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12王宮内にて



「アルノルフです」

「入れ」


「ユリエル様のお妃様候補が全員お揃いになりました」

「そうか」


続かない会話。

この日を待ち望んで居たわけではないのだから当然か。




国中に散らばった白羽の矢は、十本すべてこの手に戻ってきた。


――果たして、願いを込めた白羽の矢は己を満足させてくれるのか。





「後宮が一つ、燃え尽きたと聞いているが」

「――予定外の事が起きましたが、お妃様候補は問題なく後宮入りされました」

「そうか。テオ達がなんとか処理したか」

「――えぇ。そうですね」


普段ならば、決して言い淀むことなど無いこの国の宰相・アルノルフが、先程からやけに言葉を濁す。


「アルノルフ、なにか懸念があるのならば、言え」



外見から判断すると、十代後半の青年が、五十路に差し掛かる年齢の男性に尊大な態度を取っているように見えるのだろう。


それでも、誰一人として青年の態度を咎めることは無い。


それが、この王宮の常、当たり前の事であるから。







「懸念、とは少し異なりますが……。ユリエル様の引きの強さを実感致しました」

「なんだ、それは」


差し出された用紙に目を通すと、妃候補者の名前と家柄・人物像が事細かに記されていた。




近衛騎士団取り締まり・バルデム伯爵家次女、リカルダ嬢。


近衛魔術師団取り締まり・ブリス侯爵家次女、ルイーザ嬢。


そして、“常夜の森”警護・バイアーノ公爵家長女、フリア嬢。否、正しくはフリア・バイアーノ公爵様。


「この国の要となる家を一度に集められるとは……」




――わたくし、夜も眠れぬ日々を過ごすことでしょう。


――老体に鞭打つのは止めておけ。


そう、言ってやりたいところではあるが、成る程確かにオオモノが釣れたようだ。




「それで?明日から御目見得の嵐ということか」

「えぇ。本日既にバルデム伯爵家とブリス侯爵家の両家から申し出が」


「どちらを先に通すかで、一波乱ありそうだな」

「えぇ、全く以て憂鬱です」




武術を誇るバルデム伯爵家と、魔術を誇るブリス侯爵家。


両家の険悪さは遙か昔から今に至るまで、全く以て和らぐことを知らないようだ。


むしろ、悪化の一途を辿っているのでは、とさえ思う。






「おそらく、数日以内にフリア嬢以外の候補者様と顔を合わせることになると思います」

「その女、なにか問題でもあるのか?」


「いえ。ただ、ご本人からの希望で、王宮には三ヶ月の間、近づくことを控えるという事だったので」

「意味がわからん。何故だ」


問いかけられたはずのアルノルフも、明確な答えを持っていないのか、室内に沈黙が降りる。




「フリア嬢の後宮は、先日焼けた場所になりますが、そちらにも侍女や護衛の派遣について、三ヶ月待って欲しいとのことでした」

「王宮の人員になにか不満でもあると」




“常夜の森”から湧き出る魔獣討伐を生業とするバイアーノ公爵家。

何か、隠さねばならぬ事柄があるというのか。


「いえ、テオからは“危険につき”との報告のみです。護衛につきましては、当初の予定通りテオとジェラルドであれば問題ないということでしたので、そのように配備しております」

「まぁ、いい。好きにさせておけ」


再び沈黙が場を支配すると、アルノルフは一礼して部屋から下がる。




おそらく、明日からの謁見準備に勤しむのであろう。


アルノルフが退出するのを確認してから、日の光が差し込む窓へと近づく。


窓からは王宮の敷地を一望でき、広々とした庭園や、今回の候補者達が住まう後宮を見ることが出来る。


手に持っている資料と照らし合わせれば、どの後宮を誰が与えられているか一目瞭然だ。



先程名前が挙がった者達の屋敷に目を向けると、どうやら例の二人は敷地が隣り合っているらしい。


おそらく互いに敵対し、意識し合うのだろう。

各屋敷の警備に当たる者達の気苦労を思えば、四六時中相手をしなくてすむのは実にありがたいと思ってしまう。


「やけに草木が生い茂っている場所が、あるな」




王宮から一番遠い場所、“奈落の谷”と岩壁一枚隔てたそこにある屋敷は、他の後宮と違い、緑生い茂る区画と化している。



まさかとは思うが、魔術師・テオの趣味だとは到底思えない。


昨日全焼した区画であるから、何かしら魔術師達が関わったのだとは思うが、ああも緑化する必要があったのか。


もし、何かしらの理由があるとするならば、あそこに居を構える妃候補の趣味に合わせた、とも考えられる。



「フリア・バイアーノ、か」


あの緑化地帯に屋敷を構える妃候補の名を口にする。




妃候補としてこの宮に招集されていながら、こちらと距離を置く発言をしているという。


この国で唯一、“常夜の森”から湧き出る魔獣を相手取り、一匹たりとも討ち漏らす事無く永きに渡りこの国を護り続けている一族の者。


王宮から最も遠い土地を領地として治めているためか、中央政権に全く関与しない公爵家。




中央政権(こちら)に全く関わりが無いため、あの一族の詳細を知る者は殆ど居ない。


領主を勤める者は、代々金色の瞳に真紅の髪を持つという。


金色の瞳は魔力を持つ証。


真紅の色は討ち滅ぼした魔獣の鮮血で染まっているとも云われている。


詳細は不明だが、いずれまみえる事になるのだろう。




「愉しませてくれよ…?」


緑化地帯を見下ろしながら口角が上がる。


“あの白羽の矢”が連れてきたのはあの者だろう。




なぜなら、ただ唯一、この宮で“異質”な存在であるから。






――その日、窓辺に佇む白亜の麗人を見たのは、窓の外を飛び交う鳥たちのみであった。




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