27理想と夢と、現実と。
――パタン。
扉が静かに閉まる。
窓の向こう側、畑の真ん中で、三人が向かい合っている姿を視界から外し、そのまま壁伝いに、ズルズルと座り込む。
――びっくり、した……
「今日のグレンは、なんか、変だ」
思えば今日は、シエル達が来る前から少し様子がおかしかった。
普段なら絶対に言わないような冗談を言うし、あまり言葉数が多いわけでは無いのに、今日はやけによく話していた。
初対面の人に対して、気を遣っているのかとも思ったが……。
普段の彼から推測するに、あまり他人に気を遣う性格だとは思えない。
だから、きっと……今日だけ、特別、変、なのだろう。
頬に熱が集まるのを感じながら、額に手を当てる。
意識しないようにすればするほど、逆に気になってしまい、深みにはまってしまう。
それがわかっていながら、考える事を止められない。
――本当に、今日だけだろうか……?
そんな思考が、鎌首をもたげる。
思い返せば、ここ数日、やけに過保護だったような気がする。
――ここ数日……正確には……あの日から――
あの日―――
領地から帰って来た日……
あの夜の記憶が曖昧だ。
思い出そうとすると、途端に記憶に霞がかかる。
そのかわり、あの日の日中での出来事が脳内を占領する。
領地での事は、はっきりと憶えている。
きっと、これから、一生、死ぬまで、忘れる事など無いだろう。
己が何をしたか。
そして、これから起こるであろう事も、全て。
それらを全て、独りで背負っていく覚悟はとっくの昔に出来ている。
――いつか、起こしてしまうだろう、と妙に予感めいたものがあったから。
考えないようにしていた。
母を奪った男の存在を。
名を呼ばれた記憶もなければ、笑顔を向けられた記憶も無い。
物心ついた頃にから、”父親”であるという認識すら、朧気だった。
――いつか。
いつの日か、私は”あの人”を手に掛けるのかもしれない。
そう、心のどこかで、思っていた。
そして、もう一つ。
大切なものを、無くしてしまった。
ただ、そこで、己に向かって、なんの躊躇いも無く、無邪気に笑う存在を。
――向けられた瞳に心が凍り、それでも、なお、差し伸べられた手に縋るのも、これで二度目だ。
まだ、大丈夫。
私は、まだ、独りでも生きてゆける。
私は、この“血”を後世に残さなければならない。
この国の為に。与えられた使命を、全うするために。
だから、決して――
「――ひとを、愛することなど、しないわ」
頬の熱は既に冷めている。
大丈夫、私は、まだ……。
ゆっくりと立ち上がり、キッチンへと足を進める。
そろそろ戻って来る頃だろう。
宣言通り、なにか甘いものと、飲み物を。
「フリアちゃん、ただいま。なんだかすごくいい匂いがするー!」
「……、マフィンか?」
「お帰りなさい。えぇ、そうよ」
ちょうど、マフィンが焼き上がった頃に、三人が帰って来た。
昔からよく焼いていたので、ガロンはすぐにわかったようだ。
紅茶を淹れて、テーブルへとセットする。
焼き上がったマフィンを籠に入れ、個人で自由に取れるスタイルだ。
「うわぁ! 林檎のマフィンだー! 王都でも、手に入るんだねぇ」
「王宮でも、そう易々と手に入る物では無い」
林檎が入っているのを見て、嬉しそうに笑うシエルに返事をしながら、グレンは一つ目のマフィンに手を伸ばす。
「林檎は、魔力を大量に必要とする果物だからな。 “常夜の森”ではそれなりに見かける果物だから、俺達にとってはそれ程貴重な感覚は無いが」
「えぇ、そうみたい。庭で育てているのだけど、魔術師団の方や、騎士団の方々が喜んでくれるのよ」
ガロンがマフィンを手に取りながら、話を振ってくれたので、ここでの生活を少しだけ振り返る。
「他にも、色々作っているわよ。桃に檸檬に無花果と柘榴。どれも、王都ではなかなか手に入らない物みたいで、ものすごく重宝されるわ」
紅茶を一口含んで、一拍。
「一般的に出回っている作物に関しても、私が作れば時季に関係なく実るから、効率よく大量に手に入るってことで、ちょっとした領地よりも潤っているわよ。2人とも、帰りに持って帰る?」
少しでも、二人が安心して帰れるように、ここでの生活を話して聞かせる。
「――フリアちゃんさぁ、王宮に何しに来てるの。まぁ、フリアちゃんが楽しそうだから、いいんだけど」
「一応、王太子殿下の妃候補。ではあるのだけど……。こちらの都合で、まだ国王陛下にも、王太子殿下にもお目にかかっていないのよね」
母の魔力も、もう完全に戻ってきているし、そろそろ約束の期限が迫っている。
これ以上、こちらの都合でのらりくらりと謁見を躱すことはできないに違いない。
「こちらの都合に合わせてくださるとは……。懐の深いお方なのだろうな。国王陛下も、王太子殿下も」
「きっとそうね。国を想う、良き方々なのでしょう。この妃候補の招集も、国中から、相応しい人達が集まっているのだもの。王太子殿下が素晴らしき姫と縁を繋ぐことが出来るよう、願うばかりね」
「――……っぐ、……っけほ……」
「グレン? 大丈夫? ――はい、お水」
熱いと飲みにくいだろう、と差し出した水を受け取って、一気に飲み干したグレンは恨めしそうな表情でこちらを睨んでくる。
「……フリアも、その、候補の一人」
「そうだよ、フリアちゃん。フリアちゃんだって、選ばれた一人なんだから。そこはもうちょっと、自信持とう?」
二つ並んだ金色の瞳が突き刺さる。――気がした。
助けを求め、視線をずらすと、呆れを多分に含んだ表情でこちらを見ているガロンと視線が交わる。
――ここに、私の味方は居ないらしい。
「……そもそも、私は、呼ばれたから、来ただけであって……。国母となる気なんて、更々無いもの。私の役目は、この“血”を後世に残す事。そして、“常夜の森”から湧き出る魔獣を滅して、代々国を護ること。それ以外に、私の存在価値なんて無いもの」
家名を背負い、与えられた使命を全うすること。
それが、私が私として存在できる唯一の証。
「はぁ……フリア。あまり、思い詰めるな。フリアはフリアだ。家名に刻まれた使命があろうとも、己を殺してまで、使命に忠実であろうとする必要はない」
「そうだよ……フリアちゃん。たしかに、フリアちゃんは色々と制約があるのはわかるよ? “唯一人だけの人”をつくらないとしても、フリアちゃんが“幸せになれる人”を求めるのは、いけないことなんかじゃ無いよ」
「……ガロン……シエル……」
「もし、フリアちゃんが、“誰でもいい”って、本気で思ったときは、教えて? ――僕が、フリアちゃんの手を取るから」
ふわり、シエルが柔らかな笑みを浮かべる。
――気を遣わせてしまった。
年上として情けないな、と思いながらも、こういう気遣いも出来るようになったのか、と、シエルの成長を嬉しく思う。
「――ありがとう、シエル。もしも、最後の最後。私にもらい手がなくて、シエルの手が空いていたら、遠慮無く頼らせてもらうわ」
それから少しして、二人は帰って行った。
もちろん、大量の作物付で。
二人をそれぞれの場所へと転移魔術で送り届け、シエルがマイアー家に到着したのを確認してから、作物を大量に転移した。
私の魔力と、グレンの魔力を使用し、三日かかった日程を数時間に短縮することができた。
しかも、二人同時に、別の場所まで。
ガロンもシエルも、自分には無い大きな魔力を精密に操作できるのは本当に凄いと思う。
それは、グレンも同じように感じたのか、凄いな、と一言漏らしていた。
それから少しした、グレンの帰り際。
「フリアが、“マイアー”に行くことは、無い。絶対に、無い」
と、励ましなのかなんなのかわからない言葉を残して去って行った。
――うん、気を遣ってお世辞を言ってくれるなんて、やっぱり、今日のグレンは、変みたい。




