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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
鼎の守護者
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 灰猿人族の王神が帰依した。

 それが確実に成されたことを本当の意味で理解したのは、当事者であるツェンドルとカイのみであったろう。ポレックやニルンから帰依を得たときもそうだったが、『レベルアップ』に似た熱源がおのれの『神石』に生まれ、そこからじわじわと体中に染み渡っていく感覚があった。

 そしてそれが力ある『大神』のそれであったがためか、格段に大きい『熱』を感じた。カイは何か得体の知れない共感を覚えて、頭の毛を掴んで持ち上げていたツェンドルをあっさりと解放した。ツェンドルはツェンドルでやはり何か感じるものがあったようで、ひどい扱いをされていたにもかかわらず放された後もカイをじっと見つめ続け、カイの着る小人族の服に取りすがるようにして顔を埋めた。鼻水と涙が染み込んでくるようで、生理的な嫌悪感はあったものの『許されるべきこと』であると弁えたもうひとりのおのれになだめられて、カイは黙ってそれを受け入れた。

 『悪神(ディアボ)』に吸い取られて減っていた分以上に活力が増した気がして、それが錯覚でないことを谷の神様から告げられる。


 (帰依とは親と子の契りよ)


 自分よりもがたいが何倍も大きい灰猿人(マカク)が自分の『子』だといわれてもまったくピンとこないが、ひどく近いしものという感覚だけはカイのなかにたしかにあった。ツェンドルもきっと同じように感じているに違いない。

 『王』の臣従の立会人となってしまった灰猿人たちの反応はさまざまだった。

 ツェンドルの妹である『王もどき』はまるで一族の誇りが目の前で穢されたかのような不快さを露わにしている。その周りの戦士たちも、おのれたちが認めぬ王が他族に屈従を示していることに苛立って騒ぎ立てているが、カイはそれらに聞き耳を立てる価値さえ見出さなかった。

 ゼッダは種族的に明らかに劣るだろう小人(コロル)族が、灰猿人を圧倒する武威を示したことにひたすらに驚き、おのが種族の象徴たる王が膝をついて慈悲を請うているようなさまに、弱者であれば仕方がないという諦観のような苦さも覗かせている。

 そしてトルードは……この場にカイを連れてくることになった『大首領派』のネネム氏族の長は、想定外の出来事にただただ顔色を悪くし、誰に向ってなのかも分からない弁解を並べ立てている。

 集まってきた小人族たちはおのが主であるカイの晴れがましい姿に打ち震え、真剣に見つめている。ポレックはその中からカイのほうへと進み出て、『お仲間』となったツェンドルの白い背中に手を伸ばした。

 ポレックに触れられてちらりとそちらを見たツェンドルは、言わずもがなな理解を得たように左腕を伸ばしてポレックの肩を抱えるようにした。種族の垣根を越えた友愛だった。


 「われら、おまえになど、従う、ない」


 『王もどき』の宣言があった。


 「『最古の一族』、帰依、ない」


 灰猿人族の王族である『最古の一族』は、谷の神への帰依を拒否した。それに続いて、お付き戦士らからも宣言があった。


 「影衆7氏族、従う、ない。われら、『最古の一族』、宗主、従う」


 勝手にすればいい。

 カイは気にも留めなかった。『王もどき』に従うと決めたのなら好きにするがいいと思う。『空き』の多かろう土地神のひとつでも継がせて、紛い物の『王』でも戴いているがいい。

 『影衆』とかいう氏族が7つもあれば、それなりに勢力は示せるのだろうが、いままで『大族』として振舞ってきた灰猿人(マカク)族の威光は消え失せるだろう。

 エーメ氏族の長であるだろうゼッダも、そうせねばならないという使命を感じたのか、ずいぶんと迷ったように意思を表明した。


 「エーメは………もう少し、考える」


 考え中なら、無理にいわなくてもいいぞ。

 王墓を取り返すために主邑(ヘジュ)に集まった氏族は10を超えるらしい。その生き残りたちと相談したいとゼッダは言った。

 カイの横にツェンドルが立ち上がり、小人族らもカイを中心に集まった。すでに『悪神(ディアボ)』は討伐されていたから、終れば帰途に着く。当然の流れであったのだが。


 「…守護者様!」


 トルードとしてはそのままカイたちを帰してしまうわけにはいかないようだった。

 ささやかながら御礼の酒宴も開かせて欲しい、『大首領』のほうからもぜひともお礼申し上げたい。守護者様を呼んだのは自分たちであるのだから、その礼をせねばならないのも自分たちである。『大首領』とその神に連なる23の氏族は今後も守護者様を信奉いたし、末永くよい関係を保っていきたいとトルードは言った。

 23氏族か。たしかに種族の中で主流派となりうる大派閥であるようだ。仮にラグ村のようにひとつの氏族から100人の兵士が抽出できるのならば、先の村を襲った1000の軍勢も彼らならば集めることができたであろう。

 『大首領派』の勢力の大きさを耳にして、『王もどき』はトルードを憎々しげに睨みつけた。むろん灰猿人(マカク)族は大混乱のさなかにあり、その23氏族が本当にただまとまっているのかどうかは定かではない。ゼッダの言う10氏族がそれらと完全に別のグループなのかも分からず、重複してカウントしている可能性も無きにしも非ずだった。

 カイは腹を立てていたのでそのまま谷へと帰ってしまおうと思っていた。しかし谷の神様はトルードの提案に乗るべきだと言った。どうやら亜人種族との付き合い方をよく知らないカイに、経験を積む場を逃すなということらしい。

 そのとき不謹慎にも、カイのおなかがぐうと鳴った。灰猿人たちの死体が散らばるこのむせるような腐臭の中で、よくぞ鳴ったものだと我がことながら思った。

 むろんトルードが酒宴を開かせて欲しいと願ったのは、明白な政治的意図……灰猿人族内における、今回の『悪神(ディアボ)』討伐に関しての功績の所在を明確にアピールする狙いもあったようである。守護者を見つけたのも、ここまで呼び寄せたのもウチだから、そこのところよく覚えておくように、という割り合いにいやらしい主張でもある。

 当然のことながら『悪神(ディアボ)』討伐の噂は広まるであろうし、その討伐者が『守護者』なのは当然のこと、種族の隅々まで伝わることであろう。その招聘に尽力したことを訴えることで、『悪神(ディアボ)』討伐の功績のいくばくかは『大首領派』のものになるだろう。求心力を失っている『守旧派』は目立った功績も示せず、いよいよ苦しい立場に追い込まれることになる。

 その危険性にようやく思い至ったらしい『王もどき』が、やや慌てたようにこっちでも宴を開く、守護者はこっちに来いとか言い始めたが、まあ普通ならば行くはずもない。


 「案内しろ」


 カイに促されて、ようやく生気を取り戻したトルードが、王城区画の出口に向って歩き出す。それについていくカイに袖にされてしまった『王もどき』が小さく舌打ちするのが聞こえた。

 カイはふとそこで立ち止まり、『王もどき』に歩み寄った。


 「…おまえ、悪い気、起こすなよ」

 「………」

 「『王墓』に、手を出す、許さない」


 新王ツェンドルをカイは連れて行く。

 それはツェンドルに土地を離れることを強制するに等しく、放棄された『王墓』は他者の悪意に無防備にさらされることになる。

 カイは指で『王もどき』を突くような格好で押して、見上げるように睨みつける。指を突いたときに女みたいな悲鳴を上げられたが、ピンときていないカイには何のことだか分からない。

 おっぱいでも触ったのか? あんまり(やわ)くなかったぞ。

 そうして近くに生えていた大きな石筍に腕を回して、ひと息にそれを折った。ほんとうに『たけのこ』みたいなその巨大な石筍を、『秘所』に続く小さな洞穴へと刺し込むように投げ込んだ。

 刺さったそれをカイはさらに蹴ってねじ込むと、また胸のあたりを押さえて後ずさっている『王もどき』に再度向き合って、「勝手、許さない」と念を押すように繰り返した。

 処置を終えてからようやく、カイはトルードの先導でその場を後にした。

 この区画は『大首領』に管理させたほうがよさそうだなと、カイがそんなことを頭にのぼせているときに、『王もどき』がその背中をじっと見つめていたのだが、むろん気付くことはなかった。




 芋と豆だけが大量に供された『酒宴』であったが、粗食に慣れたカイは特に不満を漏らすことなく腹一杯に食い、出されるままに蜂蜜とチチの実の香りのする酒を飲み、軽い酔いも手伝って大いによく喋った。加護による身体強化のせいか、カイはほとんどうわばみだった。

 灰猿人(マカク)族の口伝の歴史を古老が語り、種族の自慢らしい過去の英雄たちの列伝を仲の良くなった『加護持ち』らに何度も繰り返し聞かされた。

 『悪神(ディアボ)』が倒され病状が回復した『大首領』もカイと同じ酒壺から酒を酌み合う仲となり、種族の内部にある勢力関係なども隠すことなく教えられた。

 灰猿人族48氏族、総数にして2万に及ぶ族人がこの地に暮らしているという。人族が辺土でどれほどの数住んでいるのかも知らぬカイには、途方もない数字であった。ラグ村何個分と勘定するくらいが関の山であり、素直に感心した。辺土の村が多少連合したとて太刀打ちできる勢力ではないと知り得ただけでも有意義だった。

 ラグ村は1000人ぐらいいるが、カイの谷にはまだ100ぐらいしか住んでいない。谷の神様の力がなければ、ほんとうにとるに足らない弱小の勢力でしかない。相対的な力の差をわきまえていなければ、いつかは判断を誤るだろう。

 谷の神様もカイが酒を飲むたびに調子を上げて、そのうちに聴き慣れない小唄などを歌いだした。それは先代のいまは滅んでしまった古の民の歌であったのだろう。酔っ払いが調子に乗って口ずさむような、繰り返しの多い歌だった。

 それを聞きながら、カイは灰猿人たちの笑い声に釣られるように、よい気分で谷の神様の小唄を口ずさんだのだった。


神統記(テオゴニア)』このコミック第2話が今日公開されました。


http://comicpash.jp/teogonia/02/


興味ありましたらぜひぜひ見に行ってみてくださいませ(^^)


あと、しばらくは第2巻準備に向けた改稿作業に入りますので、更新が遅くなると思います。

気長にお待ちいただけると助かります。よろしくお願いいたします。

第1巻も絶賛発売中ですので、ご支援よろしくお願いいたします。

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[良い点] 谷の神様が気分上々で歌っちゃうのかわいい
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