
言葉にして伝えないようにしてきた、この気持ち。
それから目を逸らし続けてきた己に、この先を言う権利はあるのだろうか。
「フリア、俺は以前言ったはずだ」
――“フリアはフリアだ。家名に刻まれた使命があろうとも、己を殺してまで使命に忠実であろうとする必要はない”と。
「フリアちゃん、僕も言ったよ」
――“フリアちゃんが“幸せになれる人”を求めるのは、いけないことなんかじゃ無いよ。“って。
鼓動が聞こえる。
煩いくらいに、耳元で鳴るそれは間違いなく己のもので。
「――ガロン、シエル…。――私…わたし、は…」
二人が優しく笑ってくれる。
ガロンが宥めるように、背を叩く。
――本音を話せる人達が、今、目の前に居る。
何も心配することはない、と、背を押してくれる。
――グレンには偉そうにあんなことを言ったが、本音を言うのが怖いのは、私も同じで…
否、それ以上に臆病で。
――それでも今、溢れた想いは、止まらない。
所詮悪足掻きで、目を逸らし続けてきた言葉達が一斉に押し寄せる。
「私はまだ、“ここ”に居たい…! ――“魔獣の脅威”が無くなれば私は、ただの“フリア”になれる。――そうしたら……、伝えたいことが、あるのよ…! ――この手を、伸ばしたい人がいるの……だから……、」
「――うん、絶対に、“ここ”に留まらなきゃ、ダメだよ」
「――フリアは“フリア”だ。“封じられた故郷”に還るのは“初代・バイアーノ”だけで十分だ。――もし、その時が来ても、引き摺られるな」
「――うん、うん…。――私は、“還らない”。まだ、“ここに居たい”…!」
蹲る彼女の頭にその手を乗せる。
ゆっくりと宥めるように、優しく撫でる。
シエルも彼女の背に手を添えている。
――フリアがこんなにも感情的になるのは、初めてだ。
常に外側から己の心を置き去りに過ごしていた彼女が、初めて“己の願い”を口にした。
使命とは別の、“本当の願い”
――これも、グレン殿のお陰、だな…。
あの迷い無く真っ直ぐに、フリアを見詰める漆黒の青年を思い浮かべる。
きっと今この時も、フリアがいつ帰ってくるのかと指折り数えて待っているはずだ。
もう、昔のように三人で手を取り合って生きていく事は叶わないが…
フリアが手を取り合って生きていきたい者と出逢えた…。
ただひたすらに、幸あれと、願う。




