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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
鼎の守護者
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 小屋から出されるに際し、少女は目隠しをされた。

 帰りの道で谷の位置を覚えられないための処置だったのだが、その瞬間からの少女の全力の抵抗は数人がかりの小人族らが思わず悪態をつくほどに激しいものとなった。

 カイはややして思い出す。辺土では家畜をつぶすときに、『死』の恐怖を与えないように目を閉じさせることなどがあった。

 最初にひとこと言うべきであったのに、気付いたときには後の祭りであった。

 領主家の姫として肉体労働とは無縁に育ってきたのであろうに、たがの外れた怪力たるや、生半な小人族など束でかかっても跳ね飛ばすぐらいに強力だった。少女ひとりを制圧するのに、ポレック自らが手を下さねばならないほどだったといえば分かり易いか。

 そうして手を後ろ手に縛られ、きつく目隠しがなされると、少女は嫌だ、死にたくないと泣き叫び、カイの肩に担ぎ上げられたときにはついには失禁さえしてしまったのだった。

 何人かの小人族が、すっかりとびしょびしょになって湯気を立てているカイに着替えを促したが、それを手間と感じたカイはため息とともに首を振り、「先に済ませる」と動き出した。人ひとり抱えているというのに軽々と身を躍らせたカイは、暗い森のなかを風のように進んだ。

 何度も強烈な浮遊感に襲われたのだろう、少女はそのたびに小さく悲鳴を上げて、自由なままの足を暴れさせた。生暖かい小水は冬の風ですぐに氷の冷たさとなった。

 最初のうちは「助けて」だの、「食べないで」だのと命乞いが多かったものの、移動が半刻ほども続くとさすがに観念したのかぐったりとしてしまって、だらりと体重を預けてくるようになった。本当なら半分以下の時間で森を抜けられたカイであったが、方向を紛らわすために蜥蜴人(ラガート)族の沼地をぐるりと一周するようなコースを取ったためにそれだけの時間がかかったのだ。

 そうして森から抜け出て、目測の手掛かりのひとつとなってしまうバーニャ村が景色に入らぬ場所にまでやってきてから、ようやくのこと少女を肩から下ろし、その目隠しを取ってやったのだった。

 結局何をされるでなく目隠しを取られ、「帰れ」と、はっきりとした人族の言葉で声までかけられた少女は……亜人種について無知であったこともあり、カイの背格好が人と変わらないというだけで、自然と『人族』認定してしまったようだった。


 「行け。お前、もう自由」


 村の方角を指差して、立ち去ることを促すカイに対して、つかの間きょとんとしたあとにこちらをじろじろと見てきて、


 「あなた、もしかして助けてくれたの」


 と呆然とつぶやいたのだった。




 大事にしている変装用の服に、微妙な臭いが付いてしまったことを気にしているカイは、濡れた胸元あたりに鼻を近づけて確認をしている。その水濡れの正体がおのれの小水だと気付いて、少女……ラーナはばたばたと両手を振って、全力で抗議した。

 鈍感さを発揮して止めないカイに、しまいには足元の雪を丸めてぶつけてきたりした。おい、とたしなめようとしたカイの顔面に、もう一発がもろに決まった。


 「女のそういうのが好きなの? やだ!」

 「何でそうなる」


 危うく変態認定されそうになるのを否定して、カイは「くさい」とデリカシー成分の極薄な言葉を発して、また雪玉をぶつけられた。

 ラーナは立ち止まったまま動こうとしないカイを戸惑いつつ見て、その手が夜の雪原をまっすぐに指しているのを改めて知る。

 その指さす先を他人事のように見やってから、おのれがいま目の前の人物からなにを要求されているのかをようやく悟ったようだった。


 「…いや、無理でしょ」


 この夜の真っ暗な、それも雪に覆われた寒々しい大地を、行くあても定まらぬまま若い娘が一人で歩いて帰るなど普通に考えてありえない……ラーナはそのように主張して、必死に謎の男の情に訴えかけた。そして本人が割合に過大に評価しているおのれの『色気』を全力でアピールし始めたので、カイは目のやりどころ(・・・・・・・)に困ってしまった。

 アピールにしてもあまりに稚拙な見せ方をされたいろいろ(・・・・)であったが、普段なら鼻で笑いそうなそのしぐさも、いまはどうにもまずかった(・・・・・・・・・)

 広げた手で視線を遮りながら、うろたえたように顔をそらせているカイを見て、ラーナは妙な自信を深めてしまったようだった。こうやって家出騒動に巻き込んだ初心な男も常日頃弄んでいたのだろう。


 「…あなたはどこの村なの」

 「………」

 「わたしはラグ村なの。こう見えてもそこの領主の娘なのよ。お(ひい)さまなの」


 せっかく悪い者たちからここまで助け出してくれたのに、こんなところにほっぽり出していくなんて、もしかしたら自分という女を手に入れられるかもしれないのに大損するかもよ……そんなあけすけなアピールが続く。まあたしかに何も持たない貧しい村人なら、貴族の娘とお近づきになれるチャンスなどめったなことではないから、そういう手合いならけっして恩を売る機会を逃さなかったろう。が、カイはすでに伴侶と決めた相手もいるし、押しかけ女房的なふたりの少女までいる。お腹は満ちているのだ。

 ゆえに、よく分からぬままに色香に惑わされて……というようなことは本来ならばまず起こりえなかったに違いない。


 (…やばい。くらくらしてきた)


 しかしいまのカイは、絶賛少女ふたりが仕込んだ『薬』が効いてしまっている。いろいろと過剰に反応してしまうのだ。

 もたげてくる獣欲を振り払うのに忙しいカイの様子に、雰囲気を察したラーナが畳み掛ける。「そんなにわたし、魅力がないの?」とわざとらしくつぶやいて上目遣いする彼女の誘いに、ついにカイも口が滑ってしまう。


 「おまえ、きれい。分かる」

 「ほんと?」

 「…あ、ああ」

 「…えへへ、そうなんだ」


 手のひらでころがされているのが分かって業腹であっても、こうなっては男はなかなか逆らえない。そうしてついにカイは折れた。これ以上気持ちを弄ばれたくないというのが大きかった。

 「村まで送って」というラーナに、カイは無言でその身体を抱え上げ、荷物のように肩に乗せた。その乱暴な扱いにラーナが抗議するも、カイはさっさと駆け出した。

 駆けている間中、耳元で悲鳴を上げ続けていたラーナも、少しすると諦めたように無言になり、自分からカイに身を寄せてしがみつくようにした。途中からは抱き合うような格好になっていた。

 人肌のぬくもりと、女の柔らかさ、そして早鐘のように激しい胸の鼓動をカイは感じた。途中で何度も首もとを甘噛みされた。ただでさえ衝動を抑えかねて混乱しているのに、わけが分からなかった。

 そうしてほとんど時間を気にするゆとりもなく、ラグ村の姿が見える場所にまで到達したのだった。ラーナを下ろそうとして、しがみついて離れない彼女に困らされた。

 ようやくラーナをひとりで立たせて、「行け」と改めて言った。

 ラーナは村の方を一度ちらりと見ただけで、赤味を帯びた顔をカイに向け続ける。その眼差しには少し気圧されるほどの強さがあった。


 「父さまに会っていって」

 「いい。帰る」

 「お礼だってしてあげるから!」

 「いらない。それじゃあな」

 「待って!」


 しがみついてきたラーナは、どさくさにカイのつけている仮面を手で除けようとした。それをすんでで捕まえて、無情に突き放す。


 「わたしはいらないの!?」

 「…ッ!」


 振られてつい彼女を見てしまったのは、まだ獣欲が滾っていたからだ。すぐに目をそらしはしたものの、それだけでラーナはおのれの勝利を確信したように蟲惑的な笑みを浮かべた。


 「村にきて」

 「もういい、帰る」

 「やだ! 待ってったら! もうっ!」


 困った男だとでもいうようにため息をつかれて、カイもほんとうにどうでも良くなってくる。無視して踵を返そうとしたところで聞かれた。


 「どこの村なの」


 それはカイの所属する人族の村を聞いていたのだが、カイはおのれを小人族の戦士だと役作りしているので、ふつうに「ハチャル村だ」と答えた。


 「その村ってどこにあるの」

 「『谷』のそばだ」

 「…ふーん、そうなんだ」


 むろん両者のあいだにはすでにして誤解が生まれている。


 「あなた『加護持ち』でしょ? いいわ、『宴』に行かなくたって、釣り合う相手が見つかれば同じだし」

 「……?」

 「あなたガサツだけどそういうのも悪くないわ。いちおうお父さまに相談してあげる」

 「…………??」


 もう関心も失って、完全に背を向けたカイに、ラーナは雪玉をぶつけた。それでも振り返らないカイに、声音を強めた。


 「こっち見て!」


 これが最後だとばかりに、めんどくさそうにカイが振り返ると。


 「助けてくれてありがと! またね!」


 仮面越しの口付けがカイに送られたのだった。


更新を再開します。


『神統記』2巻については、大幅な加筆と新展開を用意しました。WEB版とは部分的に乖離し『悪神(ディアボ)』戦とかは完全に別物になる予定です。新キャラも登場したりします。

大変だった…


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― 新着の感想 ―
個人的にはラーナの展開が苦手です。話の動線と初心な設定なのだろうけれどカイの行動がやらせに感じるような展開で少し読み難い感じでした。カイの成長具合に期待しています。
甘噛み…。 しばらく接触しないように…。 この子は鋭いのかな?
[一言] 久々に読み返してるのですが ラーナってなんか文字だと可愛く思えますねw 何だかんだで憎めないというか
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