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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
鼎の守護者
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 カイの耳に最初に飛び込んできたのは、「馬が盗まれた」という叫び声だった。

 辺土では非常に貴重な馬が盗まれたとなれば、その世話を行っていた者たちにどんなお咎めがあるか知れたものではなかったから、当事者とその周囲がまず大混乱をきたして、それを何とか助けてやろうという周囲が一斉に動いたものだから、瞬く間に収集の付かない事態に陥ってしまった。


 「…馬を盗まれた? 誰が、どうやって」

 「当番組のセマルが見当たらねえらしい。ひとりで探しに出たんじゃないかって班のやつらが」

 「つうかさ、そのまえに何で村の門が開いちまってたんだよ」

 「…しらねえよ、んなこと」


 人の口伝いに広がる話はとにかく信頼性に欠いて、首をひねってしまうような内容が多かった。

 そうして騒ぐ兵士たちのところに城館務めの女が飛び込んできて、ご当主様の命令を伝えてきたことで、ようやく察しの悪い者たちまで含めて事態の全容を把握したのだった。

 領主家の姫、ラーナ様がご当主様の決定にへそを曲げて、村を飛び出してしまった。そしてその跳ねっ返りの姫は、ひそかに手懐けていた若い男に泣きついて、一緒に村を出るようにそそのかし、歩くには遠い州都までの長い道のりを考えて男の手引きで馬まで盗み出した。そういうことであったらしい。

 その若い男、セマルは家畜の世話好きで女性に対して本当に初心なやつであったから、以前からラーナ様におのれの色香を試す実験台にされていたのは多くの者たちが知っていた。泣き縋られて、ころりと落とされてしまったのだろう。

 かくしてまた例の《棒籤(ぼうくじ)》で誰がやるかを決められて、一番若いリーダーをいただくカイ班は見事にその『当たり』を引かされてしまったのだった。村の外には靴が沈んでしまうぐらい雪が積もっていた。

 一緒に村を出た面子も、例の森の深部を目指したときのそれとあんまり変わらない。というか、年長だからって上のやつがサボりすぎだとみなが腹を立てていた。


 「…さっさと捕まえて、村に戻る。いいな」


 カイの指示で、雪原にはっきりと残されたはた迷惑なわがまま姫の足跡を、3つの班が追い始める。追跡自体は迷う要素もなかった。

 ただ、足手まといだろう姫様が馬に乗って移動しているために、それなりの速さで距離を稼がれてしまっていることがいささかの手間ではあった。見通しのよい辺土の平原は遠くまでよく見えるので、探し始めた当初はそんな人馬などすぐに見つかると皆たかをくくっていたのだ。

 それがまさか、このような展開になるとは。


 「おい、大丈夫か!」


 まず初めに発見したのは、雪原をふらふらと歩いていたセマルの姿だった。

 馬の後ろ足で蹴られたらしいセマルは、お腹を押さえて痛みに耐えていた。


 「…おいらは止めようとしたんだよ。このまま行ったら死なせてしまうと思ったんだ……だから」


 いくら恋焦がれる姫様の頼みとはいえ、食料や防寒の準備も整えぬままに勢いで村を飛び出すのはどうかしている……冷静さを取り戻したセマルは、村に引き返すよう説得を続け、それにかたくなに抵抗し続けたラーナ様が手綱を振り回していたのだという。

 そして馬が暴れだした。もともと慣れぬ雪中を走らされてきたのだ、馬自身も相当に苛立っていたのだろう。いきなりセマルを蹴り飛ばして、あさっての方向へと駆け出してしまったのだ。

 見れば馬の走った跡が、延々と雪原のなかに続いている。

 ここまでは州都のある真西に向かっていたというのに、セマルとはぐれた後は、あろうことか北の森へと続いていた。


 「おい、この辺の森はやべえんじゃねえのか」

 「もう少し西にいったら例のバーニャ村だぜ」

 「…つうことは、あの辺は豚野郎どもが潜んでるかもしんねえってことか」

 「まずいぜ、オレらだけじゃ無理だろ」


 むろんそんなことはなく、この季節ここいらの森は蜥蜴人(ラガート)が湿地で寝ているのみで、豚人(オーグ)族など気配さえない。豚人(オーグ)の棲む世界は森のずっと北の平原にある。

 森のなかの亜人世界を知らない仲間たちの会話を聞きつつ、カイはおのれが事情通であることなどまったくおくびにも出さずに、頭の中ではまったく別のことを考えていた。


 「オレが先に行く」


 つぶやいて、カイは歩き出した。

 班の仲間たちにはもうだいぶ慣れたことであるが、最近急に人に指示することのできるリーダー役が板についてきたカイである。てきぱきと指示を出すカイの勢いに、他の班の者たちもいつの間にか従わされている。


 「ネイルは足が速い。おまえの班は村の戻って助勢を引っ張ってきてくれ」

 「…分かった」

 「チトはうちの班と一緒にあとを付いてきてくれ。森までは入らないでいい。オレが戻るのを待っていてくれ。必要なら呼ぶ」

 「おう!」

 「…カイ、冬場だから蜥蜴(ラガート)どもはおとなしいと思うが、ぜったい油断だけはするなよ。お前が食われててもオレらは入っていけないからな」

 「…分かってる。マンソもオレのいないあいだ班を頼む」


 そうしてカイは一気に駆け出した。

 その走りはまるで引き絞った弓から放たれた矢のようだった。積もった表層の雪を撒き散らしながら、あっという間にその場に仲間たちを置き去りにしていく。

 むろんそれでもカイからしてみれば、谷に向かうときの半分も力を出してはいなかった。加護持ちかそうでないかのぎりぎりの力とはそんなものだと、おのれの力の示し方についてカイもそれなりに経験をつんできた。

 仲間たちがあきれつつも、少し遅れて後を付いて来始める。その様子を最後に確認して、カイはいまから向かう先に集中した。


 (…冬場は亜人もほとんど動かない。よっぽどは大丈夫なはずだ)


 森のなかへと飛び込んだ。

 そしてしばらくもせぬうちに馬を発見した。彼らが自由に走り回れるほどに森は開けてもいなければ快適な場所でもない。

 その馬の周りを探していくと、ずいぶんとあっけなく間抜けな『尻』を見つけることができた。馬に振り落とされて、そのまま雪の吹き溜まりに頭から突っ込んだのだろう。服のすそから白い足が飛び出していたが、まだそれほど色気づいていないカイの心はざわめかない。

 むしろ少しだけそのみっともない『尻』に腹を立てていて、生存確認半分につま先でその『尻』を突っつきまわしたぐらいである。

 返事がないのを確認して、足を両脇に抱えて雪の中からずぼりと引き抜いた。もう服も髪の毛もくしゃくしゃで、女として大切なものがいろいろと台無しになっていた。

 それでも呼吸が続いていて、命に別状がないことを確認すると、カイは多少の気の咎めから服を直し、髪についた雪を払ってやったりもした。ラーナ様はまったく目を覚まさない。


 (これは『ちゃんす』というやつかも)


 カイにはあわよくばという考えがわずかながらにあった。そしてその企みを実現するための条件が目の前で奇しくも揃ってしまった。

 カイはラーナ様を荷物のように肩に抱え上げてから、木の樹皮をかじろうとしていた馬に近づいて、その怪力で強引に鼻面を引いて向きを変えさせた。


 「おまえはもう帰れ」


 あまりにも乱暴な扱いに馬が抵抗を示したが、カイが間近でじっと目をにらみつけるようにすると、生存本能を痛く刺激されたのか、馬は急におとなしくなって、尻を叩かれるままにだく足で歩き出した。

 もと来た道を帰らせているので、馬は自然と仲間たちに保護されることになる。正確な値段は知らないが恐ろしく高価な生き物であることぐらいカイも知っていた。


 (さて、この女が目を覚ます前にやってしまおうか)


 カイはラーナ様を抱えたまま、森のなかをさらに奥へと向かって駆け出した。

 蜥蜴人(ラガート)族の低湿地に彼らの影はなく、岸辺の穴倉に巣ごもりしているのを確認してから、一言断りを入れて湿地の凍りついた水面の真ん中を駆け抜けた。

 そして慣れたものでどんどんと奥へと入っていく。向かっているのはむろん彼の愛してやまない谷とその一帯の我が版図であった。

 途中目覚めそうになったラーナ様を片手で軽く絞め落として、カイが転がり込んだのは谷の縁にある小人族の村、ハチャル村である。谷の不思議な暖気に当てられて、あまり雪が積もっていない村には、外で作業をしている村人たちの姿が多くあった。彼らはカイの姿を見て、作業を放り出して集まってきた。


 「神様!」

 「お珍しい! まだ明るいうちから」

 「どうかお暇なら我が家へ」

 「いやいや、それならばうちのほうへ」

 「おい誰か、長を呼んでこいよ!」


 いつも谷にくるのは決まって夜である。明るいうちからカイがこの場所を訪れるなど、一番最初の死に掛けたときぐらいである。

 村人たちに呼ばれてやってきたポレックに、カイは用事の内容を示すように肩の『荷物』を下ろして見せた。カイの足元に横たえられた人族の少女を見て、ポレックは「主様の新たなご夫人様ですかな」と見当違いなことを言った。


 「…しばらくこの子を預かっていてくれ」

 「…と、申しますと」

 「オレのいる村の領主の娘だ。理由は分からないが、ちょっと前に家出して、これから不運にも小人族に攫わ(・・・・・・・・・・)れてしまう運命(・・・・・・・)の女だ」

 「主様が攫われたので?」

 「…そういうことにして、しばらくそっちで閉じ込めておいてくれ」


 カイはなんとなく状況を察したらしいポレックに、オレも(はかりごと)ぐらいはできるんだぞと自慢するように胸を張った。


 「ご当主様の娘だから、行方知れずとなったら必ず捜索に人が出される。その捜し手にオレが手を上げれば、その日数のあいだに例の『悪神(ディアボ)』のところに向かえる」

 「…では我が家のひと間にてお預かりいたしましょう」

 「かなりのじゃじゃ馬みたいだから、言うことを聞かなかったら少しぐらいは殴っていいぞ」

 「……さすがにそこまでは。主様」

 「あんまり跡は残さなかったつもりだけど、見つけられるかもしれない。それとなく皆で消してまわっといてくれ」

 「…灰猿人(マカク)族の主邑(ヘジュ)にはいつお発ちに?」

 「許しが出たら、すぐにでも行く。その後にまた別の予定があるしな」

 「では支度を急がせます」

 「頼んだぞ」


 そうしてカイは、谷のほうをちらりとだけ見て、未練を振り切るようにまた馬を発見した場所へと戻っていったのだった。


早めに更新できました(^^)

観相をお待ちしております。


前話後書きにつけましたアドレスが誤りだったようです。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/349613/blogkey/1971162/

こちらに新しいキャライメージのラフがアップされています。

是非是非見てくださいませ。

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― 新着の感想 ―
小人を人攫いにせずとも、豚に襲われてたところを助けたけど人族と付き合いないからどうするか悩んでた、くらいのお話作っちゃえばいいのに…
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