バイキングと食後のコーヒー
三週間だけの異世界旅行は2日目へ。
「おはようございます!七海先輩!準備できましたか?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
朝の8時半、僕はドア越しにシーナに返事をした。
「ふぅあぁ……寝すぎたな……」
僕は欠伸をしながらリュックサックから今日着る洋服を取り出す。
ベット横の棚の上に置いておいた白いタブレットにはアラームの停止が画面が出ている。
昨日の夜は疲れていた為か特に時差なども一切気にすることなく良く眠る事ができた。
むしろ良く寝すぎてアラームに気が付かなかった。
起きたのはシーナが部屋の扉を叩いて呼んできた為、起きたのだ。
「この組み合わせで良いか……」
僕は水色の半ズボンと東武動物公園で昔買った数羽のフンボルトペンギンがあしらわれているTシャツと黄色ベースのアロハシャツを着る事を決めてそれに着替える。
「せんぱーい、まだですかー?」
ドアの向こうからシーナが退屈そうに言ってくる。
「も、もうちょっと!」
「急いでくださいよー」
僕はシーナを待たせるのは悪いと思い服を着替えるとリュックサックの中から折りたたんであった小型のリュックサックを取り出しその中にタブレット端末1つと財布、旅行で役立つポルトガル語辞典という辞典を1冊、それとパスポートをケースに入れてリュックサックを背負った。
そして、最後にカメラを首にかけ帽子を被る。
「よし」
準備ができた事を確認すると僕はドアの方へと向かった。
だが、その途中で歯を磨いていない事に気が付き急いでバスルームに入り洗面台で使い捨て歯ブラシを使って歯磨きを顔の洗顔を済ませる。
「今度こそ準備よし!」
僕は鏡を見ながら頷くと少し急ぎ足で部屋を出て行った。
「もぅ~!遅いですよ!」
「ごめん……寝過ごしちゃって」
ドアの前には頬を膨らませた制服姿のシーナが立っていた。
シーナは肩掛けカバンを肩に掛けている。
「まぁ……先輩、昨日は長旅でお疲れでしたもんね。まぁ今回は許します。じゃあ、行きましょうか」
「そうだな。あちょっと待った、戸締り戸締りっと……」
僕は部屋の戸締りをするとそのままシーナと一緒に朝食をとる為に階段を降りて1階のレストランへと向かった。
レストランの朝のメニューは夜とは違ってモーニングとしてバイキング形式がとられているようだった。
僕はシーナと一緒にバイキングに並ぶ。
時間は8時半という事もあってお客は比較的少なかった……というより僕達しかいなかった。
おそらく他の客は9時とかに起きるのだろうと僕は勝手に想像した。
バイキングのメニューはスクランブルエッグ、ライ麦パン、ハム、塩づけの魚、ザワークラウト、ソーセージ、ヨーグルト、クラウの実というアルメルクンでしか取れないオレンジのような果物のジュース、コーヒーといった簡素なものだった。
僕はその中からスクランブルエッグ、ライ麦パン、ハム、塩づけの魚、ザワークラウト、ソーセージ、クラウの実のジュース、コーヒーとヨーグルト以外の全てを皿とコップによそった。
一方のシーナはスクランブルエッグ、ライ麦パン、塩づけの魚、ヨーグルト、コーヒーだ。
料理を手に取った僕とシーナは適当に選んだ空いている席に着きたがに向き合うように座る。
「けっこうとりましたね先輩」
「初めてきたホテルのバイキングは一応、全部食べるようにしてるんだ」
「ふぅ~ん。私は無理ですね。そんなに食べられません」
僕とシーナは料理に手を着ける。
僕は最初にソーセージをフォークで刺すと口に入れた。
すると、ジューシーな肉の味が口いっぱいに広がる。
「ん、このソーセージ美味いな!」
「へへん!そうでしょう。そうでしょう。この国のソーセージは本場と言われているドイツにだって負けませんよ!むしろ私達は私たちの方が本場だと思っていますけどね」
シーナが自信満々に言う。
「でも、こんなホテルのレストランよりも街にあるちゃんとしたお店にあるソーセージの方が遥かに美味しいですよ。そうだ!今日のお昼はこれでいきませんか?」
「それもいいかもな。あっそうだ、今日の予定なんだけど今日はシーナが街を案内してくれるって事で良いんだよな?」
「あ、はい。任せてください。ガイドを任された以上はちゃんと案内しますよ」
「まぁ、期待させてもらううよ」
僕はそう言うとクラウの実のジュースを飲んだ。
味はそこまで驚くほどでもなくオレンジジュースにグァバジュースを足したような味だった。
だが、その後に飲んだコーヒーの味に僕は眉間にシワを寄せる。
「なぁ、シーナ……これ、本当にコーヒーか?」
「ええ、コーヒーですよ」
僕はコーヒーを飲んだわけだが味は僕の知っているコーヒーとは全然違うものだった。
色こそ同じだが味はコーヒーとは似ても似つかないような奇妙な味だった。
僕が不思議がっているとシーナが何かを思い出したかのような表情をした。
「あっそうだ、確か日本じゃコーヒーってコーヒー豆から作るんでしたっけ?うちの国ではコーヒーはカリオン草っていう植物の花を使って作るんですよ。いやー日本でコーヒー飲んだ時に気持ち悪くなって吐いちゃった時の事思い出しました」
「てことは代用コーヒーって事?」
「うーん、どうなんでしょうね?昔からある飲み物なんでコーヒーと言う名の別物かも」
「ああなるほど」
と、そんなくだらない会話を食後までつづけ食事を終えたところで僕とシーナは食器をテーブルの横に寄せた。
すぐに何処かに行くわけではなくコーヒーを二人で一杯ずつ用意するともう一度、席に座りシーナが肩掛けカバンから地図帳を取り出しテーブルに広げた。
開かれた地図帳のページには首都アーリアの街の地図が描いてある。
この様な物を出したのには理由がある。
これから今日の予定を確認及び決めるのだ。
「それで今日はどういう予定なんだ?」
「そうですねぇ……とりあえずは最初に共和国議会の真正面から首都のど真ん中を突き抜けるように通ってる中央通りに行こうとかと思ってます」
「中央通りか……分かった。それじゃあ、最初はそこに行くか」
僕は中央通りって何処だ?と疑問に思ったが今は考えても仕方が無いと思いここは全てシーナにゆだねる事にした。
何せ、この国の地理なんて僕にはまったく分からないのだから現地に住んでいるシーナに任せたほうが適切だ。
「それじゃあ、飲みきったら行きますか」
僕はそう言うとコーヒーを一気に飲み干した。
◇
ホテルを後にした僕とシーナは昨日の夜に通った港沿いの大通りを歩いていた。
昨日は夜だったが今は日が昇っている。
通りはもとい街の様子は全然違っていた。
夜でも活気はあったが今はそれ以上の活気に通りは溢れかえっているように見えた。
というよりも人……ではなく獣人の交通量が全然昨日とは桁外れなぐらいに大勢いたのだ。
昨日の夜は居なかった帆船の船乗りと思われる人たちが大荷物を抱えて道を行ったりきたりしている。
魚の店の店主が大きな声を上げて魚を売りさばいている。
中世風に主婦のような親子つれが店で買い物をしている。
何より一番驚いたのは馬や牛ぐらいの大きさがありそうな大きな鳥のような生物が馬車の荷車を引いている姿だった。
シーナによればあれはアルメルクンが元の世界に多数生息していた陸生の大型の鳥でラビオン鳥と言い、大昔から家畜として飼われていたり使役されていた生き物だと言う。
転移から11年近くが経過してはいるが一般的に自動車やバイクが未だに普及していない新生アルメルクン共和国では今でも転移前のように荷車を牽引する輓獣として使役されているのだそうだ。
そんなラビオン鳥を通りではあちこちで見かけた。
「…………」
僕はせっかくカメラを持っているのに写真を撮る事も忘れてただシーナにあれは何かとかこれは何かと質問をずっとしていた。
その質問は大抵、あの人は何をやっているのかとか、あの道具はなにかとかその様な感じだ。
僕の質問にシーナは嫌な顔一つせず寧ろ楽しそうに教えてくれた。
「なんだか……先輩とこうしてると昔を思い出しますね……」
すると突然、シーナが笑顔のまま遠い目をして言った。
「なんだ急に?」
「いや、なんか懐かしくなっちゃって……ほら、覚えてません?先輩と初めて一緒に遊びに行った時に私が洋服とかファッションを見たいって言ったら東京の渋谷に先輩、連れてってくれたりしたじゃないですか。あの時は楽しかったなぁ~。あの時は私の方が先輩にあれこれ聞いちゃったりしたりして……本当に楽しかったです。まぁ、でも今は私が案内する側ですけどね!」
シーナがニッと笑みを向ける。
「ふっ、だな。あの時は俺もすごく楽しかったよ」
僕はシーナの笑みに返すようにふと笑い答えた。
「それにしても東京観光か……そんな事もあったなぁ。まぁ、あの時は何処行っても大変だったけどな」
「確かに!特に秋葉原へ行った時は大変でしたよねぇ。人に囲まれて写真撮られちゃって」
「あったあった。ほんの3年前の事なんだよな……確かに言われてみれば懐かしいな。あの時はシーナもまだ純粋で普通の女の子だったのになぁ~」
「ムッそれはどういう意味ですか先輩!」
「だってお前、何時の頃だったか途中から急にファッションとかの事は全然言わなくなって完全にアニオタになっちゃってたじゃんか。何だっけ?今でも覚えてるぞ。確かあの時お前がはまったアニメってエヴァとヤマトとレインと……そうだ!一番はまってたのが這いよれ――」
「わわわ!こんな公衆の面前でそんな事言わないで下さい!それに私がアニメにはまっちゃったのは完全に先輩の責任じゃないですか!」
シーナが辺りをキョロキョロ見回しながら僕に恥ずかしそうに訴える。
周りの交通人は僕達の方はたまに見てもそのまま通り過ぎていく。
シーナとの会話は日本語で話している為、恐らく何を言っているのか分からないのであろう。
「あれ?そうだっけ?」
僕はわざとらしくとぼけた。
「もぅ!先輩ったら人をからかって」
「あーごめんごめん!ちょっとからかい過ぎたな。この通り」
僕は顔をニヤ付かせながら両手を合わせてシーナに頭を軽く下げた。
「まぁー良いですよ。それじゃあ、先を急ぎますよ!」
「あっおい待ってって!そんな急ぎ足になる事はないだろ。おーい!」
急に早足になったシーナに僕は引き離されまいと必死に後を追う。
こうして僕の異世界旅行の二日目は本格的に幕を開けたのだ。