表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
鼎の守護者
78/187

78

グロ注意です。

イメージ力の強いひとはなおさらかもです。






 でかい『神石』だった。いままでで見た中で一等でかい。

 重さのほうもすごかった。同じ大きさの鉄塊を抱えたぐらいの重さがあるんじゃなかろうか。

 体皮が『神石化』したためなのか関節の可動範囲が狭い。動くたびに膝や股関節がゴリゴリと音を立てているのだけれども大丈夫なのだろうか。

 なんだか恐ろしく疲れてしまって、前のめりによろけそうになってから、慌てて自分から前へと身を投げて転がった。それで何とか3ユルほどは『悪神(ディアボ)』から距離をとることができた。

 そうしてうつ伏せ気味に地面にへばりついた形で、『悪神(ディアボ)』を見上げた。そこから見たそそり立つような『悪神(ディアボ)』の巨躯は、いままさにカイが切り裂いてきた腹から大量の『黒い血』を巻き散らしながら、徐々に萎んでいっているように見えた。

 そうして見ている間にも、体皮を焼いていた青い熾火が風を送ったようにその火勢を強めて、『悪神(ディアボ)』を盛大に燃やし始めた。傷口は瞬く間にふさがっていったものの、火達磨のその身体はいずれ燃え尽きて消え去っていくのではないかと思われた。

 が、しかし。

 『悪神(ディアボ)』はその身を業火に焼かれながらも、『神石』を奪ったカイを主敵と認識したように襲い掛かってきた。

 もはや山椒魚の面影すらないような変形を遂げている。カイという憎い敵をひたすらに捕まえることだけを念じているような、不定形なアメーバのような姿に成り果てる。投網のように覆いかぶさってきた『悪神(ディアボ)』に、身動きの取れないカイが一瞬捕らえられたように見えたが、次の瞬間、カイが発した『火魔法』によってその不定形の体が内部から焼き尽くされる。


 「しっかり、しろ! 守護者ッ!」


 そのとき投げつけられた傲慢な叱咤は、あの白い『王もどき』が発したものか。

 まるで番犬が主人のために働くのは当たり前だとでも言うようなその態度に、カイの横に並びつつ剣を振るうポレックがまた怒り心頭になる。かつてハチャル氏族にとって逆らうことすらできなかった雄族、灰猿人(マカク)族の、それも『王』に連なる一族らしきものにここまではっきりと怒りを表せるポレック は、もはや完全にその支配から脱し、カイの眷属となりきっているということなのかもしれない。

 しかし白い『王もどき』は、かなり気が強そうだ。灰猿人(マカク)族がどのような集団生活を送っているのかは知らないが、もしかしたらメスのほうが上位に立つ女系社会なのかもしれないと思う。その『王もどき』の周りにまだ数匹の忠良な戦士が付き従っているのもその想像を後押しする。

 勝手に牧羊犬みたいな扱いをされたことにはかちんときたので、あいつはとりあえず放っておこう……そんなふうに思った矢先に、どろどろと蠢くだけになっていた『悪神(ディアボ)』が、激しく焼かれ続けるおのれの身の損耗を補おうとしたのか、急にカイ以外の者たちに突発的に食指を伸ばした。

 他の『加護持ち』らは自助努力でその攻撃を難なく避けて見せたが、いかんせん『王もどき』の周りには『加護持ち』はゼッダしかいなかった。そしてゼッダは、先ほどカイに斧を徴発されて丸腰であった。

 立ち向かうわけにもいかず、ゼッダは『悪神(ディアボ)』の攻撃を見定めつつ棒立ちになっている戦士らを次々に突き飛ばして難を逃れさせたが、その努力が返って仇となって、しまったという顔をおのれの肩越しに後ろに向けた。一番護る必要のある『王もどき』から離れてしまったのだ。


 (ちっ)


 カイは短く舌打ちをして、ポレックに目配せを送った。

 察したポレックが頭上をまたいで伸びようとしている『悪神(ディアボ)』の触手のひとつに、おのれの剣をあてがった。そうしてそれを切り裂くことができぬおのれの力量を踏まえて、無理をせず身体ごと押しやろうとする。

 が、軌道をそらされてなお『悪神(ディアボ)』は『王もどき』を付け狙った。

 空中で触手が()じれて弧を描く。『悪神(ディアボ)』の触手が執念深くおのれに向かってくることを理解した『王もどき』は、腰に吊っていたらしい小ぶりな剣を抜き放ち、正面から迎え撃つ様子を示した。

 加護を持たないのか、その面には『隈取』は顕れない。何の身体強化もなく『王もどき』は『悪神(ディアボ)』に立ち向かう決心をしたのだ。あまりに無謀なその試みに、カイはあとで死ぬほどぶん殴ってやろうと決意した。

 霊力は少しずつ戻り続けてはいるものの、かなりの無茶をした。カイはおのれの身体につけられている特殊な『耐性』を当て込んで、触手に直接飛びついたのだ。片手は『悪神(ディアボ)』の『神石』を抱えたまま、もう片方の腕一本でのアクロバットである。

 『神石』化した体皮は硬く滑りやすくなっていた。死に物狂いでしがみついたものの大分と掴んだ場所からは滑って、『悪神(ディアボ)』が触手を暴れさせるとついにはすっぽ抜けてしまった。

 そうしてカイが投げ出されたのはまさしく狙い通りに『王もどき』の足元だった。


 「『悪神(ディアボ)』、触る、死なない……変」

 「…おまえ、腹立つ。あとでしつける」

 「………」


 よろけつつも立ち上がったカイに背中越しに叱られて、『王もどき』は鼻を鳴らして不満を表した。いい性格をしているという見立ては間違っていなかったらしい。

 そうしてカイは背後のことをいったん頭からなくし、『悪神(ディアボ)』への対処へと意識を集中する。

 あいつの『神石』はいまおのれの手に中にある。実際に『神石』を盗まれたことのあるカイは、そのときの感覚を思い出しつつ『悪神(ディアボ)』の今の状況に思いをめぐらせる。


 (…いまならば、霊力が足りなくなってるはずだ)


 あのときも、『神石』がなくなったことで霊力の供給が絶たれてしまった。

 すっからかんのなかでも何とか最低限の『治癒魔法』ぐらいなら扱えたのだが、それは全身から残り(かす)をかき集めたような、なけなしの最後っ屁のようなものだった。

 ならばいまこのときの『悪神(ディアボ)』も、新たな霊力の供給を失い、身体に蓄えられていた『予備燃料』みたいなもので何とか動いているようなものなのだろうと思う。その残量があとどのくらいあるのかは分からない。いずれ限界は来るのだろうけれども、ただの憑代とは違い、こいつはある意味神様そのものでもある。内部だけでも莫大な余力を持っていることも考えられた。

 その『悪神(ディアボ)』が、時を追うごとに明らかに苦しみだしている。その全身を青い炎が激しく焼いている。それはこの世界から忌まれている『悪神(ディアボ)』という存在が、そこにそう在り続けるための抵抗力的なものを失いつつあるということなのではなかろうかと想像する。その燃える勢いが強くなったのも、この『神石』を奪ってからのことであり、関連付けて考慮するのが当然だと思えた。

 触手が再び激しく攻撃を開始した。ゼッダに突き飛ばされて助かっていた戦士たちが不用意に『持ち場』に戻ろうとして、数匹がすぐさま犠牲となった。

 『王もどき』が「来るな!」と命じていなければ、全員が『悪神(ディアボ)』の腹中へと消えていたことだろう。

 『悪神(ディアボ)』の『ペナルティ』への耐性を得たことをいいことに、カイはそれらの触手攻撃を片手で無造作にいなし続ける。他の者たちにとって『悪神(ディアボ)』の一触は致命傷にもなりかねなかったのに、カイだけはまったくの無事。さすがは守護者様と感心するトルードのような者もあれば、「おまえ、ずるい!」と悲鳴のような非難の声を上げるゼッダのようなものもあった。

 背後では白い『王もどき』が「小人族、頑丈なのか?」とずれた感想を漏らしていた。カイの横でポレックも奮戦していたことから、そのように感じられたのだろう。

 カイは『悪神(ディアボ)』の衰えを見て取りつつも、このまま受けに回り続けていてはいずれ誰かがまた倒れることになろうとも感じた。それにあのときも『神石』を奪った坊さんから、大切な戦訓を貰ったはずではないか。


 (『加護持ち』を殺すのならば、『神石』を奪うだけじゃ足りない。…現にオレがそうだったから)


 カイは決断する。

 小さな『不可視の剣』を空いた手に生み出した。

 そして抱えている巨大な『悪神(ディアボ)』の『神石』をざっと検分し、『剣』を当てていく。

 なるべくなら溢れるように出てくるだろう汁気も無駄にしたくなかった。むろん食らい尽くしてやるつもりだった。

 汁がこぼれないように、まず上部に穴を開けるように『剣』先を回し入れた。『悪神(ディアボ)』の動きを見定めながらなので、手元はあまり見れていない。

 が、小さな蓋が外れて、ついに『神石』に穴が開いた。やはり気になったので、カイは口をつける前にまずは中身を確認しようとした。

 その穴の中は、真っ暗だった。

 手に感じるずっしりとした重さを思えば、中の髄はよほどしっかりと詰まっているだろうと想像できた。目のよさには特に自身のあるカイである。穴の中を凝視した。

 そして、カイは見てしまった。


 (…目)


 自分が開けた骨の穴。

 その人の口ほどの大きさの穴の中に、『目』がこちらを見ていた。

 見間違いではなかった。それどころか、その目ははっきりと怯えを浮かべ、カイのそれを追うように不安げに動いていた。

 驚きのあまりつい手を離してしまいそうになるのをぐっとこらえて、カイは飛来した『悪神(ディアボ)』の触手を半歩それてかわし、右手に作った『剣』でもう少しだけ穴を広げてみた。

 白い歯が見えた。

 あまりの薄気味悪さに、カイは思わず目を背けてしまった。が、『神石』を破壊することを放棄するつもりなど毛頭なかった。穴に両手の指を差し入れた。なかで身じろぐ生暖かい肉が首筋の毛を逆立てさせた。

 カイはいま振るいうる最大の力を以って、ほとんど勢い任せに『神石』を真っ二つにした。なかにいる気味の悪い生き物は、外に出すなり即座に殺してやるつもりだった。

 バキョッ!

 骨の殻が割れた。

 そして。


 その瞬間、世界が反転した(・・・・・・・)


 空気が裂けた。

 耳元で巨大な手が拍手したような、頬を平手で張られたような衝撃にカイは脳を揺すられた。そして『悪神(ディアボ)』の鉄をこすり合わせたような例の悲鳴が響き渡り、その炎に包まれた腹の部分から悪夢のようなおぞましい変形が始まった。まるで腹の(わた)を抜かれる魚のように、『悪神(ディアボ)』の肉がめりめりと左右に裏返り始めたのだ。


 『遊ブ! モット!』


 ねじ切られるようにか細くなっていく癇癪の叫び。

 裂傷から臓物の代わりに『黒い血』が噴き出し、『悪神(ディアボ)』はのたうった。なりは恐ろしく巨大であるくせに、そのあがくさまはどこか命のけなげさに溢れていた。


 『戻ル、イヤ…』


 渦巻く空気が旋風のように強くなっていく。

 カイが引き裂いた『神石』からあふれ出す恐るべき何かは、『加護持ち』の怪力でさえも抑え込むことが困難なほどの勢いで迸り続ける。

 そうして見えない手に握りつぶされるように『悪神(ディアボ)』の身体はどんどんと小さくなっていき、ある瞬間に本当に魔法のようにその存在が消えてしまったのだった。

 変化はあまりに急激に進行し、唐突なまでにいきなり終わりを告げた。

 『悪神(ディアボ)』の姿が消え去った瞬間、まるで置き土産のようにカイの前にどすんと何かが投げ出された。


 「……は?」


 カイが漏らした言葉は、ただそれだけであった。

 『悪神(ディアボ)』が消えた。

 そしてその身代わりのように、足元には見た覚えもない灰猿人が、まるで生まれたての赤ん坊のように全身の毛をしとどに濡らせて横たわっていた。


 「兄じゃッ」


 叫んだのは、『王もどき』だった。


4/2 改稿のせいで本の宣伝が消えてしまっていたのに気付く作者。おもむろにアピールを再開。


神統記(テオゴニア)』第1巻、PASH!ブックス様より3/30発売いたしております!

コミカライズもスタートしておりますので、興味あります読者様、下記URLのチェックお願いいたします! 

http://comicpash.jp/teogonia/


活動報告上げました。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/349613/blogkey/1999761/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ