62会いすぎたから、強く想うの。
―――近頃、結界に綻びが生じているらしい。
テオ様とジェラルド様が軽食を摂りつつ話している。
――やっぱり、バレたか…
二人の会話を聞くとも無しに聞きつつ、溜息を漏らす。
殿下に、“バランスが崩れている”と聞いた頃から、王宮を包む結界と、奈落の谷に張られている結界が不安定になっていることは気付いていた。
二つの結界は殿下が統括しているらしい。
殿下というとこの国には一人しかいない。
つまり、殿下の“バランスが崩れている”ということは、すなわち安定した結界を維持することが難しいということだ。
さすがに、“神”の領域と“魔”の領域のバランスがどう崩れているのか明確にわかっているわけでは無い。
下手に手を出すとさらに悪化させる可能性があるので、気休め程度に補強として重ね掛けをしていたのだが。
ついに、結界の担い手でもあるテオ様達、魔術師団員にも感じ取れる程の綻びとなってしまったらしい。
国王陛下に申し出て、王太子殿下の体調が戻るまでの間だけ、己が代わりに結界を張ってもいいのだが……
そうしてしまうと、殿下の面目を潰してしまうばかりか体調不良を白日の下にさらしてしまう。
“国の礎が揺らいでいる”と国民に知らしめることなど出来ない。
あってはならない。
「―――で、フリア様にも是非」
「――え!? ……あ、すみません、えっと、なんと仰いましたか?」
考え込んでいるところに、ジェラルド様から話しかけてきたらしい。
全く内容を聞いていなかったので焦って聞き返す。
「明日、魔獣討伐があるので、フリア様にも参加して頂きたいのですが……」
「あ、はい。それくらいならば、いつでもお声かけください。―――ジェラルド様も出るのですか?」
「はい。今回はわたくしと、テオも参加致します」
「――随分、手練れを揃えるのですね」
参加者を聞いただけで目を丸くする。
騎士団副団長と魔術師団副団長が出なければいけない程、事態は切迫しているのだろうか。
「――フリア様にはあまり関係無いかも知れませんが、今回は魔獣が強いと予想されるのです」
「――殿下の張る結界の力が弱くなっているから、結界付近になっても魔獣の力が衰えていない可能性があってね……」
「――なるほど。私にはあまり関係ないですね」
常に、弱体化していない個体と対峙しているので、素直に感想を口にする。
そもそも、私のように“圧倒的物量で殴る”タイプの戦い方では、弱体化など関係は無い。
むしろ一時的に魔力を与えているのだから、“強化”しているようなものだ。
――と、いうことは今回の討伐は私にとっては“とてもやりやすい”のではないだろうか。
いつもよりも、魔獣が早く自滅するのだから。
「弱体化していない魔獣と戦うのは、かなり危険が伴うからね」
「討伐に参加する者も当然限られてくる。そうなるとどうしても、人手が足りなくて、ね」
困ったように眉根を寄せるジェラルド様とテオ様。
二人とも部下の力量をきちんと把握して、できるだけ被害を最小限にしようと考えているのだろう。
それで、人手が足りないとなれば、選ばれた手練れだったとしても必ず疲弊するに違いない。
討伐が長期戦になると、よりいっそう犠牲者が増える危険性も増す。
それがわかっていながら、ごく僅かな人員だけで挑もうというその心意気は素晴らしいと思う。
結界が弱まっているということは、奈落の谷から魔獣が王都に抜け出してくる可能性が高くなり、一般市民が危険に曝される。
なんとしても討伐を行わなければいけないのだろう。
「――バイアーノの者を、出しましょうか?」
王都にも、バイアーノ公爵家は存在する。
そこに仕えている者は皆、定期的にバイアーノ領で魔獣と対峙している者達であるので、魔獣が弱体化していようと、いなかろうと関係は無い。
普段は王都を守る為に配備しているが、今回は呼び寄せてもいいのかもしれない。
―――要は、突破される前に叩いてしまえばいいのだから。
「――以前、市で見た者達ですか?」
「えぇ、そうです。彼等は定期的に領地と王都を行き来していますので、魔獣討伐において他に引けを取ることはありませんよ?」
「フリア様がお許しくださるのであれば、是非ともお願い致します」
「わかりました。日時は明日の午前、王宮へ。でよろしいですか?」
「はい、門の者には話を通しておきますので、よろしくお願いします」
話が纏まったところで、二人はそれぞれ職場へと向かっていく。
今から、討伐隊の選抜をおこなうのだとか。
――しかし、殿下の体調不良は長いわね
二人が居なくなって、静かになった藤棚の下でフッと溜息を吐く。
殿下が体調を崩してから早ひと月が経とうとしている。
正直、これだけ大規模な結界を万全な状態でも無いのに、維持しようということ自体に無理があるのではないだろうか。
以前と同じように、拠点を設けて魔術師たちで結界を張ったほうが、少しは丈夫なんじゃないかしら。
そこまで思って、ふと気付く。
今の体制になってから、既に三百年近く経っているのだ。
人の命は短い上に、時が経つ程に魔力をもって生れてくる者は減っているのだという。
つまり、今、昔のように魔術師たちが結界を張ろうにも、絶対的な人数が足りないのだろう。
――現に、魔術師が一人、非番で抜けている状態なのだから。
「―――さて、明日の準備でもしましょうか。」
自分に言い聞かせるように呟き、腰を上げる。
今はグレンのことを考えてもしかたがないのだ。
テオ様はグレンの居場所を知っているみたいだし、何も言わないジェラルド様もきっと知っているのだろう。
それでも、二人が敢えて口にしないのであれば、私からしつこく問いかけるべきでは無い。
きっと、教えてもいいと思った時は、なにか言ってくれるはずだから
だから、今は……
―――使命を、果たさなければ。




