19過ごした時間と積み重ねた心。
ある日紹介された、二つ年上の婚約者だと言う人。
――ガロン・マイアー
一つ年下の、婚約者の弟。
――シエル・マイアー
“手を取り合って生きてゆきなさい”
そう言って微笑む三つの瞳。
――ファム・バイアーノ
――アレク・マイアー
――ネル・マイアー
それでも、三人は優しい口調そのままで、告げるのだ。
“決して、ガロンを愛してはいけない。シエルを、愛してはいけない。”と。
“マイアーはバイアーノの影。共に在る事はできても、心を重ねることは出来ない。”と。
“愛が無くとも、お互いを思い合っていれば、家族になれるから。”と。
あのときは理解できなかった言葉の意味が、時を経た今なら少しわかる気がする。
目の前にそびえ立つ朱色の石門に触れると、ゆっくりと扉が開かれる。
一歩踏み入って見渡すと、三ヶ月前と変わらずそこに建つ“実家”。
石門の通行者登録が変わっていないことを考えると、私は一応、“バイアーノ家”に在籍しているらしい。
「……お嬢様!?」
「出迎えご苦労様。早速で悪いのだけど、ガロンを呼んできてくれない?……もし、来るのが難しいのなら、私が行くわ」
石門が開いたことに気付いたらしい、この屋敷の最古参の執事が、私を確認して目を丸くする。
しかし、驚いたのも一瞬で、彼はすぐに一礼して踵を返す。
私の願いを聞き届け、目的の人物を呼びに行ったのだろう。
目的の人物が現れるまで、少し暇を潰そうか。
そう思い、石門近くに植わっている大木の根元に腰掛ける。
ちょうど、地表から太い根っこが隆起しており、ベンチとして最適なのだ。
--昔、三人で座るのにちょうどよかったここも、今となっては……。
「あらぁ、お姉さま。こんなところで、何をしているのですぁ? お姉さまの所為で、旦那様はぁ、酷い目に遭ったんですよぉ。三日前に、漸く目を覚ましたところなのにぃ、これ以上、旦那様からぁ、何を奪おうとしているのぉ?」
「……ローズ」
腰掛けている私の正面に立った彼女は、私の異母姉妹。
父親譲りの茶色の髪と、母の幼馴染みの、彼女の母と同じ黒の瞳。
すこし癖の強い毛先を指先で弄りながら、こちらを真っ直ぐに見詰めてくる。
「あたしの旦那様はぁ、お姉さまにはぁ、会いませんよぉ。あたしの旦那様はぁ、お姉さまではなくー、あたしを選んでくれたからぁ、あたしのお願いを優先してくれるんですぅ」
「はぁ。ローズ、貴女、今の状況がわかっていないの? 仮にも貴女は“バイアーノ”となったの。だから、それに相応しい行動をとらなければいけない」
そう、今はこの状況を打開しなければならない。
ここで食止められなければ、被害は国全土に及ぶ。
“我が一族”の威信にかけて、なんとしてでも手を打たねばならない。
「なんなんですかぁ、それ。そもそもぉ、あたしはこの家の血なんて受け継いでいないからぁ、“|相応しい行動(魔獣とたたかう)”なんてぇ、出来るわけないじゃないですかぁ」
「“出来る”ではないの。“しなければならない”のよ。貴女がどう思おうが、領民から見れば、貴女は一族の人間なの。戦えずとも、“治める側”として、領民を支援しなければならないの」
「フリアの言う通りだ、ローズ。……すまん、遅くなった」
「旦那様ぁ! どう、して……」
「いいえ。遅いなんて思っていないわ。久しぶりね、ガロン」
ガロンの登場に、ローズは信じられない、とばかりに顔を手で覆い、首を左右に振っている。
「ローズ、屋敷へ戻っていなさい」
「嫌よ! どうして!? どうしてここに来たのぉ……。来ないでって、お願いしたのにぃ……」
「俺が、フリアと話さなければいけない事があるからだ。さぁ、戻りなさい」
「嫌! あたしが居たら邪魔なのぉ!?」
「そういうわけでは無い。ただ……」
目の前で繰り広げられる光景。
実にどうでもいい。
私としては、ここに誰が居ようと構わない。
けれど、本人が二人で話したいと言っているのだから、目的を達成しない限りは本題に入れない。
しょうがない、私が悪者になるしかない、か。
そう思って立ち上がる。
「ローズ、貴女は邪魔よ。早く屋敷に戻りなさい」
「なっ!! なに、何なのよ! あたしの旦那様なのよぉ!? どうしてアンタの言うこと聞かなきゃいけないのぉ!?」
「煩いわね。これより先は“バイアーノとマイアー”の話。余所者の介入は許さない」
「余所者って……! あたしだってバイアーノよぉ!? さっきあんただって言ったじゃないのよぉ!」
感情のままに喚く異母姉妹に、いっそう冷たい視線を向ける。
そして、瞬き一つのうちに、|本来の姿(緋色の瞳)に戻る。
風が、不自然に吹き抜ける。
「“血を継ぐ者”が“違う”と言っている。それでも、ここに留まるつもり? ―――それ相応の、対価が要るわよ?」
「―――ぁっ!! ば、バケモノっ!」
目の前の私に恐れをなしたのか、それとも、投げられた言葉に怯えたのかわからない。
しかし、彼女は言葉と共に走り出す。
小さくなっていくその背が、屋敷に入ったのを確認してから再び木の根に腰掛ける。
「悪い、嫌な役をさせた」
「いいのよ、慣れているから」
そう言いながら、ガロンの足下に魔力を集め、そこに生えている蔓性の草を生長させて椅子を編む。
座り心地はいいとは言えないが、地べたに座るよりはましだろう。
「ずいぶんと、魔力操作がうまくなったな」
「えぇ。シエルに叩き込まれましたから」
数ヶ月前の私なら、植物を生長させることは出来ても、そこからなにか形ある物を創造するなど不可能だっただろう。
「要らぬ苦労をかけた、な。すまない」
「別に、必要だと思ったから、練習しただけよ。出来るようになってしまえば、とても便利だもの」
「それでも……」
「とりあえず、座ってみて?」
なおも言い募ろうとする言葉を遮って、強制的に話題を逸らす。
「ガロンに、これを」
「……これは……!」
シエルに渡した袋よりも、二回りは大きい袋を転移し、ガロンの膝の上に乗せる。
「それは、ガロンのモノでしょう? 私の魔力が込められているそれを使えば、ガロンでも群れの大元を見つけることが出来るわ。今、この領地で頼れるのは、貴方だけだから。ここをどうか、よろしくお願いします」
「フリア……。まだ、俺を信頼してくれるのか……?」
心底意外とでも言いたげに、目を丸くしてそんな言葉を発する。
「そもそも私、貴方が裏切ったなんて思っていないもの」
「っ!?」
栗色の瞳を、これでもかと見開いて息を飲む。
その様子に、思わず表情が緩んだ。
「だってそうでしょう? “婚約”は親が決めたことだし、今まで一度も“婚約者”らしいことなんてしていないもの。むしろ、貴方が心から愛しい人を見つけて、その人と一緒になれたこと、とても嬉しく思っているの」
「フリアしかし、俺は……。己に課せられた役目を、放棄した」
「それでも、私は嬉しかった。……うぅん、違うわ。そうね、きっと。――安心した」
「それは、どういう……」
私の言葉に、ガロンは戸惑っているようだ。
視線が所在なさげに移り変わっていく。
「私は、 “人を愛してはいけない”と言われて育ったわ。母も、アレクさんも、ネルさんも、みんな、言うのよ“ガロンも、シエルも愛すべき対象ではない”と」
「……」
「私は、いいのよ。“愛されなくても”それが、生き残る条件だから。でも、二人は違うわ。与えられた役目は確かにあるのかもしれない。だけど、それが“愛されない”理由にはならない。だから、貴方が、想い・想われる人と出会えて、そして、手を取り合う事ができて。――私から、解放されて、よかった、と、心から――。貴方を“生贄”にしようとしていたの。むしろ、謝るのは、私の方だわ」
きっと、知らなかっただろう。
自分がまるで生贄のように扱われていたなんて。
今まで共に過ごしてきた者に、利用されていたなんて。
恨まれてもしょうがない。
「知っていたよ。それでも、支えてゆくことを望んだのは、俺自身なんだ。……結局、果たせなかったけれど、ね」
「え――」
「フリアが、“愛する”ことを禁じられている事は、知っていたよ。最初から。もちろん、シエルも。それでも、俺たちはフリアと関わることを選んだ。最初から、“家族”として過ごしていれば、いつか、フリアが心から笑える時がくるのではないかと。でも、それが間違いだったのかもしれないな」
「…………」
自嘲めいた口調で、ガロンは続ける。
「“家族”として……“妹”だと思って接しすぎて、本当に“妹”としてしか、みられなくなっていた。“手を取り合って生きていく”為の手段が、“道を分かつ”原因になるなんて、な……。俺は、大馬鹿野郎だ」
両手で顔を覆い、蹲る。
顔を合わせる資格さえない、とでも言うように。
「私、も、貴方の事を、“兄”と思い、過ごしてきました。だからこそ、幸せになって欲しかった。決して、今みたいな表情を見たかったわけでは、ない……。それに、貴方は十分、私を守ってくれた」
立ち上がって、一歩、ガロンの元へ歩み寄る。そして、片膝をついて、真っ直ぐ見詰める。
「その、“吸魔の石”の原料。それは、“マイアーの血”でしょう?」
「!!」
弾かれたように顔を上げる。
ちょうど、視線が交差する。
「バイアーノ家はマイアー家に、“魔力の調整”を行ってもらっていたのだもの。それはきっと、お互いの“血”に親和性があるから出来ることなのでしょう。最初に、アレクさんからもらった“吸魔の石”は、私の母のために、アレクさんの血を原料として創られたモノ。そして、少しして送られてきた“吸魔の石”は、アレクさんと、シエル、そしてガロン。貴方たちが創ってくれたもの」
「……原料を提供するくらいしか、出来ることがないから、な」
視線を逸らしながら、表情を曇らせる。
「ありがとう。私のために、“命をかけてくれて”」
「……!」
「一つの“吸魔の石”を創るのに、どれ程の血が必要なのかは、わからないわ。それでも、この量を一度に創るにはかなりの負担がかかるはず。――今も、まだ、本調子ではないのでしょう?」
「ローズか」
「えぇ、まぁ……」
母を奪い、婚約者まで奪っていった人たちだけど、目の前の“兄”はたしかに“愛されている”。
それがわかればもう、十分だ。
「“常夜の森の祠”へ行くわ。湧き出る魔獣を倒すのはもちろんとして、溜まった瘴気もなんとかしたいわね」
「フリア、それは危険すぎる。いくら、魔力操作が上達したとしても、襲い来る瘴気の量までは調整できない」
「それでも、少しでも長く、今回のようなことが起こらないように、手を打たなければ。そのためには、出てきた魔獣を倒すだけじゃ、何度でも同じ事が起きるわ……それに、早く終わらせて、帰らなきゃ」
「帰りを待つ者が、居るのだな」
「えぇ、緋色を、綺麗と言ってくれた人なの。優しい人、だから、心配をかけないようにしないと」
「……そうか」
「うん、だから、行くわ。――さよなら“兄様”」




