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68おわりへの勧告書。

――王の間


王が座する謁見の間に今、国の最高峰達が円卓を囲んで座している。


国の宰相

アルノルフ・エルディー


近衛騎士団取締

リズ・バルデム


近衛魔術師団取締

カルロ・ブリス


騎士団団長、及び副団長

ジルド・ロレンテ

ジェラルド・ロレンテ


魔術師団団長、及び副団長

エリア・フォーセル

テオ・フォーセル


居並ぶ面々を見渡して、王はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「現人神の均衡は保たれた。“奈落の谷”の結界も強化され、魔獣の脅威は免れた」


王の言葉に、皆が頷く。

現人神の仮の姿であるグレンの魔力枯渇から始まった一連の不調も、そのグレンの回復をもって終わりを迎えた。


「――やはり、今後の憂いを断つべきでは…?」


重く沈む部屋で意を決したように口を開くのは、国の宰相アルノルフ・エルディー。


「この国の、次代の王となる御方が揺らいでしまう事態は避けなければ。――王も感じておられるのでしょう? ……あの二人の乖離を」


水を向けられた王は、ゆっくりと瞬きをしたあと口を開く。


「現人神……ユリエルと、グレンの乖離は最早止められぬだろう。互いが、互いを“別の個”として認識しておる」

「なにか策は無いのですか? このままでは、再びこのような事態が起きかねません。――今回は、どうにか収まりましたが」


言い淀むアルノルフの言葉を引く継ぐかたちで、別の声が響く。


「グレン様とフリア様を離せばよいではありませんか。――フリア様はグレン様のことを“魔術師団員”と信じて疑わないのですから、“長い非番の補填”ということにして関わりを断たせるのが上策では?」


魔術師団団長エリア・フォーセルが、弟と同じアイビーグリーンの髪を弄りながら告げる。


「姉上! それは……、いくらなんでも……」

「テオ、黙って。――そもそも、このような事態を招いたのは貴方達の落ち度ではなくて?」


弟の言葉を遮ったエリアは、斜向かいに座る騎士団副団長、ジェラルド・ロレンテに視線を向ける。


「それは……。――確かに、ユリエル様との謁見を待つこと無く“グレン”としてフリア様と引き合わせたのは、わたくしたちですが…」

「――しかし、ね。エリア殿。他の妃候補よりも“出遅れた”フリア様に対して、少しでも“平等な処遇”を望むのは、その場を任されたテオとジェラルドとしては当たり前の気持ちなのではないかな?」


言い淀む弟の言葉を引く継ぐかたちで、騎士団団長であるジルド・ロレンテが口を挟む。


「ジルド殿。貴方の弟と我が愚弟は、たしかにユリエル様と共に過ごし、親近感も他とは格段に抜きん出ているでしょう。だからといって、“そう思ったから”という理由で行動を起こすのは軽率なのではなくて?」

「――それはそうだが…。それでも、その二人だけを名指しで責める必要は無いのではないかな。……現に、今、このときに至るまでユリエル様とグレン様について、誰一人として対策を練らなかったわけであるし」

「それは…っ――」

「落ち着いてください。二人とも。今は過去を振り返る時間すら惜しいのです。―――言い足りなければ、屋敷に帰ってから、思う存分話し合ってください」


――このままでは、夫婦喧嘩が勃発する。

議会の場で、夫婦喧嘩は止めて頂きたい。

少しでも前向きな、建設的な意見の交換を優先すべきだ。

そう判断したアルノルフは二人を宥める。


「“グレン様の姿でもいいので、フリア様と距離を縮めてください。”と進言したのはわたしですし…。――まさか、“グレン”として分離してしまうとは、夢にも思いませんでしたから」


アルノルフの言葉にその場はいっそう重くなる。


この国で最重要なのは言うまでも無く現人神という存在だ。

しかし、その存在に次いで重要とも言えるのがバイアーノ公爵家だ。

現人神は人々に安らぎを与え、希望を抱かせる象徴だ。

護られているという安心感がこの国を支えているといっても過言では無い。


一方、バイアーノ公爵家というのは王家と相対する存在でありながらも、人々の暮らしを支えている事に関しては変わらない。


光を纏い希望を与える王家。

闇を纏い、魔獣の脅威を取り除くバイアーノ公爵家。

この両家はどちらが欠けても国が揺らぐし、仲違いしようものなら国は混沌の渦に巻かれるだろう。


“白羽の矢”で選ばれてしまった以上、約束の期間は王宮に滞在してもらわねば困る。

しかし、交流もなく、両家が仲違いしてしまうような事態に陥っても困る。

バイアーノ公爵家が王家に要らぬ不信感を抱いてはいけないという事を考慮し、待遇などできうる限り注意していたのだが……

まさか、こんなことになろうとは。

誰が予想出来ただろうか。


沈黙が場を支配する中、新たな声がその場に響く。


「――フリア様が、“ユリエル様”と“グレン様”を“別物”として捉えているからこそ、“それぞれの個”が突出してきた、ということは考えられませんか?」


声をあげたのは、見事なレモンイエローの髪を高い位置で結った麗人。

近衛騎士団取締リズ・バルデム。

女性でありながらも、並み居る男共をその力量でねじ伏せる実力の持ち主は落ち着いて言葉を続ける。


「私としては、娘を救ってくださったフリア様と対立する気はありません。もし、フリア様の意に沿わぬかたちで二人を分かつというのなら、私は真っ先に二人の盾となりましょう」

「王、わたくしもリズ殿と同じ思いですぞ」


リズ・バルデムの言葉を引き継ぐようにして話すのは、近衛魔術師団取り締カルロ・ブリス。

黒髪に薄い金色を帯びる瞳には、長年王の側に侍っているという矜持が見てとれる。


その静かな瞳が、王へと向けられる。


「わたくしも、フリア様に娘を救われた恩がありますからな。――もし、フリア様の身に危険が及ぶようでしたら、この職を辞す覚悟で進言させていただきます」

「――そう、か…。皆の意見は聞き届けた。――だが、事は一刻を争う故。……それに、親神様からの託宣のことも、ある」


場を、緊張が満たす。


――親神様。


シェーグレン国の国王及び王太子殿下が、親神様と呼ぶのはこの国の創始者。

月神・ユエただ一柱である。

基本的に、見守るに徹している神がここに来て授けた“託宣”とは、何か。

内容によっては、この国が根本から揺らぐことになる。


「“魔獣の脅威から解放される術は、公が握っている”というものだった」


重苦しく告げられた言葉の意味を理解するのに数秒。


「――それは…」

「っ、」

「魔獣を…」

「――消し去る、と…」


言葉を理解した者から、口々に喜色を含んだ溜息が漏れる。


――魔獣の脅威からの解放

それは遙か昔から、この国に住む者たちが望んだ奇跡。


――正しい歴史を知らぬ者たちが描く、醜い夢。


恐らく正しいであろう、この国の真実を知った王は、面々の反応に心が塞ぐ。

――グレンとフリアが互いを想い合っているのなら、我々はまた同じ罪に手を染める事になる。


“生”を望んだ“姉巫女”を“生”から引き離したのと同じように……


否、もっと残酷なことを強いようとしているのかもしれない。

“互いを望む者たち”を“国の安寧”と引き替えに、引き裂こうとしているのだから。


「ユリエルとグレンについては、こちらで手を打とう。――それが、親である者の役目というものよ」


様々な想いが胸を過ぎる。

憂いも葛藤も、この心の内を晒すわけにはいかない。

それが現人神であり、この国の王としてのあるべき姿であるから。


「では、フリア様の方は我々に任せていただけませんか?」

「必ず、魔獣を消し去る術を見いだして参りますので」


名乗りをあげたのは、ジルド・ロレンテとエリア・フォーセル。

その二人に、心配そうな目を向けるのはそれぞれの弟たち。


――恐らく、己の姉兄にフリア嬢を任せることが気がかりなのであろう。

それでも、ここで頷かないわけにはいかない。







議会ではなんの進展もなかった。

ただ、決定した事と言えば己の身内があの二人の障害になること。

せっかく結ばれた縁をこちらの都合で断ち切るのだろうということ。


現人神であるユリエル様も、人間の姿のグレンも、同じ一人だというのに……

どうしてこんなにも待遇が違うのだろうか。

“人間の姿”というだけで、グレンが現人神の一部であることに変わりは無いはずであるのに、その部分から目を背けてしまう事に対して何故、だれも疑問を抱かないのだろう。


謁見の間を出て、広く長い廊下を歩きながらジェラルドは思う。

これから、どうなってしまうのだろう、と。

皆、“ユリエル様”のみを現人神のあるべき姿であると思っている。

“グレン”という存在も、れっきとした現人神の一面であると認めるべきなのに。


「―――ジェラルド、ユリエル様をここへ連れておいで」


そう、兄に告げられて歩みを進める。


――今はグレン様だと、思いますよ。


そう口から出そうになって、止めた。

きっと、兄もわかっているのだ。

わかっていながら、“ユリエル様”と言ったのだ。



――もう、“我らの中に、グレンは居ない”とも取れるその態度は、酷く心に刺さった。


「―――はぁ…」

思わず溜息が漏れる。


出逢ってからのあの二人の仲をつぶさに見ている己としては、これから先に起こることが怖ろしくて仕方がない。

互いの意志を無視した手段で事を進めて、うまくいくのだろうか。

最悪の場合、全てが崩壊してしまうのでは無いだろうか。

綻び始めた亀裂を歪に埋めたところで、元には戻らないと思うのだが…。




どんなにゆっくり歩を進めても、いつしか目的の場所には着いてしまうのだ。


「フリア様、ジェラルドです。……少し、よろしいでしょうか」


屋敷の門で声をかけると、どうぞ、という言葉と共に門がひとりでに開く。


――手が離せない用事でもあるのだろうか。


そう思い屋敷の中に入り、部屋のドアを開けて固まる。


「――出迎えもできず、申し訳ありません」

「い、いえ…」


眉を下げて、申し訳無い表情を浮かべるフリア様。


その膝の上に頭を乗せて、穏やかな呼吸で眠るその人。

無防備なその寝顔は、ひたすらに安心しきっていて。

その様子を眺める瞳と、髪を撫でる手がこれ以上無いほど、優しい。


――広がる光景を目にして、無意識に拳を強く握る。

―――鼻の奥が、ツンとする。


「―――グレンに、用があって来たのですが…」


――込み上がる感情を抑え込むように、言葉を紡ぐ。


「――グレン、…グレン。――ジェラルド様が、迎えにいらっしゃったわよ」

「―――、……む、…ぅ…。―――ジェラルド……、さま……?」


優しく揺り起こされたグレンは、寝ぼけ眼でフリア様を見る。

そしてこちらを向いて、首を傾げる。


「―――“魔術師団員”の招集がかかったよ…。だから、……迎えに、来た」

「だそうよ、グレン。――行ってらっしゃい」


彼女の声に促されいそいそと服を整え、こちらにやって来て振り返り様、口を開く。


「じゃぁ、またね。フリア」

「えぇ、またね。グレン」


手を振り微笑み合う二人。


静かに、ドアが閉まる。



―――“また”、はきっと来ないのだろう。

そう思うと、胸が痛い。





「――じゃぁ、行こうか」

「――、」


一つ頷いたのを確認すると、足早に歩く。

いつもならばたとえ仮の姿であるといえど主の前を足早に歩くなどしない。

失礼にあたるし、周囲に目を光らせるには背後から護衛する方が見通しがつくから。

しかし、今だけは前をいかなければ。


――決して、この表情を見られぬように、前を。





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