09唯々平穏な日々を過ごしています。
ここに住むようになってから約一ヶ月が経過しようとしている。
幸い、恐れていた魔力の暴走は起こらず、今はまだ平穏な日々を送っている。
というのも、王宮に着いてから一週間後にマイアー家から“例の結晶”が結構な量届けられたから。
“例の結晶”とは、余分な魔力を吸い取り、閉じ込めておけるあの透明な石のようなお守りのことだ。
私は勝手に“吸魔の石”と呼んでいる。
しかし、届けられた結晶はすでに八割方赤色に染まっており、未使用なものはきっとあと一週間もすれば綺麗に赤く染まるのだろう。
予想はしていたが、日が経つにつれて“戻ってくる”魔力は増しており、結晶が色づく速度が格段にはやい。
勿論、結晶の消費を最大限抑えるために、植物を急成長させてしこたま収穫したり、庭に使われる予定だったであろう砂利石を様々な魔石にしたりとできる限りのことはしているのだが。
おかげさまで、穀物や野菜に関してはそこらの領地よりも潤沢な備蓄ができあがってしまった。
もちろん、食材が傷まないように、常に冷気があふれる小屋を屋敷の隣に増築した。
それと、入れればものの一時間で氷を作ることができる小屋なんかも増築してみた。
どちらも、様子をうかがいに来たテオ様やジェラルド様に見せたが、とても感心された。
特に、氷を作れる小屋は夏場になると灼熱に包まれる王都では救世主になるだろうとまで言われてしまった。
テオ様は私の魔力に殊更興味があるらしく、訪れる度に色々説明を求められる。
マイアー家から贈られた“吸魔の石”についても、欲しいと懇願されたので、魔力を吸ってもう必要なくなった結晶を一つ預けている。
どうやら研究素材に使うらしい。
研究素材に使われるのは、結晶か、私の魔力か、は考えないことにする。
ま、どっちもだろうけど。
ちなみに、有り余った食料は、騎士団の皆様のお腹に収っているらしい。
はじめのうちは、全て買い取りを希望されたのだが、有り余っているし、肉や魚など、私では調達できない食料品を持ってきてもらっていることから、物々交換と、たまに買い取り。という形で落ち着いた。
魔石に関しても、同じように魔術師団が消費・研究にあてているらしい。こちらも、金品は断ったのだが、それでは気が収らないから、と言われ、肉や魚と時々買い取りという形で話が付いている。
主に、魚が魔術師団。
肉が騎士団という具合に棲み分けをしているらしい。
こうしてのんびり過ごしていると、私は一体何をしにここに来たのか疑問に思うことが多々ある。
まるで、商売でもしているかのように、所持金が貯まってく。
――後宮でこんなことやってても怒られないんだろか。
一抹の不安が過ぎるが、やっているのが堂々と魔術師団と騎士団なので、なにも問題は無いのかもしれない。
「フリア様、本日は街に出てみてはいかがですか?」
「え、街、ですか?」
畑の植物を生長させていると、ジェラルド様が現れて、意外な事を告げてくる。
「フリア様の魔力も、今は安定していると、テオから伺っておりますので。フリア様の負担にならなければ、ぜひ」
――街、か。
あまり王都に来たことは無かったから、観光はしてみたいと思ってはいた。
妃候補としてここに来たのだから、一年は外に出られないだろうと勝手に思っていたが、案外簡単に外出許可は下りるのかもしれない。
「月に一度、街で開かれる市があるのです。そこには珍しい植物の種や苗を売る露店も建ち並ぶのだとか。少し前に、新しい種類の種が欲しいとお聞きしておりましたので」
「あ、行きたいです」
「では、決まりですね。屋敷の外で待機しておりますので、支度ができましたら、お声かけください」
わざわざお偉い地位の人に付き合ってもらうのは申し訳ない、と断ろうかとも思ったが、新しい種が手に入るかもしれないとなると話は別である。
今、この屋敷で育てている植物は基本的には成長に魔力を必要としない。
世の中には魔力を注がないと成長しない植物もあるので、今回それを見つけることができれば万々歳だ。
一旦、屋敷の中に入って着替えを物色する。
手に取ったのは動きやすさを重視してワンピース。
膝下丈のワンピースに長めのブーツ。膝を曲げたときにあまり足が見えないようにブーツよりもすこし長めの靴下を履いて、ワンピースよりも少し短めの軽いコートに袖を通す。
最近は変えていなかった瞳の色を漆黒へとチェンジして、髪が目立たないようにツバが広めの帽子を被る。
これで、春先の気候にもばっちりな服装の完成。
もっとも、どんな服装でも、魔術で調整できるので、周囲に溶け込む服装であれば、季節など考えなくてもいいのだが。
「お待たせしました。」
「いや、思っていたよりも随分早いです。気にすることは無ありませんよ」
屋敷から出てきた私を先導するように、ジェラルド様が足を進める。
よく見ると、ジェラルド様もいつもの制服のような格好では無く、街ですれ違う人たちのような格好をしている。
いつもの制服を着るとさすがに目立つという配慮だろうが、ジェラルド様本体がすでに目を引く見た目をしているので、結局街を歩くと目立ってしまいそうな気がしてならない。
「瞳の色が変わると、かなり印象が違いますね」
「そうですか?まぁ、黒の方が一般的ですし、目立たないとは思いますね」
この国では、一般的な瞳の色は茶色か黒だ。
髪の色もまた然り。
しかし、髪の色は染めれば比較的容易に変える事ができるので、一般的でない色に対してそこまで強く興味を抱かれることは無い。
その点で言うと、今の私たちは私よりジェラルド様の方が遙かに一般的からは浮いているだろう。
「ジェラルド様、もしよろしければ、変えましょうか?」
――瞳の色を。
問いかけた私に、ジェラルド様は一呼吸置いて、答える。
「では、門を出た後、お願いしてもいいだろうか」
「えぇ、私にできることなら、何なりと」
そして、約束通り、王宮の門を出たところで、ジェラルド様に魔術を施す。
結果、ミッドナイトブルーの髪に漆黒の瞳の、いっそう落ち着きの増した外見の紳士様のできあがりである。
「ものすごく、似合ってますね。……鏡、見ます?」
自分で変えておいてなんだが、ものすごく似合っている。
なんだか余計目立つ容姿になってしまったと思わなくも無いが、とりあえず確認のために本人に鏡を手渡す。
「これは……。随分と変わるものだな」
思いの外、違和感が無かったのだろう。
満足そうに頷くと、鏡を返してきた。
そして、私たちは街へ向かって歩き出す。




