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25兄と弟と友人と。





――ツキン

「ぃっ!!」


――パリーン


「……は、ぁ」


今し方、取り落とした白いカップが大小様々な破片を散らしながら床を彩る。


このカップで、床に色を添えたカップは両手では足りない数になってしまった。


いい加減、カップが不足する事態に陥りそうである。


溜息を漏らしながらも、せっせと破片を拾い集める。

そろそろ彼がやって来る時間なのだ。

下手に気をつかわせるわけにはいかない。




領地に向かってから三日が過ぎようとしている。

“常夜の森”の瘴気を、そっくりそのままその身に魔力として宿した身体は、常に内側から刺されるような痛みをもたらす。


できる限り表には出さないように努力しているが、どうしても、指先などの先端は痛みに弱い。

ふとした痛みで、持っている物を取り落としてしまう。



――三日前のあの日、どうにかして屋敷に帰ってきたことは覚えている。


しかし、その後のことは記憶が曖昧で、いつの間にベッドに横になったのか、記憶に無い。

それでも、うっすらと残る記憶の残滓をかき集めたところ、グレンがこちらに来ていたらしいところまでは思い出すことが出来た。


そして、なにやら凄い剣幕で詰め寄られたような気がするのだが、翌日訪れた本人に確認するも、

“怪我の程度を知らないフリアに、ちょっと注意しただけ”だと返されたので、真実を知る術は無い。


まぁ、本人がそう言うのだから、そうなのだろう。



そんなことが些細に思えるほど、今現在は痛みと闘っている。


“吸魔の石”はもう既に手元に残ってはいないし、自分ではうまく魔力を流せないので、ただひたすらに耐える一択なのである。


幸いなことに、魔獣のように、魔力過多で内側から崩壊するという事は無いようなので、今のところ安心している。


「うーん……グレンが来るまでに、新しいティーセットを用意しないと」


心配性のグレンのことだ。

カップが揃いでなければ、何かあったのかと思考を巡らせかねない。


今のところ、グレンの前では特におかしな行動をとっていないはずなので、己の状態については、今暫くは伏せておこう。




――きっと、あと数日もすれば慣れるわ、こんな痛みくらい。




どうしても、耐えられない時は、専門の二人を訪ねればいい。


兄の方は、家族がいい顔をしないだろうが、弟ならば快く引き受けてくれるだろうし、弟からの要請であれば、兄の家族も嫌とは言いにくいだろう。



「あまり、あの二人にばかり、頼りきりになるのはよくないわよね。どうにかして、一人でも生きていけるようにしておかないと」

「二人って、誰?」

「うわぁっ、ちょ、グレン。いきなり隣に立たれたら、びっくりするじゃない」

「で、フリアが頼る二人って、誰」


唐突に、ひょっこり現れたグレンに、心臓が全力疾走してもまだ足りない。


新しく飲み物を淹れなおし、椅子に腰掛け菓子をつまむ。




そうして漸く一息吐いた。


「それで、誰なの」

「珍しいわね。グレンがそこまで気にするなんて」


基本的に、我関せずな姿勢を見せるグレンが、ここまでしつこく尋ねてくるのは珍しい。


「…………」

「ふふっ、そんなにふてくされないでよ。さっき言っていた二人っていうのは、私の元婚約者と、その弟のことよ」

「…………………。なに、それ。なんで」


どうやら、今日の彼は、ご機嫌が頗る斜めらしい。

答えを聞いて、更に眉間に皺を増やしている。


「うーん、そうねぇ……説明は色々と省くのだけど。私は魔力が溜まりやすい、という事は、言ったわよね?」

「ん」

「それで、溜まった魔力をうまく流せないから、身体がキツくなったりしちゃうのよ」

「………それで」

「あの二人……、――ガロンとシエルと言うのだけど、二人は“魔力の巡りを整える”事ができるの。だから、幼い頃から一緒に居て、兄弟のようにして育ったのよ。でも、もういい加減、二人に頼ってばかりではいられないと思うから、自分でなんとかできないかな、と考えていたところよ」

「ふぅん」


彼の望む答えではなかったのか、未だ、機嫌は直らないようだ。






「フリア様、お客人がおみえです」

「お客様……?誰かしら……」


どうしたものか、と思考を飛ばしていると、ジェラルド様がお客様を連れて来たという。


「“マイアーの兄弟”と言えば通じると、先方は申しておりますが……。お通ししても、よろしいですか?」

「え! マイアーの兄弟!? え、えぇ、問題ありません。どうぞ」


困惑しながら、問いかけるジェラルド様に、驚きつつも了承の意を示す。

まさか、このタイミングでやって来るとは。


少ししてから、顔を合せるのは三日ぶりとなる二人が現れる。


「フリアちゃん、王宮って広いんだねぇ! 門からここまで、すっごく遠かったよ!」

「シエル、はしゃぎすぎだ。すまんな、フリア」


相変わらずの二人に、自然と頬が緩む。


いつ何時でも、ガロンは謝罪から会話が始まる。

そんな“日常”が今はとても懐かしい。




「いいのよ、ガロン。気にしないで。シエル、王宮は広いでしょう? 私はまだ、門からここまでしか知らないのだけど、きっと他の場所も、ここと同じくらい広いはずだから、迷わないように注意しないといけないわね」


二人に言葉を投げかけてから、身体を半分ずらして、先程から痛いくらいの視線を投げてくる青年へと意識を向けさせる。



「えーと……グレン、この二人が、さっき話していた人達よ。栗色の瞳がガロンで、薄い金色の瞳を持つほうがシエルよ。そして、こちらがグレン。魔術師団員で、私のことをよく気にかけてくれる友人、と言っていいのかしら? まぁ、ここに来てくれる貴重な人よ」


紹介を受けてか、ガロンがスッとグレンの前に進み出る。


「フリアの事を、よろしく頼みます。少々強がりで、そのうえ寂しがりな面も持ち合わせていますので、どうか、温かく見守っていただけたらと思います」

「ちょ、ガロン! そんな、保護者感覚で挨拶するのやめてよ! 恥ずかしいじゃない!」


グレンに向かって、きっちりと腰を折るその様は、確かに様にはなっているのだが……。


「……いや、これが“兄”の役目かと」

「……妹思いの素晴らしい“兄”を持って、わたくし、幸せ過ぎて今すぐこの場から消え去りたいくらいですわ!」


至極まじめな顔で言われると、恥ずかしいと思うこの気持ちがむずがゆい。


思い返せば今までも、ずっと昔からガロンはこういう性格だった。

あまり、“外”と接する機会が無かったから、今の今まで油断していた。




さて、どうフォローするかと、床の木目を数えながら精神を落ち着けようとしていると、カタリと音がする。



視線を向けると、私の隣にグレンが並んでいた。




「そちらの“大切な妹”、しっかりと貰い受ける。どうか、安心して手を離すといい」

「ちょ、グレン、貴方まで! 普段そんな冗談なんて言わないのに! もう、なんなのよ!」


――あぁ、もう、頬が、熱い。




熱をもった頬に、掌を当てて、外の空気にあたろうと、窓の方へと足を進める。


「--ね、フリアちゃん。調子は、どう?」


二人から少し離れたところで、シエルがスッと後ろから両腕を肩にかけて耳元で囁く。


「……少し、キツイ、わね」


シエルの問いに、小声で答える。

今日のこの訪問の本題はこれなのだろう。


肩にかかる重みを感じながら、思う。





「フリアが“少し”というなら――」

「うん、かなりキツイ、だね」

――ほら、手を出して?




――全く、この二人には敵わない。


「今回は、特に荒れてそうだから、僕と兄さん、二人掛かりだね」

「そうだな。久しぶりだが、問題は無いだろう」




苦笑を漏らしながらも、そっと差し出された手に、手を重ねる。


「「さぁ、始めよう」」


ゆっくりと、緩やかに流れ出す魔力を感じながら、静かに目を閉じた。



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