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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
冬の宴
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 ここに来てようやく、カイはおのれの迂闊さに気付かされていた。


 (…オレが、噂になってる?!)


 なぜか目の前の大男だけでなく、その後ろに『順番待ち』している肉達磨たちや、その他の観衆たちまでもカイを指差し『例の荷物持ちだ』と盛んに噂し合っている。

 むろんそのように妙な注目を集めてしまった原因みたいな出来事には記憶があった。ただおのれの食事を手早く確保するために、喧嘩を始めたバカふたりを仲裁した昨晩のことであろうと思う。

 もちろん名乗りもしていないし、それまで一面識もなかった相手にいきなり顔を覚えられるなどとは毛ほどにも思ってはいなかった。ただでさえ初めて訪れる州城の雰囲気に飲まれていたカイである。いっぱいいっぱいであるおのれの状況が、ここに滞在するすべての人間に共有されていると思い込んでいた世間知らずさが、脇の甘さに気付かせなかった。

 このように栄えた州都でさえ、外敵から民を守る力ともなる個々人の『武威』を嘉する、辺土の民らが暮らす一都市に過ぎないのだと、手遅れになってからようやく理解したカイである。

 そしてさらに悪いことに、別の気配にも気付いてしまった。


 (…見られている)


 何者かが『霊力』を扱っていることを察知する。

 観衆となっている者たちのほとんどは『加護持ち』であろう。時に戦い、飽いては観衆に回る……そんな血の気の多そうなのが2、30は居並んでいる。

 そして臨戦態勢の大男と、その後ろの『順番待ち』の連中も、むろん『加護持ち』ばかり。それだけの力ある者たちが集っているのだ、白姫(ジョゼ)様が言っていた『御使い』、いわゆる『魔法使い』がその中に紛れていてもなんらおかしくはなかった。

 一度目を閉じ、そして開く。

 そこには霊光に彩られた世界が広がっていた。


 (…やつか)


 監視者の正体が判然とする。順番待ちの肉達磨たちのさらに奥、三ノ宮の裏口近くに居並んでいる、先ほど通りすがりに見た坊さんたちの一団……その中心にいる錫丈を持ったいかにもな高僧だった。

 真理探究官。その言葉がすぐに頭に浮かんだ。

 新たに見出された土地神……人族の王国がその屋台骨を担うことを期待してしまうほどの強力な御柱を探している、《僧会》派遣の高僧たち。それらがここ、辺土最大の町に来ているのはある意味当然のことであったろう。しかもいまは『冬至の宴』の期間である。もしかしたら彼らは何らかの祭祀を担うために辺土伯家からの招請でこの場にいるのかもしれなかった。

 その高僧の、頭巾から唯一露出している細い眼が、カイを食い入るように見つめている。その立ち姿から夕日のごとく朱に染まった霊光が立ち上る。その糸のように細められた双眸に光が宿り、『目』に関わる術が行使されているのが分かる。

 おのれのみているこの世界を、やつも見ている。

 おのれの身からあふれ出している青い霊光も見られているに違いない。


 (…こうして見比べられると、やっぱ多いのか)


 周りに数十の『加護持ち』が居並んでいるために、カイは容易におのれの在り方を客観視することができた。『加護持ち』はそれぞれに強い霊光を帯びているのだが、その力が純粋に身体能力の向上に注がれているためか、衣服から露出した肉の身体が薄く光を含み、代わりに光の放射量が減っている。

 神格が上がるほどに供給される霊力も増えるため、強い力を秘めた者ほど身体が輝いて見える。『隈取』を見ずしてそれがわかるというのは、ある意味有利なのか。

 そういう意味合いでは、魔法使い……『御技使い』とかいう魔法を得意とする者たちもざっと判別が可能なようである。魔法運用に必要な霊力の余剰分を常に抱えねばならないので、霊光を強めに帯びているのだ。


 (…オレもそう見えるか)


 谷の神様のおかげで潤沢な霊力を浴しているため、カイは常に魔法運用できる余力を残している。ゆえに昨晩の『加護持ち』ふたりを仲裁に入るなどしたときに、瞬間的な身体能力向上にもそれを転用できるのだ。

 『無紋』の状態でカイが無双を発揮できる秘密がこれであった。加護の活性化を封印した状態で、その霊力の『余剰分』を身体に再循環させて怪力を得ていたのだ。慣れとは恐ろしいもので、正体を隠そうとする不断の努力が余剰霊力の再配分という面倒な手間を、無意識に行えるまでになっていた。

 が、その再配分は無意識下で行われているがために、必要が生じねばスイッチが切れた状態となる。

 いまはもう危険な敵が迫っていると認識したことで、そのスイッチが入ったのだろう。おのれから溢れていた霊光がすうっと弱まっていった。


 (…ともかく、この場から逃げる)


 谷の神様の力を見出したことで、あの真理探究官はカイを殺そうとした。ここにいる坊さんたちも同じでないとは、とてもではないが言い切れない。

 『草試合』というやつのルールは知らない。名乗りを上げるととにかくやり合わねばならないというような空気はあるものの、見届け人がいるわけでもなし、ひたすら好きなように殴り合っているだけの場なのだろうと思う。

 ならば無視しても委細なし。

 周囲を素早く見回したカイに、逃げられると直感したのだろう大男……ガンド・ヨンナが隈取を顕して一気に掴みかかって来る。

 カイはおのれのなかに再循環させた余剰霊力を、これまでになく意識して操作する。見られているという恐れが、カイの奔放な挙動を阻害した。


 (…足)


 魔法を操作するときのように意識を振り向ければ、霊力はそのように動く。

 『神石』から溢れてくる神の恩寵は、憑代の願望を実現させるために与えられる不思議な『燃料』のようなものである。願望すれば、それはすぐにかなえられる。

 素早く動くことに意識を向けたカイは霊力を足に集め、脱兎のごとく会場を飛び出そうとした。『余剰分』だけで強化しているカイは、実のところ総出力では目の前の《三齢(トレス)》たるガンド・ヨンナには及んでいない。が、肉弾戦の必要箇所に霊力を偏重運用することで上回る結果を得ていた。

 このときは脚力に関してはカイが明らかに上回っていた。しかし『跳ぶ』ことに純粋に費やされた力であったために、掴まれてしまえば同じことであった。

 寸前でカイの足首を捕らえたガンド・ヨンナは、足場を失い力を発揮しようもなくなったカイをそのまま石畳の地面に叩きつけた。危険な浮遊感に襲われた瞬間にカイは全霊力を激突面になる背面と後頭部に振り向けた。


 (がはっ…!)


 痛みはこなかったが、代わりに肺の空気が全部吐き出された。

 そして弾むおのれの身体が宙を舞う。その一瞬後に再び地面に叩きつけられる。今度はさすがに痛みを感じた。肺を踏み潰されたような圧搾感が胸全体に広がった。

 再び身体が宙に浮かんだが、三度目はこなかった。盛大に喀血したおのれの血の花が周囲に飛び散っていた。

 めちゃくちゃであったが、『加護持ち』同士の戦いというのは、お互いが頑丈すぎるがために基本なんでもありなのだ。

 雪のちらつく冬の曇天を見上げつつ、おのれが何をやっているのか少しの間分からなくなって、ややしてこちらを勝ち誇ったように見下ろしてくる大男を視界にとらえて、激烈な怒りに身を焼かれた。


 (何たる無様!)


 谷の神様が吐き捨てた。

 そして全力でこの敵をねじ伏せろと怒り狂った。

 肺が潰れた痛みは、すぐに熱感となった。すさまじい速さで肺の臓腑が修復し始めているのだろうと感じる。呼吸が回復するまでは窒息感を堪能せねばならない。

 このまま気絶した振りをして『負け』を演じるか。

 そのような計算が頭をもたげたが、それはすぐに諦める。ガンド・ヨンナがぐったりとするカイに情け容赦ない追い討ちを掛けようとしていたのだ。


 「本気を出すがええ!」


 訛りのある大男の叫びと、迫ってくる巨大な靴の裏。

 踏み潰し攻撃(・・・・・・)がカイの内臓をさらに破壊しようと迫っていた。それを身体を転がすことですんでで交わす。

 ガンド・ヨンナが踏みつけた石畳が、粉砕した。

 こいつ、殺す気か!?

 肺の修復を待つための時間は、自助努力で何とかせねばならないようだった。相手の本気に触れて、谷の神様が好戦的に吠え立てる。


 (殺せ! やつを殺せ!)


 いや、殺すのはまずいだろ、神様。

 転がりつつも何とか起き上がったカイに、ガンド・ヨンナが突進する。

 このイノシシ野郎に対抗するには何が必要だろうか。胡散臭い坊さんが見ている前で全力を出すわけにはいかない。

 カイはわずかに位置を変えつつこちらを凝視している坊さんの死角……大男の身体という影へと身を潜めた。その目から逃れた数瞬の間に『治癒魔法』をおのれの肺に向って掛け続ける。

 カイは呼吸を回復しながらもめまぐるしく思案していた。

 ここはどうするべきだ?

 逃げるのか、それとも勝つのか。

 勝ったとしたら、その後おのれはどうなるのだ。


 (ご当主様は、多少はそのつもりで連れてきたはずだ)


 ならば少しばかり勝つのは問題ない。そうして頃合で負けて見せればいい。

 このイノシシ野郎はむかつくからぶっ飛ばす。その後は適当に流してどこかでやられた振りをする。よしそうしよう。

 坊さんもまだオレの霊光をちらりと見ただけで、怪しんでいるだけだと期待する。

 そうして、心が定まった。

 カイはただまっすぐに、拳を繰り出していた。


更新再開します。

今月いっぱいはいろいろとありますので、更新はかなりゆっくり目になると思います。


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― 新着の感想 ―
あいかわらず血の気が多い谷の神…笑
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