28夜会への招待状。
――ついに来たか。
ここに居を構えてから早三月。
約束の期限は過ぎたと言うことで、早速王宮の催し物への招集である。
しかも、この夜会は、王と、王太子殿下と、全ての候補者たちとの顔合わせの場である。
なんて書かれていたら、おちおち途中退出も出来やしないではないか。
今朝方、ジェラルド様によって届けられた夜会への招待状を手に、気分は落ち込むばかり。
気分転換にでも、と、藤棚の下に作った日陰で涼みながら、今一度招待状を読み直したが、結果はなにも変らない。
はぁ、さて、どうしたものかと伸びをすれば、背後からやってきたグレンに、招待状を抜き取られる。
「あ、グレン。」
「招待状……? あぁ、三日後の」
さらっと内容にまで目を通したらしい彼は、何事もなかったかのように、私の手の中に招待状を戻してくる。
通常、夜会などという大きめのイベントは、もっと早くから通達が来るはずだ。
きっと、他の妃候補にはもっとずっと前から届いていたであろう招待状。
私に、今日届いたのはきっと手違いでも何でも無く、”約束の期限”を確実に過ぎるまで待っていたのだろう。
むしろ、本来ならもっと早くに開催されたであろう”お披露目”の会を、こんなにも遅らせたのは私に合わせてくれたからに他なるまい。
そうくると、やはり、途中で退出は許されないだろうし、するべきではない。
つらつらと考えながら、目の前の漆黒の青年を眺める。
漆黒の長髪は、緩く腰の辺りで結われていて、瞳を飾るのは淡い金色。
鼻筋も通っており、一つ一つのパーツや配置も作り物の如く絶妙に配置されている。
「はぁ、全く気が進まないわ……。--グレン、私の代わりに行ってくる?」
「なんで俺が。」
「うーん、だって、ほら。グレンってもの凄く整った容姿をしているから、ちょっと魔術で見た目の認識を変化させて、髪を結えば……――って、冗談よ。機嫌直してよ……。」
私的には、絶対綺麗に見えるという確信があったのだけど、本人は想像すら許してくれそうにない。
「……フリアが、そっちの趣味だというなら、考えなくも無い」
「いや、そんな趣味はないので、大丈夫です」
至極真面目な表情で言い切られると、こちらが狼狽えてしまう。
そして、”妃候補付き”というのは、そこまでして妃候補の趣味嗜好に合わせなければいけないものなのか、と若干の憐れみを含んだ視線になってしまう。
さすがに、”選ばれて”やって来た候補たちだ。
変な性癖を持っていないことを願いたい。
――お付きの人達のためにも。
「で、準備はできてるの?」
「え? うーん、特に無いわね。ドレスはなぜかクローゼットの中に完備されていたし、装飾品は、手持ちのもので十分だし。その他諸々特に追加で用意するものは無いもの。……エスコートも、必要性を感じないし」
「――そう。他に、気になることは?」
「そうねぇ、後は……うーん、夜会って事は、当然のように、ダンスはあるのかしら」
今まで、夜会というものに殆ど参加した事が無いので、その辺の事情はわからない。
デビュタントの夜会でさえ、ガロンの隣で立っていただけで、ダンスには参加していない。
私の言葉に、”あたりまえだろ。何か問題でもあるのか”と、顔に書いているグレンは、首を傾げる。
「できないの? ダンス」
「できないことは無いと思うわ。一応、覚えておきなさい、と、母から叩き込まれたから。でも、相手はいつも母だったから、他の誰かと合わせたことがないの」
貴族令嬢たるもの、ダンスの一つや二つ三つくらい、完璧にこなしてみせなさい。と、散々練習させられた。
正直、魔獣退治のほうが比較するまでもなく楽だった。
私の雰囲気から、何かを察したであろうグレンは、憐れみを含んだ視線を向けてくる。
そんな視線を寄越しながら、口元には笑みが浮かんでいるのは、どうしてか。
「――練習、付き合ってやろうか」
「え? いいわよ。当日は壁と同化してればいいのよ。そもそも、それなりに人が集まるのだから、私一人くらい目立たずやり過ごせるわよ」
私の言葉を聞いて、大げさなくらいの溜息を吐いたグレンは、頭を抱えながら言う。
「殿下に誘われた場合、断れないぞ。」
「あら、それこそ杞憂だわ。殿下は私のことを知らないのですもの。誘われる以前の問題よ」
なにも、主役の殿下が、わざわざ全ての人に声を掛けるだなんて思っていない。
それなら、もう既に何回か顔を合わせているだろう令嬢へと声を掛けるはず。
うまくいけば、主催のもとに足を運ぶ初回挨拶のみで、終わることが出来るかもしれない。
などと、そんなことをつらつら語っていると、テオ様がこちらにやって来るのが見える。
「テオ様、どうされましたか? あ、もしかして、グレンに用事ですかね」
もしかすると、例の夜会の関係で、魔術師団も準備があるのかもしれない。
そう思い、グレンへと視線を向けたのだが。
グレンは思い当たることは無いらしく、首を傾げている。
一方テオ様は、チラリとグレンに視線を向けて、悪戯な表情で笑いかける。
しかし、それも一瞬で、こちらに向き直った時には、いつもの好青年がそこにいた。
「ううん。夜会でのエスコート役、決まっていないのなら、どうかな、と思いまして」
「えーと……。テオ様が、買ってでてくださる、と?」
私がそう、尋ねると、満面の笑みで頷かれる。
「ジェラルドが夜会当日は警備についているとなれば、わたしが適任かと。ここの配属は、ジェラルドとわたしの二人、ですし。……あぁ、もし、フリア様が望むのでしたら、半目でこちらを睨め付けている魔術師団員をお付け致しますよ」
「――俺には無理だと、わかっていながら、それを言うか……」
不機嫌オーラを撒き散らしながらグレンは唸る。
エスコート役にも、なにか特別な役職が必要なのだろうか。一魔術師団員ではいけないなにかが。
今の今まで、あまり考えてはいなかったが、やはりここでは身分がモノを言うと、そういうことだろうか。
――あぁ、そう言えば。
私は公爵“令嬢”なのだったな。
全く以てどうでもいいのだが。
「……フリアの、エスコート役が、テオ様になると言うことは……。ファーストダンスの相手は、テオ様ということに、なるのか」
「そうだね、グレン。こればっかりは役得というやつで」
グレンの問いかけに、テオ様は茶化したように笑って答える。
「“殿下”がフリアのファーストダンスの相手になる、可能性は……?」
「無い、とは言いきれないね」
「え!? ど、どうしてですかテオ様! 私、殿下にお目にかかったことなど一度も無いのですよ! それに、私は壁と同化する予定なので、テオ様にエスコートしていただく必要もありません」
二人の遣り取りを眺めているだけのはずが、グレンが投下した爆弾発言によって、同じ舞台に上げられてしまった。
「いくらフリア様の意志が固かろうと、王宮での夜会にエスコート無しでは送り出せません。わたしでは困ると言うのでしたら、フリア様が望む方をお連れください」
優しく微笑んでいるように見えるが、これは絶対に譲らない顔をしている。
「それに、殿下からダンスを申し込まれる可能性について、ですが……。率直に言いますが、とても、とてつもなく高いと思いますよ」
「ど、どうして……」
「だって、フリア様、殿下とお会いした事が無いのでしょう? 妃候補として、まだ謁見が叶っていないのはフリア様だけです。それなら、必然的にフリア様が選ばれる可能性は十分あるかと」
「え、えぇぇぇぇ……」
まるで、態と”それらしい理由”で固めて、確実に狩りに来る勢いだ。
私に逃げ場はないのかもしれない。
「……そんなに、嫌、なのか」
テオ様の言葉に、力なく項垂れる私に、グレンが不機嫌オーラ全開で訊いてくる。
確かに、王太子殿下、引いては王宮の中枢関係者と、あまりにも近付くのは本意では無いと思っている。
しかし、別にそのひとたちを忌み嫌っているわけではない。
強いて言えば、できるだけ目立たずことを終えたい。
それくらいだ。
誓って、”王太子殿下”が、嫌なわけでは、ない。
「……踊れるわ……ダンス……ステップを踏むことは出来るわ……リズムくらいなら、とれるわよ……間違えずに」
「おい、なんか徐々にハードルが下がってないか?」
「……しょうが無いじゃない、私、運動神経、悪いのだもの……。せめて、お相手の足を踏まないように、浮いておこうかしら……」
私の唐突な告白に、二人は固まる。
そりゃぁ、そうだ。気持ちは痛いほどわかる。
“魔獣討伐の要”である者が、自由自在に空でも地でも駆け抜け、容赦なく魔獣を滅する者が、運動音痴だと、この世の誰が思おうか。
「……、フリアが、どんなに踊れなくても、微笑んでそこに立ってさえいれば、後は“殿下”がどうにでもするよ。だから、地に足つけて堂々としてなよ」
「……そうですよ、フリア様。せめて、リズムさえきちんと刻んでいれば、あとは殿下がサポートしてくれますよ!」
「……最大限の慰め、ありがとうございます」
その後、私達は暫く無言で佇んでいた。




