38討伐への切符は、茶会を呼んだらしい。
朝日が窓から心地よく差し込み、室内を暖める。
そろそろ、グレンがやって来る頃だな、と今日の茶菓子と飲み物を準備する。
もはや日課となってしまっている朝の始まり。
この後宮に入ってから、既に四ヶ月。
本来の役目である、“王太子殿下の妃候補”としてのイベントは、この間行われた夜会のみ。
その他は一切関わりが無い。
王太子殿下と関わりが無いというのは、この招集の目的と真逆であるような気がするのだが、王宮側が何も言ってこないので、それはそれで良いのだろう。
きっと、集められた候補の誰かと、もう既に親密になって、そちらに足繁く通っていると信じたい。
さすがに、この国の将来を望む者として、王妃が見つからず、王家断絶などは目も当てられない。
そんなことをつらつら考えていると、門から呼び鈴が鳴る。
――誰だろう……?
時間的には、グレンが来る頃であるが、彼は呼び鈴など鳴らさずなんの遠慮も無く屋敷の中へと入ってくる。
「フリア嬢、お久しぶりです。変わりはありませんか?」
「――……、え、えぇ。久方ぶりでございますね、殿下。特に、何の不便も無く過ごさせて頂いております」
門扉を開いて、第一声。
にこやかに微笑む白亜の現人神を前に、私の作り笑いはおそらく、引き攣っている。
そりゃあもう、盛大に。
――自覚もあるし、自信もある。
どうしよう、どうしたらいい?
こんなお偉いさんが、先触れも無しにやって来た場合、どうするのが正解?
咄嗟に、周囲を確認するも、従者は見当たらない。
お供の方さえ居れば、この場をどうにかしてくれるはずなのに……!
「そう、固くならずに……。先触れも無く、訪れたのはこちらですから」
「は、はぁ……」
「今日は、これを届けに来ただけなのです」
差し出されたのは、二つ折りにされたカード。
不躾ながらも、中を確認すると、魔獣討伐の日時が記されていた。
「三日後の正午から、討伐を開始しますので、午前中に王宮まで来ていただけますか」
「はい。畏まりました」
私のその返答を聞くと、満足気に頷いて、そのまま踵を返して行く。
殿下が見えなくなってやっと、門を閉めて屋敷に入る。
椅子に腰掛け、紅茶を一口含み、心を落ち着ける。
「――まったく、心臓に悪いわ……」
確かに、討伐の指揮は王太子殿下が執っている。
討伐の際は連絡をくれるという約束ではあった。
それでも、本人が呼びに来るなど、誰が予想できるのか。
「……テオ様経由でグレンに預けてもらえば、態々そんな手間が掛からないのに」
「――ん? ……俺が、何?」
「うわっ!? ……あぁ、グレン、来たのね」
例に漏れず、いつの間にかひょっこり現れたグレンに驚きつつも、しっかりと飲み物を淹れ、差し出す。
「――で? 俺が、何?」
「――あぁ。さっき、ね」
「うん」
「王太子殿下が、いらっしゃったのよ、ここに」
「ふぅん、で?」
「討伐の日時を知らせに来てくださったのだけどね……。なにも、本人が態々こんなところまで来なくても、テオ様経由でグレンに渡してくれればいいのに、と思ったのよ」
「……、妃候補なのに、王太子殿下を避けるなんて、フリア、変わってるよね」
グレンの言い分はもっともなので、視線を逸らし、苦笑いを浮かべる。
「ところで、グレンは、王太子殿下に会ったことはあるの?」
ここに勤めているということは、何かしら関わりがあるのかもしれない。
なぁんて思って聞いてみたのだが……。
「……。姿を見たことは、ある。――話したことは、無いけど。……なんで?」
答えたグレンは、少し拗ねているように見える。
王宮に仕えていてもそう簡単に、王族と接することは無いだろう。
それにも関わらず、王宮に来て間もない私たちが、王族と接したことがあるというのは、少し癪に障るのかもしれない。
「うーん、そうねぇ……。魔獣討伐のとき、息が合わなかったら戦いにくいのよねぇ……。だから、少しでも、どんな方なのかな、と知ることが出来ればと、思ったのだけど」
もし、共同で、同時に同じ場所で討伐を行うのなら、できれば効率よくやりたい。
それに、私が討伐する姿を見て、動揺する隊員が少なからず居るだろう。
その時に、彼等を抑えることが出来るのか、そこは気になる。
――魔獣を相手にしながら、人間まで相手にはしたくないもの。
「フリアは、殿下に、何を望む?」
「うーん、そうね。動揺した人達の、抑制。グレンも見たことがあるでしょう? 私が戦う様子を」
「――あぁ、あの時の」
「そう、初めての人は、恐れ戦くの。それで、こちらに向かってこられても、手間なだけだもの」
”魔獣と間違えられたら”堪ったもんじゃ無い。
「――わかった。その時は、抑えよう。」
「――え、……? グレン……?」
「――なに?」
「あ、いえ……なんでも、ないわ」
なんだか、グレンが気になることを言ったような気がするのだけど、聞き返して向けられた爽やかな笑顔がとても怖い。
何故だろう。
爽やかな笑顔のはずなのに、背後に見えるあの闇はなんだろう。
――わたしは、なにも、みていない……。
「フリア様、いらっしゃいますか?」
「――ジェラルド様?」
束の間の沈黙がその場を支配しかけたとき、門の方から聞こえたのは、ジェラルド様の声。
「――フリア様ぁ、こっちも居ますよ」
「――テオ様も……?」
ジェラルド様だけではなく、テオ様まで来ているらしい。
今日一日で、この屋敷に訪れた人数の多さに驚きを隠せない。
「お二人とも、今日はどのようなご用件で?」
「あぁ、これ、なんだが……」
「うん、これ、フリア様に」
門を開けると、困った表情でこちらに封筒を渡してくる二人。
確認してくれ、と言われたので、封を切って中を見る。
入っているのは、二つ折りのカード。
そこに書かれている内容に、目を瞠る。
「――招待状……お茶会の……?」
「わたくしはバルデム伯爵令嬢より預かったものです」
「わたしは、ブリス侯爵令嬢から預かったものです」
ジェラルド様とテオ様が、それぞれの差出人を確認し合うように口にする。
「――開催日は明日。場所は……なんだ? どちらも王宮の東の庭園?」
私の手から招待状を抜き取ったグレンが、開催場所を確認して、眉を寄せる。
なにか、不味い場所なのだろうか。
「――なぜ、同じ場所で開く茶会で、差出人がそれぞれの名で招待状を作る必要がある……?」
「――東の庭園に、二組が会を開けるスペースが、あるわけではなく……?」
こんなに広い王宮だ。
茶会を開けるスペースが掃いて捨てるほどあるのかもしれない。
しかし、それならば”予約かぶり”のこのお誘いに、どう、反応するべきか。
そんなことをつらつらと考えていると、グレンに袖を引かれて意識を戻される。
「そんなに王宮は広くない」
「……そうなの」
グレンから招待状を取り戻し、会話を進めていると、前方から咳払いが。
「バルデム伯爵家は近衛騎士団を束ねる家系で、ブリス侯爵家は近衛魔術師団を束ねる家系ですので、常に張り合い、諍いが絶えません。おそらく、共同で開催するとしても、“我が名”でバイアーノ公爵を茶会に招いたという、名声を欲しているのかと」
「今回、フリア様が魔獣の討伐に参加すると聞き及んで、釘を刺す意味合いを込めての茶会だと思います」
「釘を刺す、ですか?」
――どういう事だろう。
魔獣を討伐することは、バイアーノの使命であるので、誰になんの文句を言われる筋合いなど、欠片も無いのだけど
「我々の予想の域をでませんが……、フリア様の外見で、“魔獣を相手にする力は無い”と判断し、討伐に参加すること自体が、“王太子殿下に近づく為の手段”だと思っているのではないか、ということですね」
「魔獣を倒すバイアーノは、“真紅の髪に黄金の瞳”というのはかなり有名で、周知の伝承ですから、ね」
――あぁ、成る程。
たしかにそれなら、私に力が無いと思うのかもしれない。
真紅の髪も、黄金の瞳も、とても目立つものだから。
持っているか、そうではないか、それは遠目で見てもわかる。
表面上、私が持つのは真紅の髪に緋色の瞳。
黄金の瞳ではないから、“力を持たぬバイアーノ”だ、と認識されているというわけか。
「明日の茶会、力を解放して行けば?」
「冗談じゃ無いわ。ここでそんなことしたら、この王宮に張られている結界諸共吹き飛ぶわよ? それでもいいなら、遠慮無くやらせてもらうけれど」
「――王宮の結界、わたし達魔術師団が全ての力で張っているのに……。そんなことされたら、とても、とても、困ります……」
眉間に皺をよせて、とんでもない事を言うグレンをたしなめると、テオ様が両手を挙げて降参の意を示してきた。
――いくらなんでも、しないわ。そんなこと。




