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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
冬の宴
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 「…やはり易々とは影を踏ませませぬ」

 「いと高き人族国の列神の一柱たるお方です。こちらの『事情』もいくらかは確実に漏れているものとみなしておいたほうが良いでしょう」

 「王陛下のご不予の原因も、やはり乱れる辺縁領主の苛立ち……亜人の害を放置し続ける王家への『失望』が原因のひとつともいわれております。再三の出征要請を退けられて、辺土伯家も北辺鎮護に多大な出血を強いられ続けているとのこと。…束ねた北の神群を安著するために『禁忌』に手を伸ばす下地は十分に揃っております」

 「…おやめなさい。われわれは伯家の『罪』を暴くためにきているわけではありません。先の『預言』にも心惹かれますが、この地に潜む『異端』の根を見出し、『再教化』することこそが《僧会》の求めなのです」


 権僧都セルーガは、何事かをつぶやくようにして、その手のひらにほの青い炎を発した。

 随行の僧侶たちの幾人かも火を発し、ほとんど視界も利かない巨大な暗がりが払われた。一ノ宮前にある本奉納会場の景色に似たものがそこには安置されていた。

 北辺の雄、バルター辺土伯家の屋台骨を支える縁神たちがそこには祭られていた。

 一ノ宮の奥深く、本尊たる『バアルリトリガ』の墓所が、『身内』の神々に囲まれるようにしてそこにあった。墓石の奥に屹立する巨大な神像は、伯家が『バアルリトリガ』を崇拝の対象とすべく築いたものなのだろう。その左右にあるやや小さい脇侍の7体は、『北方の聖冠』に照応した神像であろうか。


 「…偉大な列神ではありましょうが、なんとも仰々しい」

 「巨像建立は初代ヤシャダラ王が、忠良たる神将たちに許された特権です。伯家に伝わる本尊『バアルリトリガ』はたしか《七聖天紋(セトセントス)》……はるか高みにおわします大神を、地を這う蟻のごときわれらが仰ぎ見ねばならないのは世の理」

 「…そのような暢気なことを申している場合ではありませぬぞ。権僧都」

 「もはや残された猶予は今宵のみ。ここひと月あまり、領内のめぼしい場所をしらみつぶしにしてまいりましたが、依然として重要な手がかりは…」

 「…調べ続けたことで、もはや『ここ』以外にはありえないということだけは分かったのです。それを知るための努力であったのだと思いましょう。…それにこの場所に足を踏み入れるには、法要の担い手たるわれわれの立ち入りを阻めぬ宴の前後、いまこのときしかなかったのですから」


 僧侶たちはセルーガの目配せを受けて、霊廟の中を散っていく。

 彼らが魔法の火を灯し歩いていくことで、神像の前にすでに献じられている供物の数々がちらりと姿を露わす。(たらい)に山盛りにした五穀(麦・黍・稗・南方高黍(コウリャン)・黒豆)や干し肉などの乾物は、前日からすでに供し終えられているようである。


 「…供物を移動するときはしかるべき神前作法を忘れぬように。常に伯家の監視の目があることを肝に銘じて、『前法要』の『清め払い』のていはけっして崩してはなりません。ここはまさに『辺土伯家の腹中』なのですから」


 セルーガはこの霊廟の中心である『バアルリトリガ』の墓石へと近付き、ひととおりの聖句を唱えたあと、そっとその表面に刻まれた文様に指を這わせた。

 土地神の神体たる墓石の大きさに、神格の高低は関係がないとされる。違いがあるのは、その表面に顕れている紋様の緻密さ……情報量の差に求めるべきであった。


 (神文にはやはり読み取れぬ乱れがわずかに顕れている……なにかの『禁忌』が犯されているのははっきりとしているのですが……息抜きであったとはいえ、たしかに『余所見』などしている場合ではなかったですね)


 セルーガは小さくため息をついた。

 辺土中の『加護持ち』たち……そのほとんどが一堂に会す伯家主催の『冬至の宴』。

 例年の通りに伯家の招聘に応える形で、《大僧院(マース)》は献月法要の導師を派した。権僧都セルーガを筆頭とした一団が辺土伯家の主邑、バルタヴィアを訪れたのはひと月ほど前のことであった。彼らは到着と同時に前乗りしていた数人の探究官たちを加え、その時間の許す限り精力的に広大な辺土伯家領内を調査して回った。伯家の支柱たる『北方の聖冠』7塞市やその他土地神の墓石のあるあまたの村々を回った。

 彼らのそうした活動は当然のことながら辺土伯の機嫌を大いに損ねることとなったが、国王の名で『真理探求』への協力要請も出されており、腹に含むものなどないことを証明するためにも伯家は進んでその調査に協力せざるを得なかった。

 伯家には内密であったが、権僧都セルーガには《僧会》の密命が下されていた。『真理探究』活動と平行して、彼らはまったく別の案件についても調査を進めていた。


 (…『禁忌』は国を滅ぼす)


 人族の国を巨大にした王神への信仰が宗教となり、神々のありように世界の根幹を見出そうとした求道の僧らが最初の僧房を築き、やがてそれが《人神(マヌ)教》の本山となる《大僧院(マース)》となった。 《大僧院》には学僧が蓄えてきた膨大な『知恵』が蓄積されてきた。人が神の座に至るための経験と試行錯誤が、神の高みに至るを得た人解(パーヴァール)僧をあまた輩出して、王侯でさえも無視しえぬ隠然たる力を彼らに与えた。


 (『禁忌』に触れてはならない。ましてやそれが愚か者の手であってはならない)


 権僧都セルーガは、おのれもまた『バアルリトリガ』の神文の解読に取り掛かるのだった。



 ***



 「…なるほど、あやつが惜しがるわけだ」


 呟きがカイの耳に届いた。

 白姫様の見せる怯えと、まっすぐにただ関心ある相手だけを見据える男の傲慢な眼差し。巨大な辺土伯領を継ぐべく育てられたに違いない公子であればこそ、おのれが未婚の姫の閨を侵していることへの恐れは見えない。


 「もそっと、顔を見せよ。モロクの姫よ」


 さらに遠慮なく手を伸ばして、アドルは白姫様に思い切りよく跳ね除けられた。白姫様とて、されるがままになるような気弱なばかりの女性ではないのだ。

 隈取を顕した白姫様に、アドルは驚いたような顔を見せたものの浮かべた笑みを深くさせただけだった。

 カイが部屋の中を見渡せば、壁の一部になにやら隠し戸のような隙間が現れている。辺土伯家が住まう館には、外聞を憚るような秘密の抜け道がいろいろとあるのだろう。その『隠し通路』でやってこられては、さすがに止めようもなかった。

 もう一度、白姫様の手が振るわれた。

 それは完全にアドルの無防備にさらけ出された頬を狙ったものだったが、あっさりと細い手首を掴み取られ、返って引き寄せられる羽目となった。


 「辺土育ちの女はこのぐらいでなくてはな。後はもう少し腰骨がしっかりとしていれば子もたくさん生めよう」

 「は、離して!」

 「…気も強い。オレがどのような人間なのか察しておろうに、本気でぶちにきたな。はは、よいぞ、それでこそ『鉄の牡牛(トール)』の娘よ」

 「……!」


 『加護持ち』としての力を顕した白姫様を、こともなげにひねり上げているあたり、それなりの力をアドルも備えているのだろう。その顔にもゆっくりと隈取が浮かび上がった。

 おそらくは《五齢》ほどであろうか。辺土にあまたいる『加護持ち』の中でも頭ひとつ抜けた強い神を宿しているのだろう。

 抵抗を諦めていない白姫様が傍まできていたカイの姿を見、力を強めた目で助勢を促してくる。明らかに辺土伯家の関係者である貴公子を相手に、まったくひるむことなく痛い目をみさせる覚悟のようだ。まったくもって『加護持ち』らしい、小気味のよい姫様だなとカイは思った。

 カイはすばやくアドルの背後へと回り込みつつ、そこにあった朱塗りの椅子を牽制に思い切り投げつけて、自らも低い姿勢から飛び掛る。片足の脛を抱え込んで、回転するように相手の身体を巻き込むと、おかしなくらいにあっけなくアドルの体勢が崩れた。


 「下郎が!」


 偉そうな叫び声がよろめくアドルから漏れたが、カイにはそんなもの聞く気もない。何とか耐えようと『加護持ち』の剛力を発揮するアドルの足に、カイもまた剛力を発揮して足を抱えたまま持ち上げる。いかに足そのものが潜在能力を高めようと、地面への接地はアドル自身の体重によってのみ行われている。

持ち上げたままの勢いで、空中へとアドルを放り上げる。

 むろんカイの怪力によって投げ出されたのだから、相手のほうはたまらない。

 アドルは背中から部屋の壁に叩き付けられて、組み木細工でしかなかった薄い仕切りを粉々に砕いて隣室へと消えていく。


 「アドル様ッ」


 驚愕したような悲鳴と、無責任にはやし立てる声が同時に起こった。こちらを指差してヨンナが歯を見せてげらげら笑っている。

 主家の姫から怪しげな人物を遠ざけて、ようやく背を伸ばして立ったカイ。

 隣室へと投げ飛ばされたアドルが木片を踏みながらゆらりと立ち上がるのを注視している。

 第1公子アドル。

 第1がアドルで、白姫様の婚約相手が第6と言うことになるのだろうか。つまりは他に2から5までの4人の男子が辺土伯家にはいるわけで、モロク家もそうだが盛家である辺土伯家も相応に子沢山な感じなのだろう。

 こんな軽率な行動を取るやつが、長子であるというだけで巨大な辺土伯家の跡継ぎとなるという理屈は、カイには受け入れかねた。まあなんにせよ、跡継ぎだろうが冷や飯食いだろうが、あの辺土伯様の大事な息子であることに代わりはない。

 辺土伯様の怒りを買って、ご当主(ヴェジン)様は果たして何と言うだろうか。

 カイはご当主様の示した独特の価値観について思い出して、そうなったらなったであっさりと腹をくくってしまわれるのではないかとも思った。


 (こいつをしこたま殴ってから、帰ろう)


 もしもそれでご当主様がどうしてもカイを罰しようと言われるのであれば、そのときはもう決意して袂を分かたねばならなくなるだろう。いずれはやってくるであろう事態なので、覚悟は常にあった。

 カイもまた、しごくあっさりとその成り行きを受け入れてしまったのであった。


夏バテがひどい…。

なにかずっとうにょうにょ書き続けていたような気がします。


『神統記』2巻発売日が迫ってまいりました(^^)

よろしくお願い申し上げます。

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