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03一目惚れからの国造り。



――シェーグレン国


その国は月神の加護を受けるとされる。


王位継承権は現人神(あらひとがみ)としてこの世に産まれた男児のみ。

王は月の現人神として国を治め、人々の安寧のために心を砕く。


神が人に心を砕くわけ。

それはひとえに神が人を愛してしまったから。





遙か昔、下界で争う愚かな生物を天界から眺めているだけだった月神は、ある日なにかの声を聞く。

不思議と心地よいその声を辿ってみると、そこには人間の少女がいた。


地上の人間が、“月の社”として己を祀ったその前で、少女は一心不乱に何かを呟いている。

地上から天界まで、声は届くが何を言っているのかまでは聞こえない。


しばし思案した月神は、気まぐれに“神の社”に降り立ってみることにした。






“どうか、みなが心から笑えますように”


神の社に降りてすぐ、聞こえた言葉に月神は耳を疑った。




人とは愚かで、己の利のために動き、他者を踏み躙ることに躊躇いもなく、唯々己の幸のみを追求する生き物であると思っていた。


しかし、ここにいる少女はひたむきに祈るのだ。

“皆に幸あれ”と。

月神の心は揺れた。


今、己が姿を現せば、人々は神と頂点とした国を興そうとするだろう。


そして、“我が国こそが神の国”と、大義名分を笠に着てさらなる争いを生むのだろう。


けれど、神の力をもって国を治め、世を鎮めれば、目の前の少女は笑むのだろう。

なぜか、月神は少女の笑顔を見たかった。

少女が笑むのならば、世界全てを“無”から作り直す事をも厭わない程に。



月神は思い悩む。


人は地上の覇者となった。


ならばそれを治めるのは人であるべきだ。







「ここに居たのか、リサ。祈りの丘へ向かうぞ。もう、時間が無い。」

「はい。お父様。」



少女の父親らしき人物は少女を促し来た道を戻っていく。


“ここから先は人の為す事”


地上に関与しないと決めている月神は名残惜しく思いながらも天上界へと意識を向ける。


――また、明日、ここで待てば会えるだろう





そう、己を納得させて踏み出そうとした刹那、思いもよらない言葉が耳に届く。



「――この命を以て、必ずや月神様をこの地へ降ろしてみせましょう。」



踏み出しかけていた足を引いて、振り返る。


先程の二人はもう視界に入らない。


“祈りの丘”と男は言った。


ならばここいら一帯で小高い場所を探せばいい。


ふ、と空に目を向けると、人が月神を象徴とする満月が天上に到達しようとしている。



――時間が無い。


男の言葉が思考を埋める。

月が昇りきってしまえば、あの少女を再びこの目で見ることは無いだろう。


月神はふわり、浮き上がる。

少しでも高い位置から、広く、遠く。

決して見落とさないように、地上に意識を集中させる。


月神の意思を反映したのか、満月が光を増し、地上を照らす。


――見つけた。


ここからそう遠くない小高い丘の上、真っ白な衣装に身を包んだ少女が、燃えさかる炎へと足を踏み出した。





それから先は、あまりにも朧気で。

気がついた時には、少女を抱え、民衆を見下ろしていた。


“我に、何を望む”

月神は人に問いかけた。


崇める神の登場に、その場が歓喜に満たされる。


「この世に、安寧を」

一人が口を開く。

「わたしたちは、もう、争いたくはありません」

「私たちには、絶対的に導いてくれる存在が必要なのです!」

「どうか。どうか私たちをお導きください!」


その場の民衆は口々に訴える。


“人は地上の覇者となった。人の世界は人が治めるべきでは。”


「いいえ。私たちは愚かなのです」

「望むものを手に入れたなら、他のものを望むのです」

「決して、満足することは無いのです。争いが無くならないのは、私たち人間が、人間の上に立とうとするからなのです」

「ですからどうか、月神様!」


民衆が声をあげる。



それでも月神の心は決まらない。




「――月神様、降りてきてくださったのですね」

「――お主、名は?」



腕の中で、気を失っていた少女が目覚める。


月神を見て、嬉しそうに目を細める。

その表情に、心が揺れた。


名は聞かずとも知っている。

先程呼ばれていたのだから。


けれど、少女の声を聞きたいという一心で、答えのある質問を投げかける。


「リサ、と申します。月神様は、なんとお呼びすれば、よろしいですか?」

「――我の事は、ユエと。リサ、お主にだけ、呼ぶことを許そう」


――あんなにも揺れていた心が凪いでいく。

――心は決めた。

後は、この少女の笑顔を守る。ただ、それだけのために。


「――我が、お主等の(あるじ)となろう。代わりに、この娘を我のものとする。それが、国を治める条件だ。」






これが、今に続くシェーグレン国の成り立ち。



月神は、世が落ち着くまでは地上で暮らし、次代が育つと地上を去った。


国を治めるのが月神では無くなったものの、次代の王は現人神として神格を現した。


半神半人。

とてつもなく長い時を生きるけれど、いつの日か朽ちる時が来る。


現人神の王は、親神の契約を守る為、自身も人の妃を娶る。


王位を譲った先代の王は、親神の元へ向かう事もあれば、市井に紛れて身を隠す事もある。

それはその時の王次第。



そうして代々王家が続いて今がある。


人々は信じている。


現人神が人を選ぶ限り、この国は安泰である、と。




同時に恐れている。


妃を差し出せなかった場合、見捨てられるのでは無いか、と。



そうして次代の王妃探しが始まる。





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