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5/19 反応を考慮しつつ修正いたしました。
『冬至の宴』。
それは辺土を束ねる辺土伯家主催の、寄り親と寄り子たちの紐帯の強さを確かめ合うための年中行事である。
人族がその膨張期に他種族を駆逐して獲得した北方の広大な領土は、その広さだけをとってももはや一個の国と呼んで差し支えない大きさがある。年を追うごとに数が減り、退潮の色を濃くしている人族の領地経営ははっきりと厳しさを増している。緊密な連携なくして亜人種の攻勢をしのぎ難くなっている辺土の小領主たちにとって、辺土二百余柱が一堂に会す『冬至の宴』は、新たなる年を生き抜くための連携相手を見定める貴重な場ともなっていた。
試しの門を潜り抜けたところからその人物は『加護持ち』としての実力を測られ、見込まれた者の周囲にはさっそくとばかりに繋がりを求める領主たちが集まってくる。
《四齢神紋》である『鉄の牡牛』を中心とするモロク家の小集団は、最終日に同道した小領主らを始めとした者たちにさっそく取り囲まれ、ついひと月前ほどの村落防衛戦での戦勝をしつこく誉めそやされていた。すでにその噂は辺土中に広がっているらしい。
試しの門を難なく潜った当主ヴェジンはもとより、長子オルハも《低齢》ながら独力で門を通過し、さらには荷物持ちの従僕までが門を動かしたことで、単村領主家としては破格の『戦力』を持っていることも自ら証明してしまった。
しかも今年に限っては、モロク家には人々の耳目を集めずにはおかないもうひとつの『目玉』があった。
「…ほほう、これがあの噂に高い」
「雪のように白い肌が美しい」
「これは着飾ったところが楽しみな娘御でありますな!」
辺土社交界でにわかに噂されるようになった白銀の髪の美姫、当世一等とまで評されることとなった白姫の存在であった。まだ旅装を解いていないので頭にフードを被ったままなのだが、それでもちらちらと見える白いかんばせが、招待客の大多数を占めるむさい男たちには輝いて見えるらしい。
男の目を引いたことを喜ぶ女は多かろうが、どうも白姫様はそうではないふうで、フードを引き寄せて顔を隠していた。
むろん州都に入ったとはいえまだ屋根の下にいるわけでもなく、吹雪く小雪の中での一幕である。重い荷物を背負わされ続けているカイにしてみたら、群るやつらなどお構いなしにさっさと目的の場所に行ってくれと文句が言いたいところであった。
新参の者でない限り、州都到着時になにをせねばならないのか分からないという者はいない。ご当主様は話しかけてくる手合いに適当に合わせつつ、正門から続く州都の目抜き通りを歩いていく。
降りしきる雪に通りの人通りは少ないものの、『冬至の宴』の祭り気分を当て込んだ露店が立ち並んでおり、暖かそうな湯気を上げている店もちらほらあった。駆けつけ一杯というのではないだろうが、ご当主様がそんな湯気を上げている露店に近づき、皆にカップを出すように言った。日常使いの道具であるか ら、カップはそれぞれがすぐに取り出せるように懐などに入れてあった。
「4杯くれ」
「黃油入れますか」
「ああ、生姜も多めにな」
薄茶色をした温かい液体が注ぎ口の長い薬缶で注がれて、それが各人に配られた。両手で銅打ちのカップを包み込むと、冷え切っていた指先に熱が戻った。
匂いを嗅いで、それが『茶』であることにカイは気付いた。辺土で茶といえばたいてい野草を煎じたものであり、これはそれとは別の、国の南のほうでしか取れないいわゆる本当の茶であった。
むろんカイは口にするのは初めてである。
(『ミルクティ』か…)
そのものは知らないはずなのに、言葉だけはつらつらと出てくる。その糖蜜をふんだんに使ったえもいわれぬ甘さがまた滋味となって五臓に染み渡っていく。黃油とは『バター』のことらしい。
ご当主様が一服を入れたので、集まっていたほかの小領主たちもなんとなく同じように『茶』を購った。なんとも不思議ら光景となったが、この寒い時期に露店で茶を飲むというのは州都ではありふれた風景であるらしい。
小金を持っている『招待客』らが足を止めたことで、まわりの露店主たちが盛んに売り込みを開始する。ご当主様はひき肉の餡が入った大き目の饅頭も購った。それを放られて、受け取ったカイは空腹に負けてすぐにかぶりついた。
味付けのしっかりしたその肉饅頭は、かつてないほどにおいしい食べ物だった。
(『おにぎり』に匹敵する)
咀嚼しながら、カイはご満悦であった。ご当主はその食べ終わりも待たずに歩き出す。白姫様など『茶』の温かさだけでとろけてしまいそうになっているのに、なんともせっかちなことであった。
「あれが州城よ」
生憎の天候で見通しがすこぶる悪いものの、盛大に焚かれている炬火によってその全景がかろうじて見える。
州都を守る外縁の壁よりもずいぶんと古めかしい、もうひとつの城壁が街の景色をそこで切り取ってしまっていた。その奥には小高い岩がちの丘があり、その稜線に沿って造られたいくつかの城塞が回廊によってつながれている姿が見える。その頂にある最も巨大な建物はまさに『要塞』といった感じで、さらにもう一重の物見の塔を連ねたような城壁に囲まれ、四角張った石造りの城館が街を睥睨していた。
州城の門前には大勢の門番が立ち並び、来客を迎えていた。
「ラグ村領主、モロク・ヴェジンである!」
ご当主様の名乗りで門番たちが威儀を正す。懐から取り出した書状が隊長格らしきひとりに確認され、「モロク侯、おなりである!」と宣言を受ける形で一同が城内へと招じ入れられる。何も言わずに門番のひとりが案内に立った。
「今年も三ノ宮か」
ご当主様の問いに、案内の兵士が申し訳なさそうに首肯した。
「すでに先着のお客様方で居室は埋まってしまっております。先着順が決まりですので」
「せめて二ノ宮に泊まってみたいものよな。ラグから州都は遠すぎる」
「近隣の方々が二ノ宮を常宿とされてしまうのも昔からですので」
『冬至の宴』の招待客は、滞在期間中の世話を辺土伯家がすべて引き受けているようである。家格に応じて待遇を変えるのではなく完全先着制を取っているあたり、自主独立が当たり前の辺土領主たちが基本『対等』であることの証でもあった。
頂の一番大きい城館が『一ノ宮』、中腹にあるのが『二ノ宮』、そしてその下が『三ノ宮』ということなのだろう。たしかに宴の会場に行くのに距離があってめんどくさそうである。何より何とかと煙は高いところに昇りたがるから、『二ノ宮』投宿に自尊心をくすぐられる手合いも多いだろう。
ラグ村は遠地であるため、『三ノ宮』がいつものことであるらしい。
「…モロク侯、後ほど!」
「お誘いに行きますゆえ!」
いっしょに来ていたほかの小領主たちが後ろから声をかけてくる。大人気である。
そうして案内された『三ノ宮』の部屋は、すでに3階が埋まってしまっていたため、2階のひと部屋となった。その2階も危うく空き部屋がなくなるところで、オルハが「1階でなくて何よりです」と安心のため息をついたぐらいだった。どうも地階となる1階は、冬場の冷気が床から上ってくるとかで、相当に底冷えするのだという。
この州城のなかにある建物は、かつて国中から集められた『加護持ち』たちが暮らした『宿舎』であったようで、家族が普通に暮らせるぐらいに広く間取りも多めに取ってあった。一番大きな部屋にご当主様とオルハ様、二番目の部屋に白姫様、3番目の小部屋にお荷物様、入口脇の物置みたいなところがカイの部屋となった。
いじめとかではなく、荷物が多すぎて4番目の部屋では広げることもできなかったのだ。もともと兵舎で雑魚寝しているカイはその辺まったく気にもしていなかったのだが、白姫様に気を使われて、「狭いようだったらわたしの部屋で寝てもいいのよ」とのお声がけまでされてしまった。
むろんそんなことできるわけもないのだが。
『冬至の宴』が始まるのは2日後で、朝と晩の食事は用意できしだい各部屋に届けに上がると最後に伝えて、案内役は引き返していった。一同はとりあえず運び入れた荷物を広げ、衣服はしっかりと皺を伸ばして衣装掛けにつるしたりする。この『三ノ宮』という建物、普段はあまり使われていないらしく、宴を前にしてある程度は掃き清められているのだが、いかんせん細かいところまでは行き届いておらず、結局拭き掃除なんかもしなくてはならなかった。
近場の領主ならば側仕えもつれてきただろうに、モロク家は下っ端はカイのみである。白姫様が一緒にやってくれたとはいえ、全部拭き終わるのに2刻以上はかかってしまった。ご当主様とオルハ様は、事前のあいさつ回りがあるようで、部屋からすぐにいなくなってしまった。
「…州都までやってきて、お掃除とか変な感じね」
白姫様は笑っていたが、長旅の疲れも相当に溜まっていたのだろう。ちょっと横になるわねと寝床に横になるなり、すぐに寝息を立て始めた。
カイはその身体に毛布をかぶせながら、わずかながらに外が見える明り取りのガラス戸を見た。
外はもうすっかりと暗くなっていて、夜になっているのが分かった。
そうするとおなかがグーと鳴った。食事の準備が出来次第部屋に持ってくるといったのに、いっこうにその気配はない。
腹を空かせたまま待つ事しばし、もうそろそろ子供ならば夜更かしだと怒られそうな刻限になって、ご当主様とオルハ様が戻ってきた。わずかに酒の臭いを漂わせてふたりは、ベッドに身を投げて横になってしまった。
それを恨みがましく見ているカイに、ご当主様が何気に聞いてきた。
「夕食は届かなかったか」
こくりと頷くカイに、ご当主様はがははと笑って、
「領主貴族どもはみなわがままを言いまくるからな! 何も言わんところはすぐに忘れ去られる。厨房に行って何か食わせてもらってくるがいい」
「………」
どうやら方々から食事の指示が飛び交っているらしく、ご当主様たちはそうした私的な『酒宴』で食べてきたらしい。そういうこともあるので、州城に入る前に茶と肉饅頭をあてがったのだそうだ。
あれはそういう意味だったのか…。
カイは無言で立ち上がると、寝息が起こり始めた部屋を後にした。
厨房というのはたいていどこでも火や水を使うことから、地面のある階に造られる。そこここの部屋で騒がしい声が起こっているのを耳にしながら1階へと降りると、そこは使用人たちの戦場となっていた。その使用人たちが飛び出してくる口を目指して歩み寄ると、そこで予想外の『渋滞』にぶつかってしまった。
各領主たちが追加注文するために、側仕えたちを寄越していたのだ。鈴なりのそれら側仕えたちも、対応が遅いものだからかなり苛立ちを募らせている。
こりゃ遅くなるなと覚悟を決めたカイが、そっとその最後尾に並んだときだった。
「…おう、こっちだ! 先に寄越せ!」
ぬうっと大きな影が眼前に現れたかと思うと、並びをすっ飛ばして先頭に割り込んだのだ。むろん大勢から怒りの声が上がったが、その男が顔に隈取を浮かび上がらせてにらみ返すと、声の大半はあっという間になくなってしまった。
それに満足したように出来上がったものを奪い取ろうとした男であったが。
「みな待っている。並べ」
男の恫喝にひるまなかった者がひとりいた。
カイではない。最後尾に並んだばかりのカイにはほとんど実害もなかったのだから。
ににこと笑みを絶やさないその青年は、威嚇するように顔を近づけてきた『加護持ち』の大男を、いきなり裏拳で殴りつけたのだった!
辺土の様子が作者にも段々と浮き彫りになって来ました。
なるほど、そんなふうなのか。
感想よろしくおねがいします。