66なるほど、想いは深いのね。
「そうそう、魔力と言えば、ね……」
再び話始めたフリアの隣に腰を下ろし、彼女の話に耳を傾ける。
「ここ一ヶ月くらい、殿下が体調不良だったのだけど、その原因が“魔力の枯渇”で、驚いたのよ」
「っ、……そ、う…」
「現人神である殿下のことだから、きっと“神力”のほうが不安定なのかなぁ、と思っていたのに、まさか“魔力”だったなんて…。人と神の性質を持つばかりか、“魔”と“神”の要素も必要だなんて現人神って大変なんだなぁ、って」
「―――、そう…」
今、隣に座っていて、ほんとうに良かった…。
もし正面に座っていたら、この忙しない視線の訳を問われてしまうだろう。
不意打ちすぎて咄嗟に反応ができなかった。
気配に敏い者であれば、確実に不信感を抱くところだ。
フリアがそう思わないのは、ひとえに己に対してなんの疑いも持っていないという一点に尽きる。
「だから、グレンも気をつけてね?」
「――ぇ…、なんで…」
「もし、また殿下の体調が悪くなってしまったとき、絶対に近付かないほうがいいと思うのよ。――今後そういうことがあったら、必ず私を呼んでほしいの」
「――なぜ…?」
「殿下は魔力を調達するために、“魔力を吸収する”のよ。殿下が内包する“神力”と釣り合う量の“魔力”を持っていかれるわ。――たぶん、私以外が魔力の供給源になろうとしたら、命すら危ないと思うの」
さらりとそんなことを口にするフリアに、鼓動が跳ねる。
――それだけ、人間にとっては危険な行為をしてしまったのか…。
「―――ごめん、…」
「どうしてグレンが謝るのよ。――あぁ、もしかして、昨日の討伐に参加出来なかったこと? それはしょうが無いわよ。グレンだって魔力の枯渇で身動きがとれなかったわけだし」
――違う。
そうじゃない。
――フリアから魔力を奪ったのは、己だ。
ユリエルの体調不良の原因も、グレンなのだ。
「――フリア…ごめん。――実は、俺……」
――本当は、現人神の仮の姿なんだ。
そう言いかけて、唇を噛む。
――ダメだ…言え無い…言えるわけ、無い…っ、
「――さすがに、私でもわかるわよ……?」
「っ!」
視線が交わる。
緋色の瞳が、己を真っ直ぐに見据える。
その色に囚われて、動けない。
「―――、フリア…その……」
「――いいのよ、……しょうが無かった、のでしょう?」
ふ、と、視線が外れる。
彼女の表情に影が差す。
「騙すつもりは、無かったんだっ!」
「――っ!」
彼女の肩を両手で掴んで意識をこちらに向けさせる。
驚きに目を瞠る緋色の瞳を、捕える。
「――いつか、ちゃんと伝えなきゃと、思っていたんだ……でも、フリアとこのまま…一緒に過ごしたくて……。――伝えたら、一緒には居られなくなるんじゃないかと、……怖くて…っ」
「――――――、」
彼女からの返答は、無い。
それはそうだ。
結果的に騙しておきながら、そんなつもりはなかったなんて言われても、信じられる訳が無い。
―――もう、終わり、か…
心が急激に温度を無くしていく。
目の前の光景が、ゆっくりと色褪せていく。
――フリアと共に在る事が出来ないなら、己は、要らない。
俯き、唇を噛み締める。
「――グレンは、グレンでしょう?」
「っ!」
彼女の肩から己の手を離そうとしたとき、その手を温もりが包む。
驚き顔をあげると、困ったように微笑む彼女。
「――まさか、そんなに気にしていたとは思わなかったわ。……私も、もう少し早く気付くべきだったもの…」
「――フリア…その…」
言い淀む己に向かって、彼女は笑う。
「だってグレンが“一般の魔術師団員”だなんて、無理があるものね。本当はテオ様くらい、“上級魔術師”なのでしょう?」
「――――ぇ……?」
呆気にとられる己を置いて、彼女は言葉を続ける。
「そもそも、私を“奈落の底”に迎えに来た時に気付くべきだったのよね。だって、あそこは“相当な魔力の持ち主”でも危険な場所だもの。いくら殿下の加護があったとしても、一般の魔術師団員が足を踏み入れることなんて不可能だわ」
「―――――、」
「それに“魔力が枯渇”して、回復にひと月もかかるのだもの。内包する魔力量は、とても多いということでしょう? 魔力保有者が少なくなっているこのご時世で、それだけ多くの魔力を持っているグレンが、ただの“一般の魔術師団員”なわけが無いもの。――初めは、私が気兼ねないように“一般の魔術師団員”として接してくれていたのでしょう?」
「―――――……、」
最早、驚きすぎて言葉が出ない。
ポカンと情けない表情を向ける己に向かってフリアはなおも笑う。
「グレンが“一般”だろうが“上級”だろうが、私には関係ないわ。――だってグレンはグレン、なのだもの。それに、私だってそんなことくらいでグレンと離れるのは嫌よ?」
「―――俺が、俺であるなら……」
「えぇ、グレンがグレンであるなら、肩書きが変わろうと、関係ないわ」
「―――そう………フリア、ありがとう」
――フリアを見詰めていたいのに、何故か徐々に彼女がぼやけていく。
「――バカね、そんなに思い詰めていたなんて」
「―――……、っ、」
ゆっくりと伸びてきた彼女の指が、己の頬を撫でる。
瞬間、ス、と冷たいものが頬を流れて彼女の指を濡らす。
「――ふ、…うっ…っ…――」
視界が滲む。
唇を強く噛み締める。
それでも、吐息と共にくぐもった声が漏れ出るのを止められない。
――こんな無様な顔、フリアに見せられない。
俯くのと同時に後頭部に温もりを感じる。
そして、その温もりに導かれるまま、体がぐらりと傾ぐ。
「――泣きたいときは、我慢するものでは無いわ」
肩くらい、貸してあげるわよ。
その声が聞こえた時には、額が華奢なその肩に触れていて。
まるで、幼子をあやすかのように、頭を抱かれ、背中をさすられる。
――これじゃぁ、さっきと逆では無いか。
否、むしろこっちの方がなお悪い。
それでも内から溢れる感情は止まらない。
真実を伝えられたわけではないのに。
まるで、全てを受け入れてくれるような錯覚に陥ってしまう。
「――ふっ、……うぅっ、――、」
「――なんだか昔を思い出すわ…。昔はよくこうしてシエルを宥めていたのよねぇ…」
言わなければならないのに、伝えられない事が、ある。
本当は今、それを打ち明けるべきだとわかっている。
それが出来ない己が、情けない。
ぽん、ぽん、と優しく撫でるその温かさと、いつもよりも少しだけ低く聞こえるフリアの声が心地いい。
その心地よさをよりいっそう、手放したくは無いと思うほどに、言葉が出てこない。
――真実を伝えたらきっとこんな風に、触れてくれることは無いだろうから。
無言はこちらが気兼ねするとでも思ったのだろう。
答えない己を気にもせずに彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「――シエルはとっても優しい子だから…。私が周りから“バケモノ”って言われる度に、“フリアちゃんはどうして怒らないの!”っていいながら、涙を流すのよ。――その度に私はこうして、言うのよ。“シエルが、たくさん怒ってくれるから、私の気持ちも収まっちゃうのよ。”って。――ふふっ、懐かしいわ」
「――俺…フリアより、年上なんだけど……」
漸く落ち着いた心で考えると、この状況はあまりにも気恥ずかしい。
その気持ちを隠すように、けれど体勢はそのままで言葉を投げる。
「――あら、別にグレンを年下扱いしているわけではないわよ? でも、ほら…男性と女性では精神年齢に開きがあるって言うじゃ無い?」
「――それは、つまり、…俺の中身は子供だ、と…?」
「――さぁ、どうでしょうね」
言いつつ、頭に添えられた手に僅かに力が籠もったのを感じる。
「でも、“子供のように素直な気持ちになれる時間”は、大切なのではないかしら」
「――じゃぁ、“もう少しこのままで”っていう我が儘は、受け入れられるわけ?」
「どうぞお好きに。今は、グレンの気が済むまでこうしていてあげるわよ」
その言葉に、心が軽くなっていく。
少し重心をフリアの方に移動させると、なにも言わずに受け止めてくれる。
その優しさに満たされる。
――それでも……
――いつか、その時が来ればこの温もりは届かなくなってしまう。
だから、今、このときだけは…。
もう少し、このままで……。




