定住
気が向いたら更新する感じで行きますので、かなり更新は遅いです。
磯の香りのキツい漁村に辿り着いた。今日は何を獲物にするか考えつつ河口に添って下りに向かって歩く。
磯の香りは嫌いな人は嫌いだろうな。私にしてみれば海が嫌いな人は人生の七割を損していると思っているが。
魚を釣り、その魚をさばき、調理して、食べる。魚釣りほど面白いことを私は知らない。
「よう、エルフの姉ちゃん、釣りかい?」
「ああ。この河口で狙い目の魚はいるかな?」
地元の漁師らしいドワーフのおじさんに話し掛けられ、私も情報収集に当たる。ドワーフは酒の肴をたくさん得られる海が好きなので、鍛冶をする山派と漁をする海派に分かれるんだとか。生活圏を決めるのに酒が絡む辺り私好みの種族である。
女神様より賜った釣りスキルにより私は魔力有る限りいくらでも釣具や餌を呼べるので、ターゲットが何であれ釣り上げる自信がある。
この世界では海際の宿はだいたい釣った魚を買い取ってくれるし、調理を頼めばやってくれる。狙い目は大量に釣れる魚だが、ご存じの通り、釣れる魚は場所によって変わるのだ。
「この河口から離れて岸沿いなら魔物カサゴが入れ食いだ。河口ならスズキやハゼが釣れる。姐さん、ひょっとして釣りスキル持ちか?」
「分かるのかい?」
釣りスキル持ちは異世界の釣竿やクーラーを召喚できるので、分かる人には一目で分かる。どうやらこの港には釣りスキル持ちが居るらしい。会えるのが楽しみである。
「あんた、名前は?」
「エミリィと呼んでくれ。エルフの釣りガール、エミリィだ」
釣りガールは女神様により釣りスキルを賜った者に与えられる伝統的な呼び名であり、その称号を使えるのは海の女神様に認められた者だけである。国によっては貴族の爵位より重要視されているが、この世界の七女神のうちのほとんどの神様、特に海の女神様も月の女神様も星の女神様も自由を愛しているので、あまり束縛されたり敬われたりはしない。
だが自由に釣りはさせてもらえるのだ。有り難いことである。
「エミリィさんか。沖には出ないのかい?」
「そのうちな。そうだ、良い宿が有れば教えてほしい」
村人は親切な人で、釣具屋からポイント、宿まで懇切丁寧に教えてくれた。ボブさんと言うらしい。また宿で一緒に飲もうかと、約束を取り付けた。
私は釣りだ。今日は、まあ最初だし、釣りやすい魚を狙おうかと思う。
カサゴにしろスズキにしろ、新鮮な魚なら刺身で不味い訳がないので、狙いを絞るのは難しい。
変わったところでサヨリなんかを狙っても良いが、サヨリはきゅうり並に栄養が少ないんだったか。
ここは鯛やハマチを釣るには浅い内海である。陸地に囲まれた海を内海と言うのだが、内海は大抵波が低く穏やかで、リゾート地として優秀なので人が多く、金持ちが集まるので料理も旨い。魚釣りにとってはとても良い村である。
狙う魚、内海で最初に釣りたいのは、んー、釣りの基本中の基本である、ハゼ釣りにしようか。後はつまみに良さげな魚を適度に釣っていけば良かろう。
どのみちこの漁村が良い釣り場なら居付くつもりである。ならばターゲットを厳選しなくても、毎日違う魚を狙えば良いのだ。
食べたい魚を釣れば良い。さあ、ハゼ釣りに行こう。
ハゼは汽水域に多く見られる魚だ。体長は大きくても二十センチ程度の小さな茶色の、ほっぺが膨らんで目が飛び出た、顔が実に不細工な魚である。だがそのほっぺが煮付けにすると旨いのだが。
代表的な料理は天ぷらにして藻塩なんかを振りかけただけで頬張る食べ方だが、白身で身も割と硬く食べごたえがあるので、大きいのを上手に下ろして唐揚げも良いかも知れない。今から呑むのが楽しみである。
ちなみに私は四十四才なので余裕で成人なのだが、エルフなので子供に見られることもよくある。普通人種なら十六才程度の見た目である。酒が飲めるのはこの国では三才からだ。浄化魔法はエルフなら大抵使えるがコモンヒューマンにはあまり一般的ではないし、だが水は汚いのでワインなどを混ぜて飲むのが通常なので、こればかりは仕方がない。ちなみに三才までは母乳だ。乳母職は人気だったりする。
酒であるが、この地方、イシエールは柑橘を使ったカクテルやワインが旨い。炭酸を使ったチューハイもある。楽しみである。
まあまずは一匹釣らねばなるまい。
早速釣りガールの力を振るい、竿と仕掛け、餌を呼び出した。
ハゼ釣りの仕掛けと言えば延べ竿に浮き釣り仕掛け、餌はゴカイである。何故か前にも言った気がするがゴカイがどのような生き物か調べようとしてはいけない。グロテスクな物が苦手な人は絶対にやめるべきだ。
簡単に言えば溶けたムカデがウニウニと牙を出す。ミミズでも普通の女の子は無理だろうから絶対に調べてはいけない。まあ釣りをするなら覚悟するんだな。
そんなゴカイだが、釣り餌としては優秀だ。港で釣ればキュウセンやアイナメを始め、様々な魚が食いついてくる。
ゴカイの産卵シーズンをバチ抜けと言い、その頃にはスズキが河口ではよく釣れて、好まれる。バチ抜けのシーズンはだいたい秋口である。
ゴカイの講釈はこれくらいで良かろう。さて、釣りの基本中の基本である、浮き釣りをしよう。
釣り人スキルで二メートル程度の簡易的な釣竿を呼び出す。どこでも買える一般的な釣竿だな。
延べ竿と言うのはリールなどの機械的な物は使わずに、ただの木や竹で作れる、本当に原始的で簡易で、逆に何でも釣れる竿だ。
魔力を消費し、竿、道糸、浮き、オモリ、ハリス、針、餌を呼び出し、そのまま餌を河口に投げ込む。
今は干潮で水は少ないが、徐々に潮が満ちてきて魚も川を登ってくる。河口堰が無ければ魚は上流近くまで登ってきたりもするんだよな。災害に備えるために河口堰を作ることを悪しとは言えないが、それが自然を壊すのもまた当然のことだ。
なかなかに難しい問題である。
「お、食った」
魚が餌を食った。釣竿がしなり、腕にその分の重さが伝わってくる。
ハゼは意外と貪欲で、またなかなかスレる(魚が釣られていることを理解して餌を食わなくなる)こともなく、子供でも簡単に入れ食い(毎回餌を投入した瞬間に魚が食いつく)で釣れる魚だ。
釣れたのは十五センチくらいの標準的な大きさのハゼである。ふふ、旨そうだ。
ハゼには寄生虫がついていることもよくあるので、お刺身も出来るがなるべく火を通して食べるべきだ。今日は良い晩飯にありつけそうである。
そのあとメチャクチャ釣った。入れ食いだ。四十匹くらいか? ちなみに釣り人スキルで呼び出せるクーラーボックスは魔力量により容量が変わる。エルフの私なら五十トンは余裕でいけるのでこの程度では全く問題がない。
さて、呑もうか。
ちなみに私はドワーフの友達に「お前とはもう呑まん」と言われた程度に酒を嗜む。コモンヒューマンの友人には一晩で肝臓が死ぬと言われたが、まあ、旨い肴を伴った旨い酒はいくらでも呑めるから仕方ないよな。