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16最大級の過ち。



「アルノルフっ、アルノルフは居るかっ!!」


ばったーん、自動で開閉するドアを、力任せに開け放ち、凄まじい音を響かせながら、漆黒の青年が執務室へと押し入ってきた。


「何事ですか。ユリエル様。ここは私の執務室なのですから、そんなに騒ぎ立てずとも、ここに居りますよ」


溜息を吐きながらそう言葉を投げかけはするものの、当の本人には聞こえていないようだ。


「フリアを、フリアが俺の妃だ! フリアが、俺の嫁に嫉妬すると言った! それは、つまり、そういうことだろう!?」

「……はぁ、左様ですか」


机の上に積み重なる書類など、気にもとめず勢いよく身体をこちらに乗り出してくる。


――あまりに唐突な事が起きると、逆に冷静になるらしい。


アルノルフはズレた眼鏡をなおしながら、状況を整理する。


「えーと、ユリエル様はフリア嬢をお気に召したのですね?」

「そうだ」

「で、フリア嬢にその思いをお伝えしたところ、了承を得た、と?」

「フリアが、俺の笑顔を隣で見ることができる嫁が羨ましい、と。嫉妬すると。だから、そういうことなのだろう!?」


呼吸が荒く、頬を真っ赤に染めながら言い募る漆黒の青年。

この姿だけを見れば、彼が己の倍以上の時を過ごしていると言われたところで、誰が納得するだろう。

青年の姿ではあるが、彼は現人神だ。

神のように不死ではないが、人間よりは遙かに長命。


今年に入って妃の選定が行われていることを考えると、おそらく、彼がこの世に生を受けてから、どんなに長命な人間でも、三度は生涯を終えているはずである。


そして、ついこの間まで”妃など必要ない。”と言っていたこの現人神が、人間に興味を持ったのだ。

これについては、とても、喜ばしい事ではあるのだが……


残念ながら、目の前で感情を露わにするのは、”漆黒の青年”だ。

これが、もし、”白亜の青年”であったなら、状況は違っていたであろう。


そう、思いながら溜息を再び。


「ユリエル様、差し出がましい事を申しますが……」

「?」

「フリア嬢が気に掛けているのは、“グレン様”なのでは?」

「!!」

「一応、聞いておきますが、“ユリエル様”のお姿で、フリア嬢とお会いしたことは?」

「……、ない」


ようやく状況を理解し始めたのか、青年はしゅん、と肩を落とす。


「まぁ、そんなに気落ちせずとも――」

「アルノルフ」

「――はい?」


急に、真面目な声音で名を呼ばれて、身構える。


「俺は、“ユリエル”ではなく、このまま“グレン”として生きていこうと思う」

「いや、そんな馬鹿な」


おっと、いけない。

あまりの発言につい、本音が。


「いいですか。“グレン様”はあくまで“ユリエル様”の仮の姿。この国の王は“現人神”であって、“人間”ではないのです」

「しかし……!」

「そもそも、フリア嬢は王太子殿下のお妃様候補としてここに滞在しているのです。”王太子殿下(ユリエル様)”が望むのであれば、一年後には手に入れることができるのですよ」

「それでは、駄目だ。無理矢理では、駄目なのだ。フリアが、俺を見てくれないのは、嫌なんだ」


いやさっき、堂々と本人の許可を得ず、手に入れようとした張本人が何言ってんだよ。


――――こほん。


いけない、いけない。

落ち着け、自分。




「では、ユリエル様。その“グレン様”の姿でいいので、できるだけフリア嬢と距離を縮めておいてください」

「?」

「真実を明かす時に、フリア嬢が離れていかないように、しっかり捕まえておくことをお勧めします」

「…………わかった」


少々不服そうにしながらも、元来た道を戻っていく青年を生暖かな視線で見送る。







「ほぅ……、我が息子・グレンは大層奥手であると見た」

「っ!? 国王陛下!」


嵐が去ったのも束の間。

今度は音も無くこの国のトップが現れた。


しかも、後ろから。

後ろは壁しか無いので、恐らく王の間から転移して来たのだろうが。




「陛下、わたくしの心臓が保ちませんので、一声かけてからにしていただけませんか?」

「おお、それはすまんな。善処しよう」


悪びれること無く笑顔を向けられる。

きっと、高確率で、今後改善の余地は見込めない。




「グレンが想いを寄せる者、か。我も会いたいものだ」

「あと一月ほどすれば、約束の期限です。いくらでも謁見可能ですので……」


――お願いだから、直接見に行くとか、言わないでくれ。



「だが、ちょっと騎士に混じって様子を見るくらいなんてこと無かろう」

「も、本当に、勘弁してください。この身がいくつあっても足りません……」


佇む国王陛下は、どこからどうみても、人間で例えるなら三十路を越えた成人男性。

現人神は、年齢に応じて見た目が老けることはほとんどないらしい。

そもそも、長すぎる現人神の生を、人間の尺度で測れるわけがないのだ。

ユリエル様の三倍は生きているだろうこの御方は、己がまだ青年と呼ばれる頃からお仕えしているが、全くかわらない。


少々、お茶目が強すぎる性格、とか。

そんなこんなで、先程の会話が冗談ですめばいいのだが、冗談では済まされない予感がヒシヒシと伝わってきて辛い。

精神的何かが、ガリガリ削り取られていくようだ。


「まぁ、冗談はさておき。アルノルフ、お主もどうだ? 昨晩、グレンが嬉しそうに置いていった」

「お気遣い、ありがとうございます」


差し出されたのは、今の時期にはあり得ない果物。

濃い紫と、鮮やかな黄緑色をしたいかにも新鮮な葡萄。


「疲労回復に効果があるらしい。しっかり食べて休めよ」

「はい。勿体なき御言葉、痛み入ります」


一粒、進められて口の中に放り込むと、弾けた果汁が口内に広がる。

瑞々しいそれは、喉を程よく潤し、身体に沁みてゆく。


心なしか、凝り固まった身体の節々が楽になったような気がする。

成る程さすがに効きが早い。


再度、主に差し入れの礼を告げようとするも、その姿はどこにも無い。

来たときと同じく、音も無く自室へと戻ったようだ。


「色々と、準備が大変ですねぇ」


うーん、と伸びをしながら、今後の行く末について、考えを巡らせる。


懸念事項など、山のようにある。

王太子殿下が、最終的に誰を選ぶか、もしくは、誰も選ばないのか。

ユリエル様の選択一つで、今後の国の在り方が決まるようなものだ。


それでも、この国のため、敬愛する人のために、できる限り力を尽くそうと人知れず新たに誓うのだった。






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