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29ご想像に、お任せします。




――夜会当日。


会場は煌びやかに飾り付けられ、参加者の出で立ちも相まって眩いばかりに輝いて見える。

その、目も眩むような室内で、ただ一点、他とは一線を画する場所に目を向ける。


――喜び・期待・羨望・敬意・畏怖――

向けられる視線は様々ではあるが、会場の意識を一身に浴びるこの場面で、ただ一人だけ、こちらに視線をくれることなく、黙々と壁際でグラスを傾けるその姿。


真紅の髪は耳元から結い上げられており、後ろ髪は緩く巻かれているのだろうか。

ここからではよく見えないが、今日の彼女は腰元まで真紅の髪をおろしている。


先日、“グレン”の姿で、夜会について質問した際、髪の長さについて彼女は答えた。


“私の髪は、ものすごく長いのだけど、いつもは邪魔になるだけだから、収納しているの” と。


意味がわからず詳しくきくと、どうやら魔術で“相手に見える髪の長さ”を調節できるらしい。



事前にそう訊いているので、常ならば、肩の辺りで切りそろえられているように見える髪が、今日は腰元まで覆っている事に関して、なるほどと納得する。



“髪には魔力が宿る”とはよく言うが、その長さすら、魔術で常に調節していると言うのだから、彼女の持つ魔力は相当な量なのだろう。




「本日の夜会は、我が息子・ユリエルと集まってくれた妃候補、ならびに国を担う者達の交流を目的として開かれたもの。皆の者、心ゆくまで、ゆるり、楽しむがよい」

「陛下から、ご紹介頂きました。ユリエル・シェーグレン。皆様、今宵は私的な場。ユリエル、と気兼ねなくお呼びください」


父に促され、一言告げる。

己の言葉を受けて、会場はさらに熱気を帯びる。



再び、会場を見渡す素振りで例の場所に視線を移すと、僅かに彼女と視線が交わる。


「――!」


交わった視線に、僅かに目を見開いた時には既に、緋色の瞳はこちらを映してはいなかった。


会場に流れる音楽が変化する。


ダンス開始の合図だ。


チラホラと、招待客が手に手を重ねて踊る姿が増えていく。


「父上、席を外しても?」

「あぁ、構わんよ。行ってきなさい」


王に断りを入れて、席を立つ。


一段高い元いた場所から、ダンスが繰り広げられるフロアへと足を踏み出す。


途端に痛いほどの視線が向けられる。



――“王太子殿下は誰の手を取るのか”



そんな言葉が聞こえてきそうなくらい、あからさまに見詰められる。




向けられる感情を、一身に受けながらも、足を進める先は一つ。

迷うことのない足取りで、目的の人物の真横に立ち、膝を着いて手を差し出す。


「お相手願えますか。フリア・バイアーノ公爵」

「――……、私でよければ、ヨロコンデ」


差し出した手に、手袋越しの熱が伝わる。

そのことに、思った以上に安堵する。


――たとえ、返された笑みが、引きつっていたとしても。


フリアのエスコート役として、側で控えているテオからの生暖かい視線を無視しながら、返されたその手を取ってフロアの中心へと誘う。






「初めてお会いしましたね。貴方が妃候補の最後の一人、ですね」

「えぇ、長い間、後宮に住まわせて頂いているにもかかわらず、ご挨拶にも伺いませんで……。申し訳のしようもございません」


足を進めながら、“初めての会話”を。


普段とは異なり、しっかりと夜会の衣装に身を包み、髪を結い、控えめながらもきちんと身分相応の装飾品を身につけ、少しばかり紅を差したその姿は、この会場の誰よりも輝いて見える。





「領地が大変な時に、無理を通して来て頂いたのはこちらですので。そのような詫びの言葉は不要です」

「お心遣い、痛み入ります」


ちょうど、フロアの中心に到着した頃に、流れて来たのはワルツの音色。


「――力を抜いて。貴方はただ、そこで微笑んでいてくれればよいのです」

「……しかし……その……あまり、得意では……」


会場の者達が寄越す視線を一身に受ける。

どの参加者も、王太子殿下が脇目も振らずに足を運んだ相手を品定めするように窺っている。


腰まで伸びる真紅の髪は、この国において彼女が何者であるか、それを鮮明に現している。

”中央政権に登場しない公爵家”として知られている彼女の一族。


常に、中央からの関わりを遮断していたこの公爵家が、請われたから、といって大人しくこの夜会に参加しているというだけでも異例だというのに、国王からの要求ならばいざ知らず、まだ、王太子殿下である己からの誘いを受けたということで、会場はさらに驚きの表情で包まれる。



そんな、外野の思惑など知る由も無い彼女は、会場の中心でこの場をどう、乗り切ろうか思案しているようだ。


そんな、躊躇う彼女を正面に据え、安心させるようにしっかりと手を重ねる。


そして、”彼”ならば、きっとこう言うだろう、と思った言葉を投げかける。


「フリア、笑え。――後は、俺がどうにでもする」

「――――え――」


目を見開き、視線をあげる彼女にニヤリと微笑み、スッと重心をずらし、ステップを踏む。


――“――グレン――”


そう、声にならぬ声を、彼女の唇が紡ぐ。


それに気付かないふりをして。










たとえ、彼女が踊れないとしても、この手の中に居さえすれば、どうとでも魅せることができる。

流れる曲に、寸分の狂い無く身をゆだねる。

初めは硬かった表情も、曲が進むにつれて、次第に解れていく。



一曲終わるのを見計らって、テオが彼女を迎えに来たのか、視界に入ってくる。


「ユリエル様、彼女のエスコート役はわたしですので。どうか、お返し頂けませんか?」

「仕方ない、ね。でも、テオ。たとえエスコート役だとしても、わたしの妃の手を取ろうなんてこと、思わないよね?」


にっこり。

柔らかな微笑みで、テオを含む会場を見渡す。


ハッと息を飲む周囲とは対照的に、テオは軽く肩を竦ませながら、答える。




「勿論ですよ。殿下のための“妃候補”様ですので。殿下が手を差し伸べた後に、“我こそは”と手を伸ばす愚か者はいないでしょう」

「そう。それじゃぁ、よろしく頼むよ」

――くれぐれも。


そう、言外に伝えてテオに彼女を託し、他の妃候補の元へと足を進める。


一人だけ、と言うと、フリアが矢面に立つことになってしまう。

そうならないためには、他の候補全てと、平等に手を取る他の選択肢は無い。



――あと一曲くらい、お相手願いたかったけれど……


“運動音痴で体力が無い”

と言っていたフリアに無理をさせるわけにはいかない。


今日のところは、“ユリエル”を認識してもらうだけで十分だ。


フロアの中心から、テオと共に先程の場所へと消えてゆく彼女を視界の隅で捉えながら、ゆっくりと他の妃候補を探し、足を進める。


――はぁ、早く、終わらないかなぁ……



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