17笑っていただいてけっこうです。
後宮に居を構えてから、あっという間に二ヶ月が過ぎた。
既に、殆ど全ての魔力が戻ってきているわけだが、それでもなんとか過ごすことが出来ている。
しかし、今日、無情にも“吸魔の石”の最後の一つが赤に染まった。
「ふぅ、これから、どうなるのかしらね」
誰に聞かせるでも無く、独り呟く。
魔力が渦巻く自分自身のことも気にはなるが、まず、考えるのは領地のことである。
先代の魔力がこちらに戻ってきているということは、すなわち、あちらの“公爵家”にはもう、魔獣の大元を探り出し、無尽蔵の魔力をもって滅する事ができる程の、魔力を扱える者はいない。
バイアーノの当主が代々受け継ぐ魔力は、直系にはもちろんのこと、配偶者にも行使することが出来るようになる。
しかし、当主と離れ、次代に魔力が移行すると共に、配偶者は魔術を行使出来なくなる。
元から魔術を使えるのであれば、ただ、普通の魔術を使えるので問題は無いが、魔力を持っていない者は唯の一般人と何ら変わらない状態だ。
しかし、当主と呼ばれるその人が、ただの一般人と同等に成り下がったとしても、屋敷の禁書庫に保管されている魔球がある限り、領民が魔剣を使用し、魔獣を倒す事は可能だが……
“当主の魔力”が無い状況では、群れの大元を辿るのは無理に等しい。
手当たり次第に魔獣を倒したところで、次々と湧いて出てくるのだから、キリが無い。
必然的に戦いが長引く。
となると当然、負傷者も増えるわけで。
マイアー伯爵家が援護するといってくれるが、あまり甘えていられないのも事実。
――彼等は、所詮、他人なのだから。
そんな考えが鎌首をもたげ、それではいけないと頭を振って思考を散らす。
「……外出許可、下りるかしら……」
「ん? 外に用事?」
「うわぁ! グレン、いつの間に!?」
「え、今だけど」
なんの悪気もない様子で、こちらを窺う彼。
どうやら、長い間思考の縁に居たらしい。
気付かないうちに隣に立つグレンに、今日一の声をあげてしまった。
驚いた拍子に、手に持っていた吸魔の石が床に落ちていく。
カツーン、石とは思えない甲高い音を響かせながら、床を弾む。
最後にころころと転がったそれを拾い上げた彼は首を傾げ、石を光に翳しながらしげしげと眺めている。
どうやら、魔術師的に興味を引いたらしい。
「これ、なに」
「えーと、私の魔力を吸ってくれる石です」
「なんで?」
石の説明をするが、それすらも疑問として投げ返される。
「えーと、グレンは“バイアーノ”の事を、どこまで知っていますか?」
「“常夜の森”からこの国を警護し、魔獣と戦う一族」
――だよね。
一般の魔術師団員が“バイアーノの呪い”を知っているわけが無いか。
「えぇと……」
どの程度説明するべきか迷う。
一般の魔術師団員に、国の機密を漏らすような事は避けなければ。
「言えないこと?」
目の前でうんうん唸る私を訝しんで、グレンの眉間に皺が寄る。
「えーと、色々と説明は省かせてもらいますが…。それは、私にとって御守りのような物です」
「御守り? 魔力を吸う、これが?」
訝しげに眉を寄せるグレン。
それはそうだろう。
普通の魔術師からすると、魔力を奪うこの石は忌避するものだろうから。
「えぇ、私は魔力が溜まりやすい体質でして。体内で魔力が暴走しないように、元婚約者の両親が贈ってくれた石です」
「婚約者?」
途端に眉間の皺がさらに深くなる。
――まぁ、主の妃候補として集められたのに、婚約者が居たとなると、いい気はしないのだろう。
「勘違いしないでちょうだい。“元” 婚約者だから」
そう説明しても、グレンの眉間の皺は無くならない。
はぁ、と溜息を吐いて、ここに来るまでの経緯を、色々端折って説明する。
何故か、グレンには話してもいいか、と思えたのだ。
「今から話すことは全て、笑って流してくれてけっこうよ」
そう言って話し出す。
つい最近起きた、遠い昔の出来事とも思える事柄を。
――母が、父に裏切られ、“魔力に喰われた”事
――母の葬儀後、すぐに一歳違いの異母姉妹が出来た事
――それから数日後、婚約者から、“本当の愛を見つけた”と婚約破棄された事。
――その、“本当の愛”の対象者が新しく出来た異母姉妹だった事。
――そして、“白羽の矢”が直接突き刺さった事。
――それから、“元婚約者の家族”の元を訪れ、私の身を守るために“吸魔の石”を渡された事。
――母が有していた“魔力”がそのまま私に降りかかり、私が壊れてしまわないように。
「―――……」
「全て過ぎた事だわ。滑稽でしょう? 笑い飛ばしていただいていいのよ?」
話を聞いて絶句するグレンに、少しでも場を暖めようと軽い口調で話を纏める。
「……身体は、大丈夫なのか」
「え? えぇ、矢傷の痕は残っているみたいだけれど、どこにも支障は無いわよ」
「残ったのか!? 痕が!」
まるで、自分が傷を負ったかのような表情に、なんとも言えない気分になる。
「そんなに気にしないでもいいのに。それに、消せないわけじゃ無いもの」
「っ! そうなのか、どうやって?」
「“矢を放った本人ならば、消せるはず”と、この傷の治癒をしてくれた子が言っていたから、王太子殿下にお願いすれば、きっと消してくださるわ」
――まぁ、王太子殿下がどんな性格をしているのかわからないから、絶対とは言えないけれど。
「じゃあ、今から……!」
「今から行くの? それは無理よ」
「どうして?」
「だって、私の魔力はまだ安定していないもの。こんな状態で国の中枢に踏み入るなんて、恐ろしくて出来ないわ」
ただでさえ、魔力を調整してくれる吸魔の石が無くなったのだ。
本当に、これから先はどうなるかわからない。
そう伝えると、困ったような表情でこちらを見返してくる。
――随分と表情が豊かになったものだわ。
つい、この場では全く関係の無いことを考えてしまう程度に、この空気は耐えがたい。
「外出は、フリアの負担を、減らすため?」
「え、あ、あぁ。そうね。領地に帰れば魔獣討伐で魔力を発散させることもできるし。なにより、領地が心配なのよね」
当主不在というのは、なかなか褒められたものでは無い。
否、実際に“当主”と名乗っている人はその領地に居はするのだが……。
「……いいよ」
「え?」
「……ただし、毎日ここに、帰ってきて」
「え、え?」
ちょっと待って。
魔術師団員に外出許可を出されたところで、何の解決にもならないのだけど。
思案顔で、そう言い切る彼に、戸惑いを隠せない。




