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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
冬の宴
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 辺土の広さが、北方の冬の気候の厳しさが、招待客たちの到着を避けがたく遅延させる。早い者は1旬巡も前から、遅れる者は宴の当日にまでずれ込むことがある。

 その足並みをそろえるための待機期間もまた、『冬至の宴』という祭祀の重要な一部をなしており、先着者たちによる盛んな交流(・・・・・)が行われるのが通例だった。

 辺土中の『加護持ち』が一堂に会すのだ。尚武の気風の強い辺土で、戦いそのもの(・・・・・・)を献じようと言い出した血気盛んな先人たちがいたのは、むべなるかなと言うほかはなかった。

 そうした手合わせを、辺土領主たちは『奉納試合』と称する。

 主催者である辺土伯家により管理される正式手合いを『本奉納』と言い、こちらは決められた手続きを踏んだ後に、指定の場所で行われることになるのだが、そんなまどろっこしさを嫌う者たちは個々人で勝手にこぶしの語らいを物陰で行うこととなる。そちらは『裏奉納』、あるいは『草試合』などと称される。

 見物人たちも荒っぽく行われるそうしだ『草試合』を基本好んだが、宴も間近になって中央からの貴賓などが姿を見せ始めると、『本奉納』の取り組みに多くが集まるようになる。

 宴の前日ともなれば、奉納の舞台となる一ノ宮前の広場は相当な人出となった。


 「…今年も血の気の多いのは、まだ『草試合』で暴れとるみたいだぞ」

 「…若いやつは元気すぎて付き合い切れん。わしらは『本戦』のみで十分よ」

 「…『牡牛(トール)』め、最後の最後に転がり込んできたかと思えば、えらく人気ではないか。見てみろ、あの札の数」


 見物の領主の一人が、指差した。

 一ノ宮前の広場には、ここを最前線として人族が辺土を飲み込んでいった歴史的経緯から、辺土二百余柱の討伐した土地神を『地蔵』のような石像として祭っている。

 一列三十数体が城館入口両翼に3段に並び、それらには当然のことながら神々の名がすべて記されている。『本奉納』での戦いを求める者たちは、おのれの名を書いた札を望む相手の石蔵の首に掛けて、挑戦を表明する。

 見れば人気は一目瞭然で、木札を大量に掛けられた石像がいくつかあり、そのひとつにはラグ村領主、モロク・ヴェジンの加護神たる『ラグダラトウカ』もあった。

 一千の亜人の大攻勢を押し返したラグ村の噂は、そのまま領主の武勇に対する評価となって広く辺土に広まっていたのだ。もともと『鉄の牡牛(トール)』としてその武辺を知られていたモロク・ヴェジンであったからこそ、その強さが勝利の大きな原因であったに違いないと多くの領主貴族たちから踏まれたのだ。

 むろん、これらの木札すべてが手合わせの権利を得られるわけではない。当人が特に望まなければ対戦できるのはたったひとりであり、『本奉納』はゆえに荒っぽい手合わせというふうではなく、貴賓らも観覧する格式ある神事としての体裁が強調される。

 対戦相手の選択権は形として被挑戦者側にあったが、相手など誰でも構わないと立会いの儀典官に選択をゆだねるのが善しとされている。

 今日はもう宴の前日である。むろんのことながら手合いを日〆で取り決める『本奉納』は最終日であった。


 「…『牡牛(トール)』以外に、大手合いは2、3番か」

 「…昨日までに先着組はあらかた取り組みが済んでしまったからな。そんなものだろう」

 「荒っぽいのが見たいのなら、若造の入り乱れとる『草試合』に行け。三ノ宮の裏がまだそれなりに盛り上がっておったぞ」

 「…あそこは下手に顔を出すと挑まれて鬱陶しいだろ。もうおなかは一杯だ」

 「若造なぞ、少しなでてやればおとなしゅうなるわ」

 「…ふん、余裕ぶりおって」

 「…お、『首刈り』のバハールだ」

 「首刈りか」

 「やつも『票』読みに来たな」


 おのれの加護神に木札が集まるほど名誉とされる。

 物見の領主貴族たちの中には、少なからずおのれの『本奉納』の可能性を踏んで、この場に待機しているのもいただろう。


 「…ほかにもいくつか札の多い(・・・・)のもあるようだが」

 「…こそりとも名前も聞かない神に、由もなく札が集まるものかよ。どうせ仕込みの『箔付け』試合だろう。最終日は辺土伯様ご自身がご覧になられるかもしれんし、金で札を買って子供の名でも売ろうとしているんじゃないのか」

 「つまらん、『仕込奉納(クワーケ)』は禁止だろ」


 『本奉納』が名誉と考えられているために、それを我が子や縁者に与えようとする有力者が、縁者の領主などと語らって『仕込み』をする場合などもあるのだ。


 「お、儀典どもが札を回収し始めたぞ」

 「これで取り組みが確定か」

 「あの数、モロク侯がトリだな」


 先人たちが屠り食った辺土二百余柱が祭られるこの広場が、同時に『本奉納』の会場ともなる。

 儀典官たちが札を確認し、挑戦者の集まり具合から奉納に足ると判断した取り組みが確定されていく。そしてそのうちに儀典官たちが幾人か走り出した。

 挑戦を受けて立つ『加護持ち』を呼び出すためだ。

 様子見していた者たちが、ぞろぞろと場所取りを始める。城館側は立ち並ぶ神々の神前となるので、立つことを禁じられている。領主貴族たちは左右両側の城壁のたもとが主な観戦場所となる。

 城館入口の上部テラスに幾人か出てきて、椅子を並べ始めた。辺土伯をはじめとした高位貴族や、中央から招いた賓客たちが観戦する席である。雪避けの傘の花が次々に開きだした。

 『本奉納試合』最終日の始まりだった。




 その頃三ノ宮のモロク家では、慌しい準備が進められていた。

 多数の挑戦者を集めたモロク・ヴェジンの『本奉納』に向けた準備かと思えば実はそうではない。そこにヴェジンの姿はなかった。


 「…お兄様、なんだか服がぼろぼろ」

 「…む、そうか」

 「男はほんとうに荒っぽいことばかり……それになんだか、『汗臭い』です」

 「少し『草試合』をしてきた。…臭うか?」


 小袖を鼻に近づけて、おのれの臭いを嗅いでいるオルハに、白姫(ジョゼ)様が軽く噴出したように笑った。髪を梳かせていた側仕えの女が、動かないでくださいと小さく非難の声を上げる。


 「…ごめんなさい」

 「大切なおぐしを傷めないよう、おとなしくしておいでくださいまし」


 オルハがその様子に肩をすくめて、カイが控えている衣装部屋のほうへと避難してくる。いまモロク家が寝泊りしている部屋で、女臭くない部屋などこの小部屋とカイの寝起きする物置しかなかった。

 『宴』本番を明日に控え、辺土伯家から側仕えの女たちが今朝になって大勢寄越されたのだ。むろんそれらは白姫(ジョゼ)様の婚約話が水面下で動いているからで、辺土伯の第6子、アーシェナ・バルターとの顔合わせも宴前の今夜に予定されているという。

 衣装の貸し出しなども打診されたが、白姫様は村の女たちが一生懸命しつらえた持込の晴れ着だけでいいとして、その誘いは断ってしまった。なのでいま彼女がされているのは、ひたすら自身の身体を磨き上げること……午前中一杯を使った湯浴みから戻った白姫様は全身からえもいわれぬ花の香りを漂わせながら、いまは椅子に座って髪結に頭の毛を好きなようにいじらせているといった按配だった。

 本当にどれだけの時間をそんなことに費やすのかと呆れてしまうほどの厚遇であった。


 「おい、殻つき。湯と拭き布を貰ってこい」


 臭いを指摘されて気にしたのだろう、オルハからそう命じられて、カイは飛び上がるように背を伸ばし、やる気をみなぎらせて部屋を出た。

 州城逗留中、荷物持ちを自認するカイには本当にやることがなかったのだ。

 村の城館で側仕えしている女たちの姿を知っているので、カイはともかくモロク家の人々にお仕えせねばとむやみに気を張り、部屋に待機しっぱなしで鬱屈としていたのである。

 ご当主様は午前中早々に辺土伯様に呼び出されてその後もずっと不在である。親同士、婚約に絡んでいろいろと難しい話が続いているのだろう。

 部屋を出る理由を貰って、カイは足取りも軽く厨房へと向かった。

 むろん城でお湯を貰うには厨房に行くしかないわけで、ついでにいろいろと腹に入れようとカイは皮算用もしていた。カイのなかで州城の厨房とは、好き勝手に注文してどれだけ食べてもけっして怒られない夢の場所となっている。


 (オレもオルハ様と一緒にやってみたかったな)


 州都にきて初めて知った事実があった。

 カイから見て同じ『加護持ち』であるモロク家の3人であったが、当主であるヴェジンと、その子供ふたりに間には明確な扱いの差があったのだ。

 かつて人族の王が辺土を平らげ、その折に忠良な家臣らに下賜した土地神二百余柱には、祭られる『神像』があり、『直系神群』と呼ばれていること、オルハや白姫様のような後に見出され眷属化した『傍系神群』は、『加護持ち』として遇されはするものの、ここ州城での扱いは『直系』よりも確実に落ちる。

 オルハが参加していた三ノ宮裏で行われていたという『草試合』にも、実績のない継承して間もない新米領主か、無位無官の不遇な『加護持ち』たち……いわゆる『傍系』が多く集まっていたようである。


 (谷の神様も、ここではその『傍系』か)


 カイは結局関わることがなかったものの、『なりかけ』であるおのれも広義にはその『傍系』に含まれているのだという事実を知った。

 『草試合』実際に観戦したわけではなかったが、建物の中で重い怪我を負った者が運ばれていく様や、酒を浴びるように飲んでくだを巻くうらぶれた者たちを多く見かけたことで、一緒にするなとは思いつつ複雑な気持ちになったのはたしかである。

 厨房でお湯を張ったたらいと拭き布を要望し、それが準備されるまでのあいだ腹ごしらえしようと作り置きの白パンにかぶりついていたカイであったが、その背中に声を掛けた者があった。


 「…やっと見つけたぞ」


 振り返ったカイの目に、見覚えのある大男の姿が映った。

 ガンド・ヨンナ。

 辺土西端に近いガンド村の若き領主だった。


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