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神統記(テオゴニア)  作者: るうるう/谷舞司
仮面の守護者
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1/5 フルーとの会話部分の加筆修正 豚人族の情勢について書き加えました






 一時は絶望した、『神石』中毒に陥ったエルサの延命。

 カイはその解決を小人(コロル)族に伝来していた毒消しに求め、そこで手当のやり方として確立された医療技術の存在に出会うこととなった。

 人族でも『加護持ち』の『引退』時には、他の『加護持ち』らの同席を必須の条件としていた。それは小人族でも同じであり、薬液をしっかりと胃に届けるために、ラカンの中空になっている蔦を煮沸して消毒したうえで、胃まで挿入する。

 煮沸はもともと硬い蔦を柔らかくするためでもあるのだが、そのせいで狭い食道を通すのに『加護持ち』の神通力を必要とした。

 それは広義にはカイが得意とする『治癒魔法』に通底する技法なのだが、『加護持ち』が患者の首筋に手を当てて、念ずるのだ。


 (…受け入れろ)


 そう念じて、霊力を患者の身体に通す。そのような感じの魔法もどきな行いであった。それによって患者が無痛に近い状態となり、筋肉の緊張がほどけて管を受け入れるようになるとポレックは言った。

 現実に、カイでも再現できた。

 そうして以後、定期的に少量の毒消しとともに、小人族秘伝の蜂蜜を溶かした甘じょっばいスープを寝たきりの彼女に与え続けている。入れ過ぎもまた毒になるというので、1日に1回、カイが不在の場合はニルンが世話をすることになっていた。

 だいぶ痩せてしまったものの、毒が抜けてきているのか、エルサの寝顔には苦しさがあまりない。頬を撫でながら、早く元気になれとカイは祈った。

 その様子を脇で見つめている『女子』ふたりが、やるせないような切ないような眼差しを向けていることにカイは気付かない。一夫多妻が普通なこの世界で、そのつもりになっているふたりには、カイの一途さはどうにも歯がゆいものであるに違いなかった。


 「…これからも世話を頼む」


 カイにそう命じられては、否やもない。

 ニルンがかなりわざとらしくしなを作って見せているのだが、そもそもカイの嗜好の範疇に入っていない彼女の努力はあっさりと流される。鹿人族では美少女だという本人の言い分が正しければ、相当に意気消沈な状況であったろう。


 「主にも『煎じ薬』が必要なのです」


 ニルンの言う『薬』がどういった種類のものなのか、アルゥエのほうはピンときたようで、なるほどと合点のいった顔をする。


 「オレは病気になんてならない……薬はいらない」

 「甘~いお薬なのです。それを飲んでもらわないと、ニルンたちが救われないのです」

 「…意味が分からない」

 「そ、そのお薬はアルゥエが用意します。蜂蜜をたっぷりと入れて、苦くないようにしますから!」

 「……いいから、飲むです」

 「………」


 ほんとうに何を言われているのかと首を傾げるカイ。

 ただ、彼女たちのあまり悪意を感じさせない『悪巧み』には気付いたので、はっきりと薬は飲まないとカイは宣言した。

 ラグ村で『薬』といえば薬師のおばばの煎じ薬なのだが、苦くなかったためしなどないので、カイは『薬が甘い』などというたわごとにはけっして耳を貸さないのだった。




 谷には小人(コロル)族、鹿人(ウーゼル)族などの出入りが生まれ、当然のことながら彼らの生活を裏で支えている他種族との交流もまた持ち込まれつつある。

 小人族の手から作り出される精緻な細工物は常に需要があり、それを求めて方々から商人たちが集まってくる。むろん商人と言っても人族のそれではなく、亜人種間を行き来する亜人の行商人であった。

 ポレック老の率いる氏族と付き合いの深い特定の商人みたいなのもあって、猫人(ミャオ)族のフルーという髭長の男がそうであった。

 鎧鼠(グリプト)という攻撃されると丸まって身を守る変な生き物に荷を曳かせ、辺土の森を中心に渡り歩いている商人で、小人族に他種族の農産物や鉱物などをもたらし、かわりに特産である細工物を持ち出していく。

 フルーは少々肉付きがよいもののその身ごなしは俊敏で、黒い毛並みもあってあっという間に森の物陰に姿を消してしまう特技を誇っている。計数にも明るく、馴れ馴れしいほどに人懐っこく距離を縮めてくるので、素人には用心が必要だった。

 谷に出入りするに当たり、ポレックはこの猫人族の男を夜半にたたき起こし、カイに挨拶もさせていた。そのときのカイは、それまでに得た教訓をもとに例の仮面を被って素顔を隠しており、フルーにも人族に姿の似た『古き民』の生き残りだと思われている。

 この男の出入りについてはポレックが全責任を負うことで許可を出した。この男が何か不届きなことをしでかしたら、その責めはすべてポレックが負うものだと明言し、威圧を高めて見せるとフルーはすぐに尻尾をくるりと丸めて、谷の神に恭順することを誓った。ただおのれは『加護持ち』ではないので、帰依するかどうかは長の判断になる、いちおう持ち帰りはするから猶予が欲しいといわれて、カイは仮面の下で瞬きしてしまった。

 どうやら猫人族に帰依することを迫ったように取られたらしい。

 そうしてポレックの屋敷が狭いためにその前庭で歓談し、そのときはいろいろと亜人種族の世界について知識を仕入れることができた。

 この谷の周辺で最も強勢なのはやはり豚人族で、王を中心に強力な六頭将(リグダロス)が立ち、その下に108柱の神が集まっているという。そのため土地は亜人種世界でも抜きん出て安定し、人族世界に比するほどに農産も盛んであるらしい。

 豊富な鉄を始めとした金属鉱床がいくつかあり、その『王都』周辺には巨大な(ふいご)と火の絶えない大炉が連なり、常にもくもくと煙を吐き出している……フルーの口から語られるその景色は、世界を知らないカイの心を震わせる。

彼らは驚くほどの多産であり、それがゆえに貪欲に四方に土地を求め、常に他族と血みどろの戦いを繰り広げているという。

 豚人国から見て東方の地には森の住人である灰猿人(マカク)族の版図が広がり、豚人族の拡大に抵抗を示している。西には豚人族によく似た鼻面を持つ白牛人(ブラガント)という亜人がやはり国を築き、豚人族の膨張に対抗している。

 そしてその他の弱小種族は大半がいずれかの大族に帰依させられ、従属を甘受することで命を永らえている……北方の亜人世界の現状は、だいたいがそんな感じであるらしい。

 最近では鹿人族が理不尽に故地を追われたことが広く噂となっているとか。


 「…その鹿人族が、『調停神』様に庇護を受けて集まり出しているとは驚きましたがね。…小人族のものだけでなく鹿人の毛織物まで手に入るようになるのはこっちとしても都合がよろしいんですが、希少種族の産物は引く手あまたですし、いずれこの谷の存在は大いに噂になりましょうなぁ」

 「…土地を奪われ、圧迫されているのはなにも我らや鹿人族だけではありません。恐れられている豚人族の六頭将(リグダロス)の一つ柱を主様がお討ちになられた噂が広まれば、たしかに古き誓いにすがろうとする者たちが続くやもしれませぬ。『調停神』様の後ろ盾で大族に抗ってきた弱小族はいくつもありましたゆえ」

 「その六頭将の大柱が倒れ、豚人の土地がだいぶ『荒れた』とも聞き及びます。豚は生来の業深(ごうぶか)欲深(よくぶか)ですから、いつか必ず奪われた大戦士の力を取り戻そうと復讐戦を仕掛けてくるでしょう。やつらの執念深さは尋常ではありませんからな。けっして受けた恨みは忘れません」

 「…フルー殿、その件について、何か彼の国に動きのようなものがあるのならお教えしていただきたく…」

 「…いまのところは(せつ)の耳にはなにも……最近は豚どもも北方から湧いて出た見たこともない異形の種族に悩まされているとかで、そちらに各地の軍勢を集めている様子だとは聞いていますな。鹿人の毛織なんかは持ち込むそばからバカ売れで……おっと、口が滑ってしまった」


 髭を掻くようなそぶりをして、目を細めるフルー。

 自然なのかわざとなのか、判断に困る男である。

 豚人族は、その北の戦いに注力しているために、谷の神などという喫緊でない問題など構っていられないという解釈でよいのだろうか。

 あの厄介極まりない灰猿人族が、1000ほどの豚人族の軍勢に蹴散らされた。それらがたったひとりの六頭将に率いられていたことを考えれば、種族全体のそれは1万を超えるのではないかと容易に想像できる。

 辺土伯が糾合した辺土領主連合……辺土の東端一帯のみとはいえあれだけの領主軍が合流してようやく700程度だったわけで、それと血みどろの激戦を繰り広げた豚人の軍勢はわずかに200ぐらいのものだった。

 ほんとうに片手間の片手間で、人族は散々に痛めつけられ、村ひとつが壊滅に近い被害をこうむったことになる。亜人同士で争うよりも、分不相応に広大な土地を専有する人族から奪ったほうがたしかに手っ取り早いなと思う。

 豚人のものでない大森林という壁があるから、蜥蜴人(ラガート)という強力な種族がそこで根を張っているから……そしておそらくはそこに『谷』があるから、豚人たちは大規模な侵攻を手控えている。知らぬとはいえ薄氷の上で暮らしているような辺土の人族の暮らしを思って、カイは『谷の神の現し身』としておのれがここにあることの意味を考える。

 豚人族の南進を阻む一要素としておのれがあるのなら、もっともっとおのれを磨き強くなればそれだけで豚人族から辺土を守ることとなる。谷の周りに与力となる諸族を集めるのも有効な手となるだろう。

 カイが『谷』を中心とした国造りを意識した最初の瞬間だったろう。

 この猫人族の商人と縁を持ったことは、亜人世界の情報を得るためにも非常に時宜を得た幸運だった。


 「…であるとわたくしは考えます」

 「神様のお許しさえいただければ、すぐにでも拙は」

 「………」

 「………」

 「……主様?」


 いつの間にか進んでいた話に困惑していると、仮面に下にある年端もない人族の少年の素顔を知るポレックが、なんでもなかったかのように説明をはじめから繰り返してくれた。

 どうやら話はとっくに商売のそれへと移っていたようだ。

 ポレックら小人族も、ニルンらの鹿人族も、弱い種として他族に圧迫され、大森林でもかなり希少なものとなっているらしい。フルーとしては、ポレックら小人族との取引を従前通り独占したい旨、はっきりと口にする。ポレックもまた、勢力として態勢を整えきれていない谷の現状をまだ明らかにすべきでないと考えているらしく、出入りの者は極力限定するべきだと、安全管理のうえでの提案をしてくる。

 カイはそれらを吟味したうえで、ポレックの案を採用した。谷の国(・・・)に直接出入りする者をポレックが選定し、彼らはハチャル村に作る『会館』への滞在と通商に関する調整などを谷の国側と行うことが許される。

 取引される荷はその会館にいったん集められ、約定に従って彼らに引き渡される。『会館』の集荷倉庫自体はハチャル村でも谷から離れたところに作り、他の商人への荷渡しはそこでのみ行われることになるらしい。

 主様の気に障らぬ距離はどれほどでしょうかと尋ねられて、半ユルドほどだと適当に言っておく。フルーから、ならば谷の南側に設置していただきたいと言われ、理由を聞くと至極もっともな答えが返ってきた。


 「北は神様の力も及びましょうが、豚どもも盛んに出入りいたすことは明らかであります。いくら小人族が警戒を厳しくしようと、奴らに襲われたらすべて掻っ攫われちまいます。…その点、南なら人族の警戒もありますし、蜥蜴人(ラガート)たちの癇に障らぬためにも豚どもも不用意に大勢を動かすことがないはずです」


 なんでも、猫人族をはじめとした商人たちも、森での襲撃を嫌って敢えて人族の土地をかすめるような道をよく使うのだとか。辺土の西のほうでは、そんな彼らと直接取引を行う人族の小領主も幾人かいるらしい。

 そうして小人族製の細工物が、巡り巡って人族の行商によってラグ村へももたらされているということなのだろう。

 というか、猫人商人のコミュニケーション能力の半端なさにこそ、カイは驚くのだった。


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